【8】あなたを忘れないために
「セドリックは甲殻持ち、ジネットは複尾持ちの呪魔となり、西の最果て 戦線における脅威と化してしまった。そこで、灰色騎士団からは増員として、カルラ、ロゼ、ヒューゴ、テオの四名を送り込む」
途端にヒューゴが血相を変えて叫んだ。
「なんで俺!? 無理無理無理無理、俺、戦闘能力殆どねーし!」
「灰色騎士になった者は、必ず一度は西の最果て 遠征に行かせている。例外はない」
途端にヒューゴは無理無理ヤダヤダ働きたくねぇ、とゴネ出した。聖歌隊の一員として鍛えられた喉と腹筋を活かした、大変に滑舌とリズムの良い無理無理ヤダヤダである。しかも無駄に息継ぎが上手いので途切れない。
テオがヒューゴの前に進み出ると、ヒューゴは必死の形相で叫んだ。
「おいテオ、お前もゴネろ! こういう時は複数人でゴネるに限る!」
「ヒューゴのことは僕が守るよ。頑張ろう」
「そうじゃねーんだよ!」
ヒューゴが頭を抱え、テオの言葉に触発されたカルラがトテトテと二人に近づく。
カルラはテオとヒューゴの二人の服の裾を掴み、いつもより心なしかキリッとした顔で言った。
「じゃあ、わたしがテオとヒューゴを守る」
「だから、そうじゃねーんだよ!!」
地団駄を踏むヒューゴに、JJが「ゴメンネー」と謝り、更に気まずそうな声で言う。
「えー、それにあたってね……今回、遠征に行く灰色騎士の人数増えるでしょ? だから、準職員も一人貸し出せって言われててー……」
この場合の準職員の役割は、灰色騎士の補佐や身の回りの世話、戦闘の記録係などであるらしい。
すかさずヒューゴが挙手をした。
「はいはいはいはいはい! 俺、今日から準職員!」
「うん、ゴメンネー。そういうわけにもいかないから。そうなると、モラン夫人かノアのどちらかなんだけど……」
モラン夫人は高齢、ノアはまだ十三歳の子どもだ。どちらも指名したくない、というのがJJの本音なのだろう。
だが、間髪入れずノアが言った。
「僕が行きます」
「馬鹿やめろっ、歳下で一般人のお前が『行きます』とか言ったら、ますます俺が逃げらんなくなるだろーが!」
唾を飛ばして喚き散らすヒューゴに、ノアが辛辣な目を向ける。歳上に向ける視線とは思えないほど冷ややかだった。
「もうとっくに逃げられないので、諦めては?」
「いやだ……俺は働きたくない……!」
そこは「死にたくない」ぐらい言えば良いのに、つくづく志が低い男である。
若者達が騒いでいる横で、ガートルードが何かを数えるように指を折り、ロゼを見た。
「現場にいるのがクロード君とセファ君。増員されるのがテオ君、カルラ君、ヒューゴ君、ロゼ君……最年長は、カルラ君の次にロゼ君だねぇ?」
「歳下どもをしっかり守ってやれよ、チェリービューティー」
「おねーさんも今回はお留守番だから、頼んだぞー、ロゼ」
ガートルード、ハルク、ベリルの年長者三人の言葉にロゼは小さく頷く。
ぼぅっとした目の奥に、針のような殺意が一瞬チラついた。
「……ん、守る………………クロードのクソ野郎以外は」
* * *
司令室で解散した後、西の最果て の遠征に行く者は、その準備をすることになる。とはいえ、テオは私物が少ないし、普段から整理整頓をしているので、荷物をまとめるのはすぐに終わった。
テオは給金で買ったばかりの便箋を取り出すと、部屋の隅のテーブルで母オリビアに手紙を書く。
西の最果て は呪魔との戦いの激戦区だ。ここで死亡する灰色騎士も少なくはない。現に、今回も二人呪魔化している。
(ジネットさんと、セドリックさんだっけ……)
どちらもテオは面識がない。それでも、自分と同じ灰色騎士の人間が呪魔化したという事実に、じわじわと恐怖が込み上げてくる。
ペンを持つ手が止まった。自分はこれから勇敢に戦ってくるのだとオリビアに伝えたいのに。
「めあー」
いつのまによじ登ってきたのやら、フワフワの毛玉がテーブルの上からテオを見上げている。
「レニー」
テオは両手でレニーを掬い上げると、そのフワフワを額に押し当てた。
そうして、小さな小さな声で呟く。
「……内緒だよ。ヒューゴに君を守るって宣言したけど……本当は、僕も怖いんだ」
呪魔になった者は、人間だったころの記憶や人格は完全に失われてしまうと言われている。
呪魔は呪魔だ。もう人間じゃない──そう言い聞かせないと、人は呪魔を殺せない。
だから、先日の事件のような、人の形を真似る呪魔は存在してはいけないのだ。
ティンバーガム小宮殿で、カルラの腕を再現した呪魔を思い出し、テオは唇を噛んだ。
(もしも、僕が呪魔になったら……)
自分が何者か分からなくなって、ただ呪魔としての衝動のままに、他の生物を取り込み、人間に呪いを植えつけて──それは、ただの死よりも恐ろしい。
臆病風が心を撫でる。そういう時にどうすれば良いか、テオは知っている。
「……『汝、騎士たれ』」
憧れの英雄エルバートに貰った言葉は、テオの宝物だ。
その言葉が勇気をくれる。呪いの力に振り回されていたテオを、騎士にしてくれる。
「うん、もう大丈夫」
「めふ」
「弱音を吐いて、ごめんよ。相棒」
レニーがポーンと飛び上がり、テオの肩に着地する。そうして白いフワフワをテオの頬にグリグリと押しつけた。
なんだか嬉しくなって、テオはヘフッと笑い、窓に近づいた。
気分転換に外の空気を吸おうと思ったのだ。
そうして見えた窓の外、燃え滓邸の庭にしゃがみこんでいる白い髪が見える。カルラだ。
一体、何をしているのだろう。ただ、カルラの華奢な背中がじっとして動かないから、なんだか心配になってテオは外に向かった。
* * *
「カルラ」
庭に出たテオは、しゃがみこんでいるカルラの背中に声をかけた。
具合が悪いのかい? と言いかけたテオは、カルラのそばに植木鉢があることに気がついた。窓から見た時は、カルラの体で隠れてよく見えなかったのだ。
植木鉢には背の低い白い花が咲いている。
「花を見てたのかい?」
「…………」
カルラはしゃがみ込んだまま、ゆっくりと振り向きテオを見上げる。
そうして見上げる形になった時、カルラの顔が歪んだ。
(…………え)
一瞬、酷く動揺したのは、カルラがこんなにも分かりやすく顔を歪めるところを見たことがなかったからだ。
テオがドギマギしていると、カルラが勢いよく立ち上がる。目の高さが合うと、カルラはいつもの無表情に戻った。
カルラがテオに手を伸ばす。白い指先が、ペタリ、ペタリとテオの頬に触れる。
「カルラ? えぇと……僕の顔に何かついて……」
「テオの形を、覚えてる」
白い指がテオの顎をなぞり、頬を包む。
鼻筋を辿って、頬骨をなぞって、耳の付け根を、耳たぶを撫でる。
「ど、どうして、そんなことを……?」
戸惑うテオに、少女の唇が告げる。
「わたしは、ジネットとセドリックを知っている。一緒に任務をしたこともある」
その名前に一瞬心臓が冷える。
そうだ、カルラの呪いは不老不死──誰よりも長く戦い続けてきた彼女は、呪魔化した二人と面識があるのだ。
「……でも、わたしはぼんやりしてばかりで、周りのことを見ていなくて……覚えようと、しなかった。ジネットのことも、セドリックのことも」
不老不死のカルラは、きっとテオが想像するよりも遥かに多くの死を見てきたのだ。
自身もボロボロになりながら、呪魔と終わりの見えない戦いを続けて、たくさんの仲間を失って──そうして心が擦り切れてしまった少女を、どうして責めることができるだろう。
カルラはテオの三つ編みを摘んだ。動物の毛並みを確かめるように、指の腹でそれを擦り、足下の植木鉢を見る。
「ジネットは花が好きだったことは覚えてる。呪装顕現も花だった。この花もジネットが買ってきた。わたしが覚えてるのは、それだけ…………だから、覚えていなくて、ごめんなさい。って、謝っていた」
カルラはいつものような無表情で、目に涙を浮かべているわけでも、体を震わせているわけでもない。
それでも、彼女は悲しんでいる、と思った。
そんな彼女に、どう寄り添うのが正解なのだろう。
「そういう時にどうすれば良いか、おねーさんが教えてあげよう」
背後から聞こえた声に振り向くと、両手に瓶をぶら下げたベリルとハルクの姿があった。
ベリルは植木鉢のそばに腰を下ろすと、地面をポンと叩いて座るように促す。
「生き残った奴らで思い出を共有するんだよ。そのために、弔いがあるのさ」




