【9】着色料の正体は秘密
ベリルは地面に胡座をかいて、持参した瓶をあける。中身は酒らしい。
ハルクが「子どもはこっちだ」とジュースの瓶をテオとカルラに寄越し、自身もジュースの瓶を傾けた。
「俺達、灰色騎士はろくに葬儀もあげちゃもらえねぇからな。仲間が死んだ時は、好きなタイミングで、好きなやり方で弔うって決めてんのさ」
そう言ってハルクは、白い花が咲く植木鉢を見た。
スキンヘッドの厳つい顔に、懐かしさと寂しさを滲ませて。
「ジネットは花屋の娘だ。燃え滓邸には花が足りねぇって、この花を買ってきたのさ。自分が、燃え滓邸の花だって気づいてなかったんだろうな」
「良い子だったよなー。十七歳でさ、ふわっとした茶髪を肩の辺りまで伸ばしてて、目が大きくて。私のこと、ベリルお姉さんって呼んでくれてさぁ。妹ができたみたいで嬉しかったよ」
ハルクとベリルの言葉で、テオの知らないジネットという少女が頭の中に浮かび上がる。
「セドリックは金髪でガタイが良かった。まだ若者で、ベリルより年下だったか? 元聖騎士だったらしい」
「そうそう、おねーさんと同じ元聖騎士。聖騎士時代から、呪魔を殺せなくて、苦しんでたみたいでさ」
聖騎士団における殉職者は、その大多数が呪いを流し込まれて呪い憑きとなり、呪魔になる前に首を刎ねられた、というものだ。
つまり、直接的に手を下しているのは、呪魔ではなく仲間の聖騎士なのだ。
セドリックという男は、仲間が呪魔になりかけた時、上司に首を刎ねるよう命じられた。だが、彼は仲間にとどめを刺せず、呪魔化した元同僚の尾刺棘に刺されて、歩く呪い化したらしい。
ハルクが遠い目をして呟く。
「セドリックは灰色騎士になってからも、呪魔を殺すことに抵抗があるタイプだったな。呪装顕現も盾だけだ」
その言葉に、カルラがハッとした様子で顔を上げた。
「そう、盾……テオのより、大きい盾」
カルラは二人のことを覚えていなかったというが、ベリルとハルクの思い出話を聞いている内に、少しずつ思い出していったらしい。
「わたしも、何度か助けてもらった……不老不死だから平気って、言ったのに……」
カルラの呟きに、ベリルが酒瓶をグイッと呷ってうんうん頷く。
「セドリックは優しくてさぁ、呪魔を殺せない代わりに、いつも体を張って皆を守ってくれてたよ」
「ジネットは元々、戦いとは無縁の一般人なのにな、自分より年下の仲間を戦わせまいと前に出る……強い女だったぜ」
ベリルとハルクが二人について語り、それを受けてカルラが思い出したことをポツリ、ポツリと呟く。
そのやりとりを聞きながら、テオは思った。
(……やっぱり、忘れられるのは、嫌だな)
自分の存在が忘れられてしまったら、こうして親しい人達に語ってもらうことすらなくなるのだ。それは、とても寂しい。
テオがジュースの瓶を握り、黙り込んでいると、ベリルがテオの頭をワシャワシャ撫でた。
「おねーさんはさ、聖騎士でも灰色騎士でも、死んでいく奴らをたくさん見てきたよ。そういうの、慣れるっていうか……だんだん感覚が麻痺してくるんだ。でもって、戦場では心を麻痺させなきゃ戦えない時もある」
目の前で仲間が呪魔化し、自分の手で首を刎ねる──そんな経験をベリルもしたことがあるのだろうか。
テオは少し想像してみる。目の前で仲間達が呪魔化した時……これ以上の被害を増やさぬために、心を殺して剣を振るう。そんな日が、自分にも来るかもしれない。
暗い気持ちで俯くテオの肩を、ベリルが抱き寄せる。
「だから、戦場を離れたら、ちゃんと悲しもうって決めてるんだよ」
戦場を離れたら、ちゃんと悲しめよ、と言われた気がする。
ジネットとセドリックが呪魔化して、本当に悲しいのは知人であるベリル達のはずなのに、何故か自分が慰められてしまった。
そのことを不甲斐なく思いつつ、この時間を、思い出を、大事にしようとテオは胸に誓った。
* * *
JJは執務机に八つの白いチョーカーを並べる。これは、〈創造〉の聖女シェリルがその力で作り出したものである。通称〈聖衣の切れ端〉。
歴代の〈創造〉の聖女達は、皆が皆、聖剣作りが得意だったわけではない。中には、呪魔の呪いに強い衣を作るのが得意な聖女もいたのだ。
現聖女のシェリルは布地の類は得意ではないらしい。作り出せるのは、チョーカーに使うような小さな端切れが精一杯。それでも、この端切れは呪いにある程度反発する性質があるのだ。
そこにJJが呪いをかけることで、灰色騎士団の首輪は完成する。
「『呪装顕現──咎人の縊痕に執行の刃を』」
紙袋の下、JJの目からボタリ、ボタリと赤黒い雫が垂れる。JJの呪印は主に顔の上半分に集中しており、能力を使うと目から呪いが雫となって滴り落ちるのだ。
それを両手で掬い、指先に塗りつけて白いチョーカーに触れる。たちまち、白いチョーカーは呪いの色に染まっていった。
JJの呪装顕現は「執行人の刃」。赤黒い雫が処刑人の刃となって、対象の首を刎ねるものだ。
では、その呪いを〈聖衣の切れ端〉に塗り込むと、どうなるか? 〈聖衣の切れ端〉の力が呪いを抑え込み、「執行人の刃」の発動を止めてくれる。
だが〈聖衣の切れ端〉は小さく、呪いを抑制する力が、そこまで強いわけではない。故に、JJが呪いの力を追加で送り込むことで、任意のタイミングで「執行人の刃」を発動できる。
これが、灰色騎士達が外出する際に着用を義務付けられる首輪の正体である。
JJはこのチョーカーの正体を秘匿している。能力に関する情報が漏れるのを防ぐためではない。
このチョーカーが、オッサンの呪いの涙で着色したものだと知られたら、皆嫌だろうなぁと思ったからである。
「はい、完成〜……次の遠征の時に、これ持たせてあげてー」
「承知しました」
アーチボルドがチョーカーを回収し、リストに日付を書き込む。
チョーカーは〈創造〉の力で作ったものだから永久に保つわけではないし、JJの呪いも持続時間に限度がある。なので、概ね一ヶ月を目安にチョーカーは取り替える必要があった。
八個作ったのは、これから遠征に向かう者達の分と、既に遠征に行っている者のための替え、あとは予備だ。
JJは椅子の背にもたれ、ふーっと鼻から息を吐く。呼気に合わせて被った紙袋が小さく震えた。ため息と共に吐き出した憂鬱が、紙袋の中にこもった気がする。
「今回は、何人生きて帰ってくれるかな……全員、生きて帰ってきてほしいんだけどね」
「少なくとも、カルラは生還するでしょう。以前のように、海に流されでもしない限りは」
アーチボルドの声はあまりにも淡々としていて、灰色騎士達の死を悲しむ様子はない。
だが、JJは知っているのだ。
誰かの死に大袈裟に泣き崩れていても、心の奥ではほくそ笑んでいる者がいる。
誰かの死を事務的に淡々と処理していても、心の中で涙を流している者もいる。
王族であるJJは、そのどちらも嫌になるぐらい見てきた。
JJ──第二王子ジェームズが病に倒れたと公表された時、一体何人が大袈裟な涙の下で、「あぁ、兄君でなくて良かった」と胸を撫で下ろしただろう。
(アーチボルドには、貧乏くじ引かせてばかりだなぁ……)
ローガン・アーチボルドが所属する近衛歩兵連隊は、本人の才覚と家柄が重要視される精鋭だが、実はアーチボルドは名家の人間ではない。
それでも、第一王子リチャードが目をかけ、近衛歩兵連隊に引き抜いたという過去がある。
だからアーチボルドはリチャードに忠誠を誓っているし、命令されれば汚れ仕事も厭わない。素行不良の灰色騎士や、呪魔化した灰色騎士の首を、アーチボルドは躊躇うことなく刎ねるのだ。
そういう時、「あぁ、アーチボルドのおかげで自分が手を汚さずに済んだ」と考える自分がいる。
今回の西の最果て における、灰色騎士二名の呪魔化の報告を聞いた時もそうだ。
自分の手の届かないところで呪魔化されると、「あぁ、今回俺は手を汚さなくて良いんだ」と頭のどこかで考えてしまう。
そんな自分が、嫌で仕方ない。
(……兄上みたいに、割り切れたら良かったんだけどなぁ)
JJはどこまでも凡庸だ。
自分の手を汚したくない。部下を手にかけることをしたくない。頼むから、お願いだから、俺に処刑鎌を振るわせないでくれ。といつも祈っている。
そして、自分が手を汚さずに済んだ時、安堵を覚え、自己嫌悪に陥る。
そんな自分は、灰色騎士達の死に涙を流す資格があるのだろうか。
これでは、悲しくないのに嘆いてみせる貴族達となんら変わらないではないか。
「失礼致します。コーヒーをお持ちしました」
ノックをして室内に入ってきたのはモラン夫人だ。コーヒーカップを二つのせた盆を手にしている。
モラン夫人はいつも、JJが一番欲しいと思ったタイミングでコーヒーを入れてくれる。まるで、そういう特殊能力みたいだ。
「どうぞ」
「ありがと、コンスタンス」
JJは紙袋の端を僅かに持ち上げ、コーヒーを啜る。アーチボルドも短く礼を言って、コーヒーカップを手に取った。
モラン夫人は窓の外に目を向けて、「そうそう」と言う。
「先ほど、お庭の方でベリルさんとハルクさんを見かけましたよ。カルラさんと……」
窓の外を見ていたモラン夫人は、壁に貼られた紙をチラリと見る。『この顔にピンときたら、忘却のテオ』の貼り紙だ。
「テオさんも、ご一緒でした。亡くなったお二人の追悼をされていたのでしょう」
JJは「ふーん」と相槌を打ち、数秒してからギョッとした。
「えっ、カルラも?」
「えぇ」
これには、アーチボルドも驚いているようだった。
カルラは灰色騎士団の切り裂き人形などと言われるほど、感情の起伏が薄い少女だ。
アーチボルドのように己を律しているのとは、少し違う。不老不死の呪いを抱える彼女は、その長い生の中であまりに過酷な目に遭いすぎて、心が擦り切れてしまったのだ。
だから、他の灰色騎士と交流もせず、いつも一人でぼうっとしていた。仲間が死んでも、態度を変えることはなかった。
「いやぁ〜、テオが来てから随分変わったよね。カルラもだけど……ヒューゴも活き活きしてるし、最近はロゼも……」
「そうですわねぇ。ロゼさん、ここしばらくお酒を召されていないんですよ」
それは衝撃第二弾だ。
きっとテオは気づいていないのだろう。自分がどれだけ、この燃え滓邸に影響を与えているか。
ここ数ヶ月で、燃え滓邸は変わってきている。閉鎖されていた屋敷の窓を開けて、新しい空気を入れたみたいに。
アーチボルドがコーヒーカップをソーサーに戻し、ボソリと進言する。
「団長。私は今回の遠征に、ノアが同行することを懸念しております」
「……そうだね、シャルルのことがあるからね」
「遠征先にはクロードもいる。一悶着あるのは間違いないでしょう」
それはJJも懸念していたことだった。正直、準職員枠をアーチボルドに頼めないかと考える程度には。
モラン夫人が申し訳なさそうに謝る。
「すみません、殿下。わたくしが、おばあちゃんなばかりに……」
「コンスタンスに無理はさせられないからね。ここは、若者の可能性を信じましょ」
テオの忘却が、吉と出るか凶と出るかは分からない。
凡人の上司にできるのは、若者の可能性を信じて、装備や食糧を整えてやることぐらいなのだ。




