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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
四章 暗躍の夜
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【15】ウォルフォード姉妹弟のお茶会


 聖女は教皇庁に属するものだが、聖騎士団と行動を共にすることが多いため、聖騎士団本部には聖女のための部屋が幾つか用意されている。中でも日当たりの良い談話室で、〈創造〉の聖女シェリルとその弟妹であるキース、セシリーはティーテーブルを囲っていた。

 セシリーが手作りのアプリコットケーキを切り分けて配ると、シェリルがニコニコと受け取り、キースも「ありがとう、セシリー姉さん」と丁寧に礼を言う。


(こうして見てると、本当に絵になるのよね、私の姉弟……)


 聖女のシェリルと、祝福二つ(ダブル)の聖騎士であるキース。二人は神様に祝福されているだけでなく、容姿も整っている。

 以前のセシリーは、どうして自分だけ地味で冴えない容姿で、加護がないのだろうと思ったりもした。だけど、こっそり歌姫リリーとして活動をするようになってからは、僻むような気持ちが薄くなったと思う。

 加護がなくても人に愛されることはできる、と自信がついたからだ。


(シェリル姉様もキースも、ちょっと抜けてるし……私がしっかりしないとね)


 聖女と聖騎士という大層な肩書きの二人だが、姉のシェリルはポヤポヤして抜けているし、弟のキースはいつも周囲に突っかかる。そんなキースについたあだ名は「聖騎士団の暴走機関車」だ。

 本当に、黙って座っていればなぁ……と思うセシリーの目の前で、シェリルがケーキをポロポロと溢した。

 セシリーはササッとテーブルを拭いて、姉のローブに汚れがないかを確かめる。聖女が食べかすだらけの服を着ていたら、大恥だ。


「まぁ、ごめんなさいね、セシリー」


「食べかすぐらいは良いけど、紅茶を溢すのはやめてね。シミになったら、落とすの大変なんだから」


「紅茶と言えば、テオ様、制服大丈夫だったかしら……シミになってないかしら……」


 シェリルの呟きに、キースの顔がグニャリと歪む。

 眉根を限界まで寄せて歯茎を剥いたその顔は、威嚇する野生動物のそれである。美少年には程遠い。


「わたくし、テオ様を下敷きにしてしまったでしょう〜? 怪我はないと言っていたけれど、後から体が痛んだりしていないかしら。心配だわ……」


「あんな奴、心配する必要ねーよ。クソ頑丈だぜ。灰色騎士なんだから」


 キースが不機嫌なのは、その灰色騎士のテオに敗北したからだ。聞けば、テオと戦う前に、その兄のアレン・ローレンスにも勝負をふっかけていたらしい。頭の痛い話だ。


(ただ、キースに勝ったってことは、本当に強いのね、テオって……)


 祝福二つ(ダブル)であるキースは、一般人とは比べ物にならないぐらい身体能力が強化されている。

 それこそ一般人のセシリーは、キースが全力疾走したら目で追うことすら困難なのだ。

 仮に大人が数人がかりで挑んだとしても、キースなら身体能力のゴリ押しで勝てる。

 そんなキースが、テオに負けたのだ。

 テオの顔を思い出そうとして、セシリーは顔をしかめた。


(もう、印象が曖昧になってる……)


 金髪と小さな三つ編みはかろうじて覚えているが、街ですれ違ったら気づかないかもしれない。

 先日、歌姫リリーとして活動している最中、セシリーはテオに助けられた。

 だが、テオの同僚の灰色騎士ヒューゴが言うには、テオは忘却の呪いを抱えているという。


『あいつ、忘却の呪い持ちなんだ。一般人のお前らは、そのうちテオのことを忘れる』


 あの時は半信半疑だったが、今なら分かる。

 ヒューゴの生意気そうな顔は思い出せるのに、テオの記憶だけ曖昧なのだ。

 加護持ち(ブレスド)のシェリルとキースは当たり前のようにテオの名前を口にしているが、セシリーは気を抜くと名前すら忘れそうになる。


(……それって、どうなのよ。助けてもらったのに)


 忘却の呪いとやらに抗おうと思っても、徐々に曖昧になって、抗おうという意思すら忘れてしまう。なんだか、自分の心を操られているみたいで気持ち悪い。

 その気持ち悪さに、セシリーは少しでも抗いたかった。


「そうだ、キース!」


 思いつき、セシリーは声を上げる。自分でも驚くぐらい大きな声が出た。キースもシェリルも驚いた顔をしている。

 セシリーはテーブルから身を乗り出し、提案した。


「貴方、テオとお友達になったら良いじゃない」


「……はぁあああ!?」


 キースは顎が外れそうなほど大口を開けている。美しい顔が台無しだ。

 そこにシェリルが弾む声で言った。


「まぁ、それは良いわね〜。テオ様と仲良くなって、お家に招待したら良いじゃない」


「ありえない! なんで急にそんなこと言うんだよ、セシリー姉さん」


 一瞬ドキッとした。歌姫リリーとして活動していることは、姉と弟には秘密なのだ。

 セシリーは動揺を押し殺し、姉らしい態度を取り繕った。


「キースは祝福二つ(ダブル)で、大人でも訓練相手にならないんでしょう? 一緒に訓練できる同年代の子がいたら良いな、って前々から思ってたのよ」


「はんっ! 冗談じゃねぇ、灰色騎士なんて!」


 駄目かぁ、とセシリーは肩を落とした。

 加護持ち(ブレスド)のキースならテオを忘れたりしない。そうでなくとも、セシリーは弟に同年代の友人がいないことを心配していたのだ。

 そこにシェリルがニコニコと提案する。


「灰色騎士が嫌なら、アレン・ローレンス様は?」


「あいつはもっと嫌だ!! いけすかねぇヘラヘラむっつりだぞ!!」


 そこまで言わなくても……と思わないでもないが、アレンの方もキースを良く思ってはいないだろう。

 なにせキースときたら、鼻息荒く「あの兄弟は、俺がぶちのめす!」と意気込んでいるのだ。

 どうしてこの子は、こんなにも血の気が多いのかしら、とセシリーはため息をついた。


(この子がテオと友達になったら……キース経由でケーキを差し入れできるのに)


 胸の内で呟いて、セシリーは会心の出来のアプリコットケーキをパクリと頬張った。



 * * *


 アドコック研究所から逃げ出した呪魔(テルメア)を討伐し終えて二日が過ぎ、テオの足も随分と良くなった。

 個人差はあるが、歩く呪い(マッドウォーカー)は身体強化の一環で回復力が高くなっているらしい。まるで〈再生〉の加護持ちみたいだ。


(考えてみれば、身体強化は〈破壊〉の加護、呪装顕現は〈創造〉の加護に似てるもんな……加護と呪いを並べて考えるのは、不謹慎かな)


 そんなことを考えつつ、談話室の扉を開けたテオは目を丸くした。

 カルラが、壁際に立って「あ──」と声を発している。その様子をヒューゴが椅子に座って見守っていた。椅子の背にもたれ、足を組んだ座り方は実に態度がでかい。

 その時、テオのポケットからレニーがポロリと転がり落ちて、「めあ──」と鳴いた。


(カルラに張り合っているのかな……これ、僕もやった方がいいのか?)


 テオが悩んでいると、ヒューゴが「ストップ!」と声をあげた。


「全然ダメ。声が腹から出てねー」


「……? 声はお腹から出ない。喉から出る」


「めう」


 カルラの反論とレニーの不満そうな鳴き声に、ヒューゴは立ち上がり、己の腹に手を当てて言い返す。


「違う違う。腹式呼吸で腹から出すんだよ。こう! あ──────」


 流石は元聖歌隊。カルラとレニーの声とは違う、遠くまでよく響く声だ。

 カルラは「ふくしきこきゅう?」とよく分かっていない顔をし、レニーは「めふ」と鳴きながら、ヒューゴの足を踏みつけるようにコロコロ転がる。

 テオはレニーを拾い上げて、カルラとヒューゴに訊ねた。


「二人とも、何をしてるんだ?」


「声を出す練習がしたいんだとさ。つーか、カルラって不老不死なんだろ? すげー長生きしてんだろ? それで声の出し方なんて、今更すぎじゃね?」


「……今までは、あまり喋る必要なかった、から」


 ポソポソと喋るカルラは、もうすっかり二つ結びと仮面無しが定着していた。

 そういう見た目の変化も、突然の発声練習も、カルラにとっては大きな変化なのかもしれない。

 ヒューゴはやれやれという態度で腕組みをし、ふんぞりかえる。


「腹を凹ませながら息を吐くのが腹式呼吸だよ。これ、基本中の基本な」


 ヒューゴの指導に、カルラは己の薄い腹にペタリと両手を当てた。


「お腹の内臓を潰しながら、息を吐く……」


「いや待て、お前がそれ言うと洒落になんねーだろ。内臓は潰すなよ? 腹筋に力入れて凹ませるんだからな?」


 なんだか、兄妹のようなやりとりだ。おそらくカルラの方が年上だけれども。


(僕もアレンに言われたっけ。呼吸を一定に保てとか)


 テオがアレンとの訓練を懐かしんでいると、カルラがテオをじっと見て訊ねた。


「テオ、足の怪我は、もう大丈夫?」


「うん。ガートルード先生に診てもらったけど、明日からは訓練に参加して良いって。だから、団長にその報告を……」


「団長なら、客が来てるみたいだぜ。軍だかアドコック研究所だかの、お偉いさんだったか……お、あれだあれ」


 ヒューゴが窓に近づいて手招きをする。談話室は二階にあるので、玄関周辺の様子が窓から見えるのだ。

 テオも近づいて窓の下を見た。どうやら、JJは偉い人の見送りをしていたらしい。客人はスーツを着た男が三人。いずれも知らない顔だ。

 JJは紙袋を被った頭をペコペコと下げている。やがて、客人達が門を潜って外に出ると、JJは見送りのため真っ直ぐに伸ばしていた背中を丸めた。ふ〜〜〜、というため息が聞こえてきそうな動きだ。


(………………あれ?)


 小さな違和感。同時に、テオの頭に一つの考えがよぎる。

 テオはレニーを拾い上げ、ポケットにしまった。


「僕、ちょっと団長のところに行ってくる」


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