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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
四章 暗躍の夜
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【7】あなたの声が聞こえない

 一度屋根から降りたテオは、呪装顕現を解除すると、煤と埃まみれになったレニーを回収した。その頃には既に、呪魔(テルメア)はロゼの手で残骸と化している。

 惨状に絶句するテオの隣に、カルラが着地した。少し遅れてハルクも屋根から飛び降りる。

 テオは震える声で訊ねた。


「ロゼさんって……いつも、あんな感じですか?」


「ううん」


 カルラが首を横に振り、ポツリと付け足す。


「敵が少ないから、今日は控えめ」


 ハルクが「だな」と頷いた。

 戦斧を振り下ろすロゼの足下には、呪魔(テルメア)の残骸が散らばっている。そのどれもが硬化しており、既に呪魔(テルメア)が息絶えたのは明らかだ。

 それなのに、ロゼは戦斧を振るうのをやめない。硬化した残骸を戦斧で砕き続けている。

 ハルクが腕組みをし、鼻から息を吐いた。


「呪いの力に頼って戦い続けていると、精神汚染が起こるだろ? 幻覚見たり、意識が混濁したり」


「……はい」


 レジルナの任務で、テオは呪装顕現の限界を超え、自分が何者か分からなくなってしまった。あれも精神汚染の一種なのだろう。


「チェリービューティーは精神汚染で幻覚を見たいから、すぐ戦場に飛び込むんだ。そのせいで、西の最果て(ウェスト・エンド) の戦線でボロボロになっちまってな。一旦引っ込ませて、燃え滓邸(シンダー・ハウス)で療養させてたんだよ」


 テオやハルクの力でも砕くことができなかった呪魔(テルメア)の甲殻を、ロゼは軽々と打ち砕くことができる。

 その怪力は、呪魔(テルメア)との戦闘における強みだ。小柄なテオやカルラだと、呪魔(テルメア)の胴体が太い場合、切断が難しく、端から少しずつ削らねばならない。

 だがロゼなら、呪魔(テルメア)が巨体でも一刀両断にできるのだ。

 それは、すごい。すごいのだが……。


呪魔(テルメア)を振り回す必要はなかったのでは……?」


「精神汚染するぐらい力を使いたいんだろ」


 だから、呪魔(テルメア)を倒した今も、ロゼは暴れ続けているのだ。

 これ以上、ロゼに力を使わせてはいけない。テオはブーツ以外の武装を解除し、屋根を飛び降りて、ロゼに駆け寄る。


「ロゼさん、もうやめましょう! 勝負はつきました!」


「…………アァ?」


 バサバサに乱れたピンクがかった髪の中、ドロリと淀んだ目がテオを見る。


「それ以上、力を使うのは体に悪いです。休みましょう」


 ロゼはテオの方を向いたが、戦斧を振り下ろすのはやめない。

 硬化呪魔(テルメア)が次々と砕けて、辺りに飛び散る。


「だって、頭がブッ壊れてないと……」


 呪魔(テルメア)を砕く音の合間に、小さな呟きが聞こえた。


「シャルルの声が、聞こえない……」


 シャルル。知らない人だ──否。どこかで見ている。


(そうだ。モラン夫人のレシピノート……!)


 歴代の灰色騎士の好物を記録したノート。そこでテオはシャルルという名前を見ていた。

 おそらくシャルルという人物は、かつて燃え滓邸(シンダー・ハウス)にいた灰色騎士なのだ。


(アーチボルド管理官は、呪いから解放された灰色騎士は一人もいない、と断言していた……つまり、シャルルさんという人は……)


 故人で、そして、ロゼにとって大切な人だったのだろう。

 だからロゼは呪いの力に身を委ね、精神汚染の幻覚でシャルルの幻を見ようとしているのだ。


「ロゼさん、まだ任務は終わってないです。呪魔(テルメア)はもう一体いるんですよ!」


 戦斧を振り下ろすロゼの手が止まる。

 その時、南の方角から「おーい!」と聞き覚えのある声がした。カルラでもハルクでもない。

 巻きスカートを脱いだ足を赤黒い獣の毛皮で覆い、屋根の上をピョンピョン飛び移っているのは、ベリルだ。その背中には、厳つい片眼鏡に白衣の女──ガートルードを背負っている。

 それに気づいたカルラとハルクも、こちらに向かってきた。

 ベリルはテオの前に身軽に飛び降りると、辺りを見回し、目を丸くする。


「わーお、すごい惨状。ロゼ、随分暴れたなー……で、これってどっち?」


 逃亡した呪魔(テルメア)は二体。元々研究所が捕獲していた呪魔(テルメア)Aと、カルラの肉体に呪いを植えつけることで生まれた呪魔(テルメア)B。

 この残骸はどちらのものかと訊ねるベリルに、ハルクが答えた。


「おそらく呪魔(テルメア)Aだ。元から研究所にいたやつだな」


「そっかそっかー……となると、向こう(、、、)が超再生の呪魔(テルメア)Bか……うーん、やばそ」


 ベリルが眉根を寄せて、ブツブツ呟いている。

 その口調が、何やらわけ有りそうだったので、テオは訊ねた。


「ベリルさん、もう一体の呪魔(テルメア)の居場所が分かったんですか?」


「それについては、私から説明しよう」


 そう言って自称呪魔(テルメア)博士のガートルードが、ベリルの背中から降りる。

 ガートルードはアドコック研究所で呪魔(テルメア)が逃げた経緯を調べていたはずだ。その彼女がどうして、ここにいるのだろう。何だかとても嫌な予感がする。


「研究所を調べた私が、燃え滓邸(シンダー・ハウス)に戻ったタイミングで、リチャード王太子殿下の遣いが来てねぇ……ティンバーガム小宮殿が呪魔(テルメア)に襲撃されたそうだ」


 想像以上に悪い事態に、テオは絶句した。

 ティンバーガム小宮殿は、首都(グランリウム) のやや東に位置する小さな宮殿だ。

 政治の場から離れた、王族にとっての療養施設のようなもので、現在は病身の第二王子ジェームズが療養のため滞在しているという。

 テオは震える声で言った。


「まさか、そこに呪魔(テルメア)Bが……」


「更に悪いことに、ティンバーガム小宮殿は、レイエル聖区から比較的近くてねぇ」


 レイエル聖区、すなわち教皇庁と聖騎士団本部である。

 テオは思い浮かんだ最悪の予想を口にした。


「まさか、小宮殿奪還のため、既に聖騎士団が動いている……?」


「その通り。我々はこれから、聖騎士と協力する振りをしつつ、彼らを出し抜き、呪魔(テルメア)を討つか、捕獲しなくてはならないんだ。難儀だねぇ」


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