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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
四章 暗躍の夜
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【18】ノアの依頼


「こっちにおいでよ、チェリービューティー。おねーさんが、老若男女骨抜きにするスペシャルマッサージを伝授してやろう」


 ベリルに声をかけられ、燃え滓邸(シンダー・ハウス)の陰から姿を現したのは、ピンクがかった髪の背の高い女、ロゼだ。

 ロゼは長身の背中を丸めて、気まずそうにモジモジしている。


「あ、アタシがやったら……頭蓋骨砕いちまう、から……」


「なら、自分でできるセルフマッサージを教えてあげよう。手のひらのここをグリグリ〜ってして痛かったら、肝臓が悪くなってる証拠だぞ〜」


 朗らかに話しかけるベリルに、ロゼがゆっくり近づいてくる。のそのそとした歩き方は、なんだか野生の熊みたいだ。


「……かんぞーって、なんだ?」


「酒飲みが悪くする臓器だよ。ほら、ここ」


 ベリルがロゼの右手を押すと、途端にロゼは「ギャッ!?」と叫んで仰け反った。痛かったらしい。


「酒飲みのおねーさんが言うのもなんだけど、ほどほどになー」


「う……分かってる……」


 ロゼは手のひらを押さえて涙目で頷く。

 そんな彼女を見上げて、テオは少しだけ鼻をひくつかせた。彼女から酒の匂いはしない。


「ロゼさん、ここ数日は、お酒飲んでませんよね?」


「……ん」


 ロゼは曖昧な相槌を打ち、テオの足をジッと見た。

 きっと、テオの足の怪我を心配しているのだろう。ハルクが負傷したテオを担いで駆け込んだ時、ロゼは酷く動揺していたという。

 その翌日もテオが歩くたびにハラハラした様子で、あろうことか「食堂まで送る」と言いい、強制的に肩車をしたのだ。


(この歳で肩車されるのは、騎士じゃない……すごく騎士じゃない……)


 その後、カルラが「わたしもやる」と張り合い、ヒューゴが大爆笑……と、精神的ダメージが大きかったので次は遠慮願いたい。

 テオはロゼを心配させぬよう力強い笑顔で言った。


「足の怪我なら、もう大丈夫ですよ。明日から、訓練に参加しても良いそうです。ロゼさんも一緒に行きませんか?」


「アタシは、いい……怪我させちまう、から」


 ロゼは自嘲するように笑い、項垂れる。

 ピンクがかったバサバサの髪が、彼女の青白い顔を覆い隠した。


「アタシ、手加減できないんだ。すぐ、人を怪我させたり、物をぶっ壊したり……」


 ロゼは呪いの力が身体能力に偏っているタイプらしい。

 呪装顕現で武具を作り出すことはできないが、絶大な身体能力を誇る。特にその怪力ぶりは、甲殻持ちの呪魔(テルメア)を一刀両断するほどだ。

 ただ、その力が日常的に制御できておらず、よく物を壊してしまうのだという。


「ロゼさんさえ良ければ、力の使い方を教えて欲しいです。呪いの力を肉体に行き渡らせる? って言うのかな……その辺りが、僕はスムーズにできていない気がするので」


「良いじゃん、それ。ロゼも教えるだけなら、テオをぶっ壊したりしないだろ?」


 テオの提案にベリルが賛同し、ロゼは戸惑うように視線を彷徨わせた。

 ロゼはモジモジとしていたが、やがてポツリと「アタシで、良ければ……」と小声で言う。

 その時、建物の陰から小さな人影が飛び出してきた。


「テオさん、ちょっと良いですか?」


 こちらに早足で近づいてくるのは、黒髪の少年──準職員のノアだ。いつも通り、清潔感のある服の上にエプロンをつけている。

 一般人である彼は、テオの忘却の呪いの対象であり、意識していないとテオを忘れてしまう側の人間だ。

 なので、ノアに名前を呼ばれただけで、テオは「覚えていてくれたんだ!」と感激したが、同時に不思議に思う。


(僕に用事って……なんだろ?)


 今まで、テオはノアに何かを頼まれたことがない。

 怪訝に思いつつ、テオは立ち上がる。そこに、ロゼがソワソワした様子で言った。


「ノア……テオと友達になったのか?」


 それはまるで、弟に友達ができたことを喜ぶ姉のような口調だった。

 ノアは何故かムッとした様子で、ロゼを睨む。


「ロゼさんには関係ないです」


 そう言って、ノアは強引にテオの手を引き、早足で歩き出す。


「ノア君、そんな言い方……」


 テオはたしなめようと思ったが、ノアの表情を見て口をつぐむ。

 ノアが、傷ついたようにも、悔しそうにも見える顔をしていたからだ。



 * * *



「また、ノアに怒られた……なんで、アタシはいつもこうなんだ……」


 ベリルは地面を転がっているレニーを拾い上げると、地面に座るロゼの膝に乗せた。フワフワセラピーというやつだ。

 そうして自分はロゼの背後に回って、頭を揉む。


「アタシがダメ人間だから、ノアは怒ってるんだ……」


「めふ」


「ノアのこと、シャルルに頼まれたのに……」


「めあ」


「大事な弟だって、思ってるのに……」


「めう」


 相槌はレニーに任せ、ベリルはロゼの頭を揉みながら苦笑する。

 最近のロゼは、テオを気にかけている。弟に飢えているロゼにとって、テオはあまりにも理想的な弟だからだ。

 優しくてしっかり者で、ロゼの暴れっぷりを見ても過度に怯えたりはしないし、人懐こい。


(テオ、良い子だもんなー。こういう弟がいたら、可愛がっちゃうの分かるわー)


 思い出すのは、テオの兄のアレン。彼もまた、随分とテオを大事にしているようだった。

 だから、ベリルとエルバートがローレンス家を訪れた時、アレンは腹を立てていたのだろう。

 もし、ベリルが灰色騎士の存在を語らなければ、決闘なんてしなくて済んだ。お前のせいだ──と、あの少年の目は怒りにギラついていた。


(あの時のアレン少年、なかなかアレな目つきしてたよなー。昔のエルみたいで、ゾクゾクしちゃった)


 と、思考が少し逸れたが、問題はノアとロゼである。

 ノアは、ロゼがテオを構うことが面白くないのだろう。とは言え、自分が弟扱いされるのは面白くない。複雑な少年心である。


(これは、一悶着起こりそうだなー)


 どうなることやら、と胸の内で呟くベリルの前では、ロゼが毛玉に泣き言を零し続けていた。



 * * *



 テオの手を引いてズンズンと歩くノアは、勝手口から厨房に入ると、扉を閉める。厨房にモラン夫人の姿はない。テオとノアの二人だけだ。

 何の用? と言いかけて、テオは少し考えた。ノアはテオより一つ年下なのだ。

 ここは年上らしく、気の利いた声の掛け方をしたい。


「ノア君、君が何か困ってるのなら、力になるよ」


 テオの言葉に、ノアはギュッと唇を引き結び、眉間に皺を寄せた。怒っているというより、何かを堪えているみたいな、そんな表情だ。

 ノアは強張った顔で、しばし黙り込んでいたが、やがて腹を括った様子でテオに告げた。


「……テオさんの〈指定忘却〉で、ロゼさんから、僕の兄シャルルの記憶を消してほしいんです」


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