【7】まともに働いてるだけで感動される男ヒューゴ
「オイコラ、テオぉ! ヒューゴ先輩のお帰りだぞ、荷物持ち手伝え!」
玄関ホールから響いた声に、談話室で読書をしていたテオは、慌てて玄関ホールへ駆けつけた。
ホールには両手に紙袋を抱えたヒューゴの姿が見える。紙袋がある──そう、彼は正しく買い出しをしてきたのだ。
テオは思わず全身を震わせ、感動の声を漏らした。
「ヒューゴが……働いてる……っ!」
「どういう意味だ、チクショー」
「だって、隙あらばサボるじゃないか」
ヒューゴはこの手の手伝いがあると、やれ今日は鼻風邪だの腹が痛いだのと理由をつけてサボるのだ。
テオの至極真っ当な指摘に、ヒューゴは買い物袋をテオに押し付けながら「オレは忙しいんだよ」と言い訳をする。
(……あれ?)
押し付けられた大きな紙袋の陰に、手のひらにのるほどの小さな紙袋があった。表面には綺麗な字で「テオへ」と書かれている。
テオは大きな買い物袋で小袋を隠し、ヒューゴを見た。
「これって……」
「あの女から。妹の方」
その言葉ですぐにピンときた。聖女の妹セシリーだ。
「……彼女の歌を聞きに行ったのか?」
「別に興味はねーけど、たまには違うジャンルの音楽を聴くのも勉強っつーか? まぁ、俺の方が上手いけど?」
「ジャンルが違うもので上手い下手を競うのは無粋だと思う」
ヒューゴに真顔で言い返しながら、テオは小袋を開ける、中身はクッキーだ。バターとレモンピールの良い香りがする。
テオは小袋を閉じ、表面に書かれた「テオへ」の文字を見る。セシリーは加護持ちでも歩く呪いでもない一般人だ。故に、忘却の呪いの影響でテオのことを忘れてしまう筈である。
それなのにどうして、と紙袋の文字を見ていると、ヒューゴがニヤニヤ笑いを浮かべた。
「『ドッキーン⭐︎ もしかして僕に惚れちゃったのかも!?』とか思ったか? 思ったろ? ざ〜んねん、そういう雰囲気じゃねーわ、あれ」
「いや、流石にそこまで思ってないけど」
ヒューゴじゃあるまいし。とテオは胸の内で続ける。
ヒューゴはテオと肩組みをし、声をひそめた。
「あの女、すっげープライド高いぜ。呪いの影響で恩人のことを忘れるのは悔しいから、帰り道はずっとテオテオテオって小声で歌い続けて、帰ったら忘れないようにメモしたんだと」
聖女の付き人セシリー・ウォルフォードは、恩人への感謝の気持ちを呪い如きに歪められるのが許せなかったらしい。もはや執念の域である。
(セシリーさん……なんというか、すごく強い人だ……)
それがテオに対する好意によるものではないとしても、テオのことを忘れないようにしよう、と思ってくれることは嬉しい。
テオはクッキーの小袋を見つめて、喜びを噛みしめる。
ヒューゴは小声で言った。
「あの女に探り入れたんだよ。聖騎士団の方で、俺らの暗躍がどこまで噂になってるか」
アドコック研究所から脱走した二体の呪魔。特にカルラの身体に呪いを植え付けたものを回収するべく、灰色騎士団は奔走した。
その後、呪魔の一体がティンバーガム小宮殿に入り込んだ際、ベリルとカルラが聖騎士団の第四騎士団長ステラ・ガーネットと接触。侵入した呪魔はベリルとカルラの二人で倒したことになり、研究所から逃げ出した呪魔は無事回収できた。
……というのが、先日起こった事件の顛末だ。
「少なくとも、研究所から逃げた呪魔ってこと知らないみたいだったぜ。こっちに探り入れてくる感じもなかったしな」
「……そっか」
何故セシリーに接触を、と思っていたが、ヒューゴなりに色々と考えていたらしい。
歌姫を見て鼻の下を伸ばしていたのでは、などと考えていたことを、テオは密かに恥じた。
「おや、研究所と言ったかね?」
階段の方から響いたねっとりとした声に、テオとヒューゴはギクリと肩を震わせる。
白衣の裾を揺らして階段を降りてくるのは、暗い茶髪を雑にまとめ、左目にゴテゴテとした片眼鏡を着けた女──ガートルードだ。
テオとヒューゴが、〈創造〉の聖女の付き人セシリー・ウォルフォードと知り合ったことは、他の灰色騎士には秘密である。
嘘の下手なテオに代わり、ヒューゴがヘラヘラと愛想笑いを浮かべた。
「あー、この間の研究所から逃げ出した呪魔の残骸は、どうなったかなーって話っす」
「なに心配はご無用だ。無事、研究所に送られたそうだよ。今頃研究所は大忙しだろうねぇ、うっふっふっふっふ……」
研究所が大忙しなのに、どうしてそんなに薄気味悪く笑っていられるのだろう、とテオは思った。口に出したらただの悪口なので言わないが。
ガートルードは薄ら笑いを浮かべたまま、「ところで」と話を切り替える。
「団長が司令室にお呼びだよ。君達だけじゃない。全員だ。準職員も含めてね」
任務の呼び出しなら、任務に向かう者だけ呼ばれるのが常である。
全員が司令室に呼び出されるなんて、テオが燃え滓邸に来てから初めてだ。
「それほど、重要な任務か、重大な報告があるということでしょうか……?」
テオが訊ねると、ガートルードが頭をガクリと左に傾けた。この人は、片眼鏡が重いからか、よくこうして首を傾けるのだ。薄笑いの相乗効果で不気味さマシマシである。
「……この時期だし、間違いなくアレだろうねぇ。西の最果て 遠征、呪魔の大群を相手に、地獄の防衛戦が始まるというわけさ」
* * *
さして広くもない司令室には、現在燃え滓邸にいる全ての人間と毛玉が揃っていた。
最奥の執務机には団長のJJ。その背後に管理官のアーチボルドが控えており、部屋に入って左手側には灰色騎士のハルク、ベリル、ロゼ、カルラ。右手側には準職員のモラン夫人とノア少年。
最後に到着したテオ、ヒューゴ、ガートルードの三人は、モラン夫人達の横に並んだ。
そうして最後にテオのポケットから、白い毛玉のレニーがコロンと転がり落ちる。大事な話の最中にコロコロされたら、気が散っていけない。テオがレニーを肩に乗せたところで、JJが紙袋の奥の口を開いた。
「……まず、最初に報告することがある。西の最果て で、灰色騎士のセドリックとジネットの二名が呪魔化した」
室内の空気が変わる。
テオ達歩く呪いは、奇跡的に呪いの進行が止まった存在である。
その呪いはいつ進行するのか分からないが、呪装顕現等の力を使いすぎたり、或いは、呪魔から更に呪いを受けると進行するとは聞いていた。
呪魔化した人間は、もう元には戻れない──実質、殉職だ。
テオはセドリックとジネットの二人を知らないが、それでも、同じ灰色騎士の仲間が呪魔化した事実に衝撃を受けずにはいられなかった。
室内で、泣き崩れたり、取り乱したりする者はいない。それでも、大人達が静かに戦友を悼んでいるのを感じた。
アーチボルドが硬い声で言う。
「呪魔となった二人はまだ、討ち取られていない」
灰色騎士は外出時に、首輪と呼ばれる黒いチョーカーをつけることが義務付けられている。
これはJJの能力で、首輪をつけている者の現在地が分かる上に、JJの意思で対象の首を刎ねることができるというものだ。
だが、これは効果範囲が限られており、西の最果て は完全に範囲外。
つまり、直接西の最果て に赴いて殺すしかないのだ。呪魔化した仲間達を。
アーチボルドが続ける。
「セドリックは甲殻持ち、ジネットは複尾持ちの呪魔となり、西の最果て 戦線における脅威と化してしまった。そこで、灰色騎士団からは増員として、カルラ、ロゼ、ヒューゴ、テオの四名を送り込む」




