【3】絶対内緒にしてくださいお願いします
「シャルルが領主の息子だって知ったのは、その後のことだったんだ」
テオが暮らしていた中央西地方は呪魔の脅威が間近だったから、聖騎士は憧れの英雄だったが、呪魔の少ない中央東地方では、呪魔や聖騎士をよく知らない者も珍しくないらしい。
大陸屈指の森林地帯である中央東地方は、呪魔よりも野生動物の方が脅威なのだ。
(熊って、絶滅危惧種になってたんだ……)
童話などではよく見かけるから、大陸ではありふれた動物なのだと思い込んでいた。
熊は強い生物だ。だから、呪魔が優先的に取り込みたがって、数を減らしてしまったのかもしれない、とテオは頭の隅で考える。
「シャルルは領主の息子で、バケモノ……呪魔のことを野生動物以上の脅威と考えてた。対策が必要だって、みんなに訴えて、それで……痣持ちのアタシみたいな連中を集めて、自警団を作ってたんだ」
なるほど、その自警団というのは灰色騎士団に似たものなのだ。
痣持ち──歩く呪いを保護して、呪魔と戦わせる。
ただ、首輪付きの灰色騎士と違い、シャルルの作った自警団は拘束の少ない、いわば家族のような集まりだったという。
痣持ちになった者、家族を呪魔に奪われた者が寄り添い合い、力を合わせて、呪魔を討伐していた。
「ノアはその頃から、シャルルの周りをチョロチョロしててさ、シャルルの調査の手伝いしたり……痣持ちのアタシにも懐いてくれて、嬉しかったなぁ」
ロゼは昔を懐かしむような目をして、口の端をふにゃりと緩めた。
血が繋がらなくても、家族になれることをテオは知っている。
きっとその自警団で過ごした時間は、ロゼにとって暖かな家族の記憶なのだろう。
「自分に痣を植えつけたバケモノを殺せば、痣は消える。だから、頭の良いシャルルが作戦立てて、皆で力を合わせてバケモノぶっ殺して……アタシ達は、そうやって生きてきたんだ」
痣から解放されても、まだ痣持ちの仲間のために協力してくれた者がいた。
バケモノに家族を殺されて、これ以上の被害を出さないためにと、研究をした者がいた。
そういった者達を一人で束ねていたのが、当時十代後半だったシャルルなのだ。
それだけでも、シャルルという人物の凄さが分かる。知性、人格、指導力に優れた傑物だったのだろう。
「でも、アタシが自警団に入って二年ぐらい経ったある日、痣持ちの仲間が呪魔化しちまって……自警団は壊滅。シャルルも尾刺棘で呪いを植え付けられて、アタシらと同じ痣持ち……歩く呪いになっちまったんだ」
その時の騒動は、聖騎士団が出動するほど規模の大きいものだったという。
結果、自警団の痣持ち──歩く呪い達は、全員灰色騎士団送りになった。
そこまで聞いて、テオはふと疑問を覚えた。
「シャルルさんは領主のご子息だったんですよね? ノア君はその弟で……それなのに、どうしてノア君が灰色騎士団の準職員に?」
本来跡を継ぐはずだったシャルルが灰色騎士になったなら、その弟のノアが跡継ぎ候補になるはずではないか。
テオの疑問に、ロゼは苦い顔をする。
「シャルルとノアは母親が違うんだ。ノアの母親は、いわゆる愛人ってやつで……ノアを産んですぐに死んじまったから、みんな、ノアのことを蔑ろにしてた。あの家でノアのことを可愛がってるのは、シャルルだけだったんだ」
あぁ、とテオは小さく息を吐く。
ノアが自警団に出入りし、兄を手伝っていた理由が、なんとなく分かった。
血の繋がった父親は自分を蔑ろにして、いないものとして扱う。血が半分しか繋がっていない兄と、血の繋がらない仲間達は自分を家族のように扱ってくれる。
どちらが大事かなんて、言うまでもない。
「父親に、これからはお前が兄の代わりになれと言われて、ノアは怒ってた。今更家族面するな、って……それで、家を飛び出して、シャルルについてきたんだ」
以前から、何故ノアのような少年が灰色騎士団の準職員なのか不思議だったのだが、ようやく合点がいった。
ノアは血の繋がった父親より、半分しか血の繋がっていない兄を選んだのだ。
「灰色騎士になったばかりの頃は、それでも上手くやってた……でも、あ、アタシがシャルルと恋仲になって……結婚の約束をした頃から、ノアが……つ、冷たくなって」
丸椅子に座るロゼの体はブルブルと震えていた。
「ノアはシャルルが大好きだから、アタシなんかが姉になるのが嫌だったんだと思う……そ、それで、ギクシャクした頃……シャルルが尾刺棘に刺されて……」
ボロリと涙の雫が溢れ、ロゼの手の甲を濡らす。
「シャルルの呪いが進行して、呪魔化した。アタシは、シャルルを助けられなかった……!」
ひぐっとしゃくりあげ、ロゼは両手で顔を覆った。
指の隙間から、悲痛な声がこぼれ落ちる。
「シャルル、さいごに言ったんだ……『ノアを頼む』って……なのに……アタシ、ノアに嫌われてて……当たり前だ。シャルルを守れなかったアタシのことを、ノアが許す筈がない……っ!」
「ロゼさんっ」
テオは咄嗟にロゼの言葉を遮った。
ロゼの口から、これ以上彼女自身を傷つける言葉を吐かせてはいけないと思ったからだ。
だけど、こんな時に何を言ったら良いかが分からない。だって、テオは部外者だ。テオはシャルルを知らないし、ノアの本心も分からない。
(こうなったら……っ)
これはかなり恥ずかしいのでやりたくないが、背に腹は変えられぬ。
何より、傷ついた人に手を差し伸べるのが騎士ではないか。
「ロゼさん、僕にも兄がいるんです。血の繋がらない、自慢の兄です」
ロゼが赤く腫れた目で、テオを見る。
テオは声をひそめた。
「今から言うことは、恥ずかしいからみんなには内緒ですよ……絶対内緒にしてくださいね?」
「……ん、うん……?」
「兄に婚約者ができたら、僕はきっと祝福するけど……ちょっぴり寂しくもなります」
アレンの耳に入ったら絶対調子に乗るから聞かせられない、騎士の秘密である。
ロゼは涙に濡れた睫毛をパチパチと上下させている。恥ずかしくなったテオは早口で言った。
「まして、当時のノア君は今より小さかったわけだから、大好きなお兄さんが取られたみたいで、寂しかったんじゃないかと思うんです。それで、ロゼさんに八つ当たりしてしまった可能性だって、無きにしも非ずなわけで……」
ノアが、ロゼからシャルルの記憶を消してくれと言ったのは、ロゼの身を案じてのことか。
或いは……ロゼが大好きな兄に執着していることが許せなかったからか。
その真意は分からない。ただ、ノアはロゼのことを心の底から憎んだりはしていないと思うのだ。
「だから、その、ノア君はロゼさんに対してどう接すれば良いか分からないんじゃないかとも思ったり…………あの」
テオは赤くなった顔で、モニョモニョと口を動かす。
「さっき僕が言ったこと……絶対誰にも言わないでくださいね?」
ロゼはピンクがかった髪を揺らして、小首を傾げる。
「兄貴が結婚したら、寂しいことを?」
「わああああああ! 別に! 寂しくないですけどっ!」
「さっきと言ってることが違う……」
テオは恥ずかしさにウーウーと唸る。
ロゼの反応が無垢な子どもじみているものだから、尚更居た堪れなくなってきた。
「さっきの発言は、あまりにも僕が甘ったれで恥ずかしいので……お願いだから誰にも言わないでください」
「…………ん」
ロゼがおずおずと手を伸ばし、テオの頭を撫でた。指先が掠めるだけの慎重な撫で方は、彼女が怪力故にだろう。
子ども扱いは不本意だが、ロゼから人に触れることは、きっと彼女にとってとても勇気がいることなのだ。だから、テオは大人しく頭を撫でられる。
「……テオは、少しだけシャルルに似てるな」
「そうなんですか?」
「ん。優しいところが」
「騎士として当然のことをしたまでです」
ロゼは背中を丸めて、くふくふと笑う。
それは戦闘時の凶悪さを微塵も感じさせない、素朴で可愛らしい笑顔で、きっとシャルルという人は、彼女のそういう笑顔を好きになったんだろうな、とテオは思った。
* * *
西の最果て 沿岸北部の「骨喰い入り江」付近の岩場に、大量の赤黒い塊が散らばっていた。硬化した呪魔の亡骸だ。
そんな赤黒い亡骸を蹴散らし、尾刺棘を振り回す呪魔がいた。その数、二体。
対峙するのは、灰色騎士の制服を着た銀髪の少年と、紺色の髪の青年だ。
銀髪の少年はエグエグと泣きじゃくりながら、後ずさる。
「う……あぁ……ジネットさん……セドリックさん……」
銀髪の少年の視線の先には、灰色騎士の制服の残骸があった。
グシャグシャの顔で泣きじゃくる少年を、紺色の髪の青年が後方に突き飛ばす。
「おい、セファ。走って聖騎士団の奴らに伝えろ。灰色騎士二名、呪魔化。甲殻持ちと複尾持ちだ」
「ク、クロードさん……ぼく、あっ、足が竦んで……」
「そうかよ、役立たず。だったら、テメェを囮にして俺が伝言役をするわ」
「ひぃん、う、わ、わぁぁぁあああ!」
セファと呼ばれた銀髪の少年が、涙と鼻水を垂らしながら走る。
その背中に、紺色の髪の男──クロードは怒鳴りつけた。
「ついでに伝えろ! 燃え滓邸から、あの怪力クソ馬鹿女を引きずり出してこいってなぁ!!」




