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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
四章 暗躍の夜
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【6】Q.マントは必要ですか? A.カッコイイから必要です

 テオはレニーの感覚を追いかけながら走った。随分と細い道をぐにゃぐにゃ移動しているらしく、土地勘のないテオは進む道に苦労する。

 レニーが追いかけてくれなかったら、とっくに見失っていただろう。

 その時、月明かりを遮って、カルラが下降してきた。丁度、辺りには人の姿がないので、空を飛ぶカルラに驚かれることもない。


「この先、人が少なくて開けた場所がある……そこに、ロゼが待機してる」


 そう言ってカルラが指差した方向は、呪魔(テルメア)が逃げていく方向とは少しずれている。

 ハルクが辺りを見回した。


「なら、そこまで誘導すりゃ良いわけか。幸い、ここらは人が少ない。俺らも屋根の上を移動するぞ。足を踏み外すなよ、テオ坊」


「わ、分かりましたっ」


 呪装顕現中は身体能力が飛躍的に上昇しているとはいえ、屋根の上を飛び回るのは初めてだ。

 最初はそれなりに緊張したが、やってみると案外すぐに慣れた。ウォルグにいた頃、アレンと飛び石を渡りながら、剣を打ち合う稽古をしたことがあるのだ。

 自分の歩幅と跳躍距離を正確に把握し、バランスをとりながら、アレンの攻撃をかわすのは非常に困難だった。あれに比べたら、屋根から屋根に飛び移るぐらい簡単だ。

 足場が悪いところでの戦い方も、アレンに教わっておいて良かった。


「ロゼさんも身体能力強化タイプですよね? 屋根の上に飛び乗ったりとかは、苦手なんですか?」


「チェリービューティーは、そこまで足が遅いわけじゃねぇが、すぐに物をぶっ壊すんだ。だから、市街地では、派手に暴れて良い場所に待機させんだ」


「なるほど…………あっ」


 レニーの居場所を追いかけていたテオは気がついた。レニーが進んでいる方向には、大きな道があるのだ。


呪魔(テルメア)は、おそらくこの先の大通りに向かっています!」


「よしきた。それなら、先回りするぞ」


「ハルクさん、僕に考えが」


 その考えをどう説明しようか、テオは言葉に迷った。

 だが、テオが全てを言うより早く、ハルクが「いいぜ」と背中を押す。


「下は俺が、上はカルラがフォローする。思いきりやってみな」


「ありがとうございます!」


 テオは速度を上げて大通りに繋がる出口側に回り込む。

 呪魔(テルメア)は今、建物の隙間をニュルニュルと這いながら、大通りを目指しているはずだ。


(レニーのおかげで分かる。出てくる場所は、多分ここ)


 建物と建物の隙間の前で、テオは待ち構えた。両手を使えるように、盾と剣は消しておく。

 あとは声だ。初めて挑むことは、声を出した方が良い。


「『呪装顕現──騎士のマントは、弱き者を守るために』」


 いつもは服の上に現れるマントを手の中に顕現。それも、通路を塞ぐぐらい大きくだ。

 そうして広げた赤黒いマントを、素早く建物の出っ張りに結びつける。

 この布で、呪魔(テルメア)の出口を塞ぐのだ。

 呪魔(テルメア)が再生した尾刺棘(ブラッド・テール)を突き刺したが、テオのマントを貫通することはできない。

 勢いよく体当たりをすれば、布を剥ぐことはできるだろう。ただ、数秒は布が絡まるから、その隙にテオ達が一斉攻撃できる。

 呪魔(テルメア)がそこまで考えたかは分からないが、罠だと思ったのか進路を変える。

 テオはすぐさま顕現したマントを消して、屋根の上から呪魔(テルメア)を追った。

 ハルクが並走しながら言う。


「色々使えそうだな、あのカーテン……いや、テーブルクロスか?」


「マントです! 騎士のマント!」


「ヘイ、テオ坊。剣、盾、拍車は分かるが、騎士にマントは必要か?」


「必要です! 絶対!」


 テオが好きな物語の中で、騎士のマントは様々な形で役に立つのだ。

 ヒロインにかけてあげたり、物を包んで運んだり、時に敵への目眩しにしたりもする。

 そんな騎士物語に対する憧れが顕現したのが、このマントなのだ。

 小鼻を膨らませて力説するテオに、ハルクが白い歯を見せて笑った。


「呪装顕現は使い手次第で進化する。できそうだと思ったことは、どんどん試してみろ」


「はい!」


 ハルクは呪装顕現をできないが、灰色騎士団ではカルラに次ぐ最年長だ。

 灰色騎士の戦い方を知る人が、テオの挑戦を見守り、アドバイスをしてくれるというのがありがたい。

 テオは「はい!」と力強く返事をした。

 そこにカルラが屋根の高さで飛行しながら、二人に告げる。


「……この先、ロゼがいるところ」


「追い込み完了だ。あとは、チェリービューティーの仕事だな」


 屋根の上を走り、テオは目を凝らす。

 前方、建物が途切れた先のひらけた場所には、ピンクがかった髪の女が一人佇んでいた。

 ダラリと背中を丸めた姿勢で、その手に、身の丈を超える巨大な戦斧を握りしめて。



 * * *



 郊外の空き地で待機していたロゼは、「ロゼ!」と己の名を呼ぶ声を聞き、俯いていた頭を持ち上げる。いかにも頭が重いと言わんばかりに、ゆったりとした動作で。

 そうして見上げた夜空にカルラの姿を見つけ、ロゼは戦斧を握り直した。

 戦斧は呪装顕現で作り出した物ではない。赫鋼(かくこう)で作った特注の戦斧だ。

 ロゼは顕現の才能がなく、呪いの力は全て身体能力強化に割り振られているので、こうして武器を持参している。


「……来たか」


 建物の隙間から、赤黒い塊が勢いよく飛び出してきた。

 塊はドゥルン、ブルン、と揺れていたかと思いきや、たちまち巨大な蜘蛛となる。

 ロゼは思わず微笑んだ。敵はデカいほどいい。それだけたくさん楽しめる。


(さぁ、踊ろう。シャルル)


 胸の内では甘やかな声で呟くも、その口から漏れるのは獣じみた唸り声。


「ぁあああああああっ!!」


 ロゼは吠えながら駆ける。

 呪魔(テルメア)尾刺棘(ブラッド・テール)を飛ばしてきた。それを紙一重で回避し、ロゼは斧を振り下ろす。

 蜘蛛に似た呪魔(テルメア)は、体の表面を覆う甲殻でそれを受けた。

 甲殻持ちは厄介だ。強化された灰色騎士の攻撃ですら弾き返す。

 だが、ロゼには関係ない。

 病的に痩せた腕が振り下ろした戦斧は、甲殻ごと呪魔(テルメア)を両断した。

 地面に落ちた部位の小さい方が硬化を始める。だが、残りの半分以上はまだまだ元気だ。呪魔(テルメア)は体積を半分以下にしないと死なない。


「らぁあああ!」


 戦斧を振り回す度に、ブゥンブゥンと風を切る音がする。その音の合間にロゼは幻聴を聞いた。


尾刺棘(ブラッド・テール)に気をつけて。甲殻持ちの中には、甲殻の表面から尾刺棘(ブラッド・テール)を飛ばしてくる奴もいるからね』


 青年の柔らかな声がロゼに注意を促す。


(うん、シャルル。気をつけるよ)


 胸の内は恍惚と、浮かべる表情は凶悪に、ロゼは笑った。


「ッフ、ハハハ! アハハハハハ!」


 シャルルの忠告通り、甲殻の表面がボコボコと膨らみ、そこから尾刺棘(ブラッド・テール)が生えてロゼを狙う。ロゼを首を捻ってそれをかわし、尾刺棘(ブラッド・テール)を戦斧を持つのと反対の左手で握りしめた。


「ぉぉおおおらぁぁああああ!」


 熊のように吠え、ロゼは呪魔(テルメア)の巨体を片手でぶんぶんと振り回す。

 多少切り落としたとはいえ、まだそれなりに質量はある。それをロゼは、利き手とは逆の手で振り回し、地面に叩きつけた。


「ふんっ!」


 ロゼは何度も何度も繰り返す、呪魔(テルメア)を振り上げては叩きつけ、振り上げては叩きつける。

 それは戦士や騎士の戦い方ではない。ただ暴れたいから暴れるだけの戦い方は、どこか子どもの癇癪じみていた。


「簡単に死ぬなよクソ呪魔(テルメア)、もっと頑張れよ、でないとシャルルの声が聞こえないだろ」


 衝撃は呪魔(テルメア)を殺すには至らないが、動きを数秒止めることはできる。

 ロゼは両手で戦斧を振り上げ、呪魔(テルメア)の体にザクザクと振り下ろした。

 理性と正気を失くした顔で、けたたましく笑いながら。


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