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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
四章 暗躍の夜
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【17】頭カチカチちゃんと、おねーさん


 聖騎士団団長会議の場で、第四騎士団長ステラ・ガーネットはゴードン・ロス総長と、四人の団長を見回し、硬い声で告げた。


「ティンバーガム小宮殿のジェームズ殿下は、おそらく偽物です」


 総長も他の団長も、目に見えて顔色が変わる者はいない。流石に冷静だ。

 やれ、人妻だご飯が美味いだ札束風呂だとふざけたことを言っていても、そこは歴戦の聖騎士団長。もし、逆の立場だったら、自分は驚きを隠せなかっただろう、とステラは思っている。

 ゴードン・ロス総長が眠たげな目をステラに向け、訊ねた。


「そう思った根拠は何かね?」


「ティンバーガム小宮殿で救出したジェームズ殿下は、病人というには足の筋肉がしっかりしていました。また、その人物を我ら聖騎士から隠すように、ティンバーガム小宮殿の者達は動いていました」


 呪魔(テルメア)に襲われた者は念のため、尾刺棘(ブラッド・テール)に刺されて呪いを流し込まれた痕跡がないか、呪い憑き(カースド)化した者は呪いが残っていないか検査をする。

 だが、第二王子ジェームズに関しては、それらの検査を近衛歩兵連隊(ロイヤル・フェザー)が受け持つと言って聞かなかったのだ。

 それ以外でも、リチャード王太子が口出しをして、ティンバーガム小宮殿内の後始末は聖騎士団ではなく、中央(エリントン) 軍の仕事となった。

 聖騎士団と軍が衝突することは、しばしばあるが、今回は特にリチャード王太子の介入が強引なのだ。

 王太子に弟王子が心配だからと言われたら、聖騎士団も強くは出られない。


「仮に、ティンバーガム小宮殿のジェームズ殿下が偽物だとしたら、本物のジェームズ殿下は……」


「ガーネット団長」


 ロス総長の一言が、ステラの口を封じる。

 元軍人であるロス総長は、決して大柄ではないし、強面でもない。

 それでも、眠たげな目で見据えられて名を呼ばれると、背筋を伸ばさねばと思わされる、そういう人物だった。


「明確な証拠を掴むまで、この件は君の頭の中にしまっておきたまえ。それならば、君の想像力が豊かだった、というだけで話は終わる」


 ステラは生唾を飲み、他の団長達の様子をそれとなく見回した。

 誰一人として、思惑も動揺も顔に出さない。青ざめているのは自分だけだ。

 だが、ステラは自分が掴みかけた真実を握り潰すことに抵抗があった。重要な情報は共有すべきだ。その考えに従い、ステラは掠れた声で言う。


「教皇聖下と三聖女には……」


「君の妄想が、現実となった時の話をしよう」


 ロス総長が眠たげな目を閉じ、語り出す。


「もし、ティンバーガム小宮殿の襲撃が人為的なものであったとしたら……その目的は、『聖騎士団にジェームズ殿下の正体を気付かせること』であると考えられる。その場合、得をするのは誰だ?」


 即答はできなかった。それぐらい、面倒な政治的駆け引きが絡んでくる。

 そもそもステラは、ティンバーガム小宮殿の襲撃が人為的なものである可能性を視野に入れていなかったのだ。


(あの呪魔(テルメア)の襲撃が人為的? となると、絡んでくるのはアドコック研究所か? だが、アドコック研究所はリチャード王太子側……事件を起こすメリットはない。そういえば、ベリルは偶然近くにいたから駆けつけたなどと言っていたが……リチャード王太子の差金か? ベリルは昔からそういう腹芸に長けているし……)


 駄目だ。考えがまとまらない。

 ステラが目をグルグルと回して思考に溺れていると、第一騎士団長エルバートが助け舟を出した。


「その場合、何者かが、我々聖騎士団とリチャード王太子殿下を衝突させたがっている、ということになるだろう」


 強面の第二騎士団長ルドルフも、眼鏡を指先で押さえて頷く。


「それに乗せられるのは得策ではない。故に黙す。時に沈黙は、黄金と同等の価値になるのである」


 国王側がそうであるように、教皇側もまた一枚岩ではない。

 教皇庁の一部の人間は、寄付金に目が眩んで私財集めをしているというし、聖騎士団の中でも派閥争いや出世競争がある。

 聖騎士団総長ゴードン・ロスの眠たげな目は、何を見据えているのだろう。

 羽十字教への信心か、かつて所属していた中央(エリントン) 軍への未練か、或いは別の何かか。


(……揺れるな。私は、白き卓の五番目、ステラ・ガーネット。呪魔(テルメア)の魔の手から民を守る、神の尖兵)


 呪魔(テルメア)との戦いで散っていった戦友達のためにも、自分は最後まで戦い抜くのだ。

 民を第一に考えろ。己にそう言い聞かせるステラの頭の奥で、『頭カチカチちゃんだなー』と懐かしい声が笑う。


(お前も、もう戦わなくて良いんだ、ベリル……)



 * * *



「やー、テオは頭カチカチちゃんだなー」


 ベリルの手がテオの頭皮を捏ねる。これがもう、抜群に絶妙に気持ち良くて、いつもキリリと引き締めているテオの顔はフニャフニャに緩み、口から「ほぁあああ」とだらしない声が漏れた。

 団長執務室を出たところで、「おねーさんとイイコトしよ?」とベリルに声をかけられ、あれよあれよというまに日当たりの良い庭に連れて来られたのだ。そうして始まったのが、頭皮マッサージである。大変にイイコトであった。

 春の午後の木漏れの下、吹く風もそよそよと心地良い。耳を澄ませば小鳥達のさえずりと、カルラの「あ──」という発声練習が聞こえる。

 ベリルの前に座るテオの周りを、レニーが「めふんめふん」と鳴きながら転がった。平和だ。


「でも、ベリルさん、どうして急にマッサージだなんて……」


「んー? テオが頑張ってるから、おねーさんからの労り? みたいな?」


 冗談めかした口調で言って、耳の上を軽く圧迫。頭の血が上手に流れていく感じがする。

 その心地良さにうっとりしていると、ベリルが耳元で囁いた。


「テオは、おねーさんに聞きたいことがあるんじゃないか?」


「……ベリルさんはダンカン父さんのことを知ってますよね?」


「そーだよ。聖騎士だった頃に世話になってさー」


 初めてベリルと会った時、ベリルはダンカンの死に驚き、そして祈りを捧げてくれた。だから、それなりに交流があるのだろうとは思っていたのだ。

 ただ、ベリルの聖騎士時代のことを聞いても良いものかどうか、テオは迷っていた。

 聖騎士といえば、皆の憧れ。まして祝福二つ(ダブル)ともなれば、将来有望だったはず。

 それが呪われて、歩く呪い(マッドウォーカー)になった今、輝かしい聖騎士時代のことを思い出すのは苦痛なのではないか……と思っていたのだが、ベリルはさして気にする様子もなく、懐かしげに語り出した。


「あの頃は、エルやステラと一緒に遠征して、呪魔(テルメア)と戦ったりもしたっけー、やー、懐かしいなー」


 エルとステラ──第一騎士団長にして英雄エルバート・ランドルフと、第四騎士団長ステラ・ガーネットのことだ。

 現騎士団長二人と知り合いとなると、やはりベリルは相当な実力者だったのだろう。


「あの頃は、おねーさんもお転婆でさー。エルはギラギラしてたし、ステラは……今とあんま変わんないか。頭カチカチガールだったから、ダンカンの適当さとおおらかさにだいぶ救われたんだよ」


「エルバート様が……ギラギラ?」


「おっと、口が滑った。まぁ、みんな若かったんだよ。うんうん」


 テオの憧れる高潔なる英雄、高位聖騎士(パラディン)エルバート・ランドルフはテオが知る限り、穏やかな物腰の人物である。ギラギラはちょっと当てはまらない。もしかして、剣か鎧がギラギラ光っていたのだろうか。

 考え込むテオの頭を、ベリルの指が柔らかく揉みほぐしていく。


「ダンカンは強いだけじゃなくて、世話焼きで面倒見も良くてさ。そういうの、いいなーって思ったから、おねーさんも焼ける世話は焼くことにしてるんだ」


 ベリルはテオの頭頂部を絶妙な強さで押し、仕上げに少し乱れた金髪を優しく梳いた。


「だから今、ダンカンの息子の世話が焼けて嬉しいよ」


 ベリルは、テオが捨て子でローレンス家の居候であることを知っている。

 それでも「ダンカンの息子」と言ってくれた。そのことが、嬉しい。


「おっと、もう一人、世話の焼ける奴発見〜」


 ベリルが何かに気づいたような顔で、燃え滓邸(シンダー・ハウス)の陰に目を向ける。建物の角から、ピンクがかった髪がチラチラと見えた。


「こっちにおいでよ、チェリービューティー。おねーさんが、老若男女骨抜きにするスペシャルマッサージを伝授してやろう」


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