【13】おかえり、カースナイト
両足の怪我を止血してもらったテオは、ハルクに背負われティンバーガム小宮殿を後にした。
現場にいる第四騎士団長ステラ・ガーネットは、カルラとベリルの二名がこの場にいることを認識しているが、テオとハルクのことは認識していない。なので聖騎士が駆けつけてくる前に、テオとハルクだけはこっそり現場を退散する必要があったのだ。
残った呪魔の残骸は、一目見ただけではカルラの胴体を利用したものと分かる痕跡はない。なので、後はベリルが灰色騎士団名義で残骸を回収し、アドコック研究所に送ってくれるだろう。
テオはハルクの背中でウトウトしていた。呪装顕現にはだいぶ慣れてきたが、やはり〈指定忘却〉等をあわせて使うと消耗が激しい。
そんなテオの肩に乗ったレニーが、「めう、めう」と鳴きながらテオの頬にグリグリと体を押し付ける。その鳴き声は、どことなく不服そうだ。
「レニー、もしかして……怒ってる?」
「めうぅぅ」
返事はレニーにしては珍しい、低い唸り声だった。
ハルクがボソリと言う。
「テオ坊が無茶したから、怒ってんだろ」
「う……」
確かに最後のあれは無茶だったし、独断行動だった。
本来、テオ、ハルク、ベリルの三人で攻め続けていれば、確実に勝てる相手だったのだ。それなのに、テオは一人で突っ走り、こうして足を負傷した。
両足とも、膝から下のあたりに裂傷がいくつかできている。足がちぎれるほどではないが、放っておいて良い傷でもない。
「勝手なことをして、すみませんでした……」
「カルラに、あれを見せんのが嫌だったのか?」
「……はい」
カルラの肉体を模した、赤黒い少女の腕。
本来、呪魔は人間を苗床にするが、人間の姿にはなれない。呪い憑きが呪魔化する瞬間、人は人の形を失い、不定形の塊に変貌するのだ。そうして人間以外の生き物を取り込み、形を真似る。
ところが、カルラの胴体に呪いを注ぐことで生まれたあの呪魔は、カルラの再生能力や呪装顕現のみならず、彼女の肉体を真似しようとしていた。あの場でテオが斬り捨てていなかったら、呪魔は赤黒い少女の姿をしていたのだろうか。
「カルラの肉体を実験材料にするだけでも、許し難いのに……あんな……自分の姿をした呪魔なんて……」
率直に悍ましいと思った。だから、テオはマントで隠し、切り捨てたのだ。
テオの言葉に、ハルクがフッと息を吐いた。
「無茶して怪我をしたことは褒められねぇが、そういう信念貫く馬鹿は嫌いじゃないぜ。実に紳士的だ……いや」
夜道を歩くハルクが振り向き、ニヤリと笑う。
「実に騎士的じゃねぇか。呪われ騎士は、高位聖騎士にだって負けてねぇ」
冗談混じりで、だけど温かい言葉だった。
テオはその言葉を頭の中で反芻する。
勿論、反省はある。だけど今は、貰った言葉の温かさを噛み締めていたい。
「…………へへ」
やがて燃え滓邸が見えてきた。
鉄柵に囲まれた屋敷の門には、常に中央軍の赤い制服を着た見張りがいる。
彼らは燃え滓邸ハウスを外敵から守るための門番ではなく、灰色騎士が呪魔化した時、対応するための見張りだ。
今も見張りの若者二人が、ランタンの下に立っている。
彼らはハルクとテオに気づくと、見張りの片割れが声をあげた。
「あれ、ハルクさん。三つ編み君、どうしたんですかー? あっ、血ぃ出てんじゃん!」
「足を負傷したんだ。門を開けてくれるか?」
「了解っすー」
軽薄な雰囲気の若者がそう言って門を開けた。
見張りの片割れの寡黙な若者も、テオの足を見てボソリと言う。
「明日の訓練は来られないな……隊長に言っておこう。お大事に」
テオは少し驚いた。見張りの者達は中央軍の人間で、加護持ちではない。
つまり、テオのことを忘れてしまう人達なのだ。
「僕が、訓練に出てるの、覚えてたんですか……」
テオが思わず訊ねると、見張りの若者二人は当然のように答えた。
「覚えてる。俺は模擬戦で負けた」
「俺は模擬戦では当たってないけどさ、三つ編み君、いつもでかい声で挨拶してくれるじゃん」
寡黙な若者が淡々と言い、軽薄そうな若者は三つ編みを摘まむ仕草をする。
二人とも名前こそ覚えていないが、テオの存在をちゃんと認識しているのだ。
テオはハルクの背中にしがみついて、顔を伏せた。だって、こんな時に笑っていたら、変な奴だと思われてしまう。
ハルクが門を潜り、見張り二人がその背中に「お大事に」「おやすみ〜」と声をかける。
「良かったな、テオ坊」
「……はい」
ハルクが玄関に近づくと、中からバタバタと音がして扉が勢いよく開いた。
扉を開けたのは、ピンクがかった髪の長身の女──ロゼだ。どうやら、門が開く音を聞いて駆けつけたらしい。
ロゼは「あ、あ……」と何度か声を詰まらせた。呪魔を前に暴れていた姿とはまるで別人だ。戦闘中、あんなにもギラついていた目が、今は前髪の隙間から不安そうにテオを見ている。
ロゼは酒焼けした声で、ボソボソと言った。
「……お、おかえり」
「ただいま戻りました!」
テオはハルクに背負われたまま、なるべく元気に言葉を返す。
約束を守って「おかえり」を言ってくれた相手に、心配をさせたくなかったのだ。
ロゼはすぐ、テオの足の怪我に気づいた。傷口を縛る布に血が滲んでいるのを見て、血相を変える。
「け、怪我してるのかっ!?」
ロゼは、どうして良いか分からない、という様子でハルクとテオの周りをオロオロと歩き回る。まるで、落ち着きのない大型犬のようだ。
ハルクが言った。
「尾刺棘に足をザックリやられたんだ。呪魔は倒したから、呪いが進行はしてねぇはずだが、一応ガートルードに診せたい。戻ってるか?」
「い、いる……呼んでくる……っ!」
ロゼはピンクがかった髪を振り乱して、バタバタと階段を駆け上っていく。
ハルクはやれやれと呟き、背中のテオに声をかけた。
「テオ坊、眠いんだろ。寝ちまえ」
すごい。どうしてテオが眠くて仕方ないことが分かったのだろう。
テオの心を読んだみたいに、ハルクが言った。
「分かるさ。体がぐにゃぐにゃしてる」
「でも、団長に帰還報告をしないと……」
「そういうのは俺がやっとく。いいから寝とけ。寝ないと背が伸びないぞ、ボーイ」
「うぅ……」
唸るテオの頬に、レニーがふわふわした毛を押しつけた。
めふん、めふん、と頬をくすぐられるのが、なんだかとても心地良くて、テオはそのまま意識を手放す。
テオの頬に潰され、涎にまみれた毛玉は「めうぅ……」と鳴いた。
* * *
自称呪魔博士こと、ガートルードは人払いをした団長室でJJに告げる。
「アドコック研究所の研究員が一名、失踪していた」
室内にはガートルードとJJの二人だけだ。
アーチボルド管理官はリチャード王太子直属の近衛歩兵連隊の人間なので、念の為、席を外してもらっている。
今から話すことを、アーチボルド経由でリチャード王太子の耳に入れるかは、JJの判断に委ねるべきだ。そうガートルードは考えていた。
「ロゼ君を連れて、失踪した研究員の住居に向かったところ、一体の呪魔を発見してねぇ。どうやら呪魔化したばかりだったらしく……くだんの研究員の服が絡まっていた」
「あー、その呪魔化した研究員は……」
「ロゼ君がスパッと一刀両断にしたよ。亡骸は、後程アドコック研究所に送ろう」
不老不死のカルラの胴体に呪魔を植えつける研究。それ自体は興味深いし、有益なものだ。
呪いの侵食の仕方や、どういう条件で呪いの進行が止まるのかなどが分かれば、呪いの進行を食い止める方法だって見つかるかもしれない。
ただ、その被検体が脱走したタイミングで、姿を眩ませ呪魔化した研究員がいる、という事実。それが意味することを理解したのだろう。JJがブルリと体を震わせた。
「その研究員が……呪魔を、逃したってこと?」
「理由は不明だがね。管理ミスで尾刺棘に刺されたって可能性もある。呪い憑き化した者は、処刑されるのを恐れて、自分の呪いを隠すこともあるらしいからねぇ」
その研究員は被検体の尾刺棘に刺されて、呪いを植え付けられ、呪い憑き化した。その際に被検体が逃げ出してしまったと仮定する。
呪いを消すには呪魔を殺すしかないが、自分にそんな力はない。
なにより、自分が呪い憑き化したことが周りに知られたら……呪い憑きは呪魔化する前に殺すものだ。このままでは自分は殺されてしまう。怖くなった研究員は逃げ出して自宅に立て篭もり、そして呪魔化してしまった。
一見、辻褄が合うように思えるが、ガートルードには違和感があった。
ガートルードはJJの言葉を待つ。紙袋の中から、小さな呟きが聞こえた。
「……もしかして、呪魔がティンバーガム小宮殿に侵入したのも、誰かの意図だった……?」
「おや、団長。ティンバーガム小宮殿に呪魔が現れることで、誰が損をして、誰が得をするんだい?」
ガートルードの試すような言葉に、紙袋を被った頭がガサガサと揺れる。
JJはいつもの彼らしい頼りなさで、曖昧に応じた。
「やー、どうだろうね。政治の話は難しいから、オジサンもちょっと分かんないわー……」
とぼけているのか、本当に何も分かっていないのか、判断が難しいところである。
JJは周囲を油断させることに関しては、他の追随を許さない。何故なら、本当にただの凡人だからだ。
(優秀ではないが無能でもない。切れ者ではないが愚かでもない……凡人中の凡人だねぇ……その呪いの凶悪さを除けば、だけど)
続く言葉を選んでいると、廊下の方からバタバタと足音がした。
ドンドンと扉をノックする音に、蝶番が軋む音が重なる。
「ガートルード先生っ、テオが帰ってきた! 足を怪我してるんだっ、早く診てくれ! ち、ち、血が出てるっ!」
「ちょっと行ってくるよ、団長。このままだと、ロゼ君が扉を破壊してしま……」
ガートルードが全てを言い終えるより早く、扉がバキバキと音を立てて剥がれる。
紙袋を被った頭が天井を仰いで「修理代……」と嘆いた。




