【5】ホワイトパフ(有能毛玉)
頭上から襲いかかってきた尾刺棘を、テオは顕現した盾で防いだ。
赤黒い呪いを固めた盾は、木の盾より頑丈で鉄の盾より軽い──その軽さのおかげで、取り回しが良いのだが、重さが必要な時に不利になる。テオは小柄で軽いから、敵が勢いよく突進してくると、弾き飛ばされてしまうのだ。
案の定、後ろに押されたテオは、盾を維持したまま、即座に剣とブーツを顕現した。
ブーツでしっかりと地面を踏みしめ、跳躍。夜の闇に紛れて襲いかかってくる呪魔に、剣を振るう。
だが、テオの剣が届く直前、呪魔は壁を足場に、屋根の高さまで飛び上がった。
月明かりを背に浮かび上がったシルエットは、見たままに言うと、雄牛一頭分はある赤黒い肉塊に、ごつごつした甲殻と蜘蛛の足をくっつけたものだ。
上空から、カルラが舞い降りてきた。白髪を今日は二つ結びにし、目元は仮面で覆っている。
彼女は背中の羽で下降しつつ、赤黒い大鎌で呪魔の足を狙った。
カルラは機動力が高いが腕力はそれほど高くない。故に、太い胴体等は一撃では切断できないのだ。故に、敵の機動力を削ぐため足を狙ったのだろう。
だが、呪魔はブヨブヨした体を揺らして、胴体を覆う甲殻でカルラの大鎌を受ける。
キィンと硬質な音がして、カルラの大鎌が弾かれた。
(あの呪魔、甲殻持ちか……!)
呪魔の体は本来、硬い物ではないが、たまに甲殻類を取り込んで硬い甲殻を作り出すことがあるという。
研究所から逃げ出した呪魔は二体。
元々捕えていた呪魔Aは甲殻持ち。
カルラの体に呪いを植え付けた呪魔Bは超再生能力持ち。
つまり、これは呪魔Aの方だろう。
「やあっ!」
テオは跳躍し、呪魔に切り掛かる。
胴体を狙ったが、硬い甲殻に阻まれた。テオの斬撃でも通用しないのだ。硬い物を殴った手首がビリビリする。
(鉄の塊を叩いたみたいだ……!)
呪装顕現中、テオの身体能力は強化される。それこそ、以前戦った呪魔は簡単に切り裂くことができたのだ。
相手が甲殻持ちでも、多少は削れるのではないか、と思っていたが甘かった。
(だったら、甲殻の隙間を狙うしかない……)
テオは壁を足場に跳躍しながら、カルラは羽で飛行しながら、呪魔の関節部分を狙った。
ところが呪魔は、ブヨブヨした巨体の癖に異様に素早いのだ。
蜘蛛の足が壁や屋根をカサカサと伝い歩き、時に身軽に跳躍する。
地上では、ヒューゴがセシリーとリリーを逃がそうとしていた。ただ、細い道の出口のあたりの壁を呪魔が這い回っている。反対側は行き止まりなのだ。そのせいで、なかなか逃げられない。
ここは、カルラと二人がかりで仕留めなくては──そう思った時、呪魔の体から長い尾が飛び出した。
尾刺棘の鋭い先端が狙うのは、テオやカルラではなく、地上にいるヒューゴ達だ。
(駄目だ! 守らないと!)
テオは壁を蹴って地上に向かい跳んだ。苦しい体勢でそれでもなんとか盾を突き出す。
正面から尾刺棘の突きがくる、と思っていたが、テオの予想は外れた。
呪魔は尾刺棘を鞭のようにしならせ、テオの胴体を横から叩いたのだ。
「ガッ、フグゥッ……!?」
テオは盾を握ったまま、ゴロゴロと地面を転がった。
(いけない、ヒューゴ達が無防備になる……っ)
急いで立ち上がり、守りに入らなくては。
だが、テオが立ち上がったのとほぼ同じタイミングで、尾刺棘がヒューゴを狙った。
間に合わない、と思った瞬間、情報屋の扉が開いてハルクが飛び出す。
ハルクは腰の剣を一振りし、尾刺棘を切り落とした。
一撃が重く、速い。呪装顕現で武具を作り出せずとも、純粋な身体強化だけでハルクは充分強かった。
呪魔は壁に跳び移る。上はカルラ、下はテオとハルクが塞いだ形だ。カルラの攻撃では致命傷を与えるのは難しいが、足止めなら可能。
その間にハルクとテオが同時に攻撃を仕掛ければ、討ち取れる。
そう思った瞬間、呪魔は──その体をグニャリと歪め、建物と建物の隙間に入り込んだ。
牛一頭分ほどの巨体が、ぶるんぶるんと震えながら、凄まじい速さで細い隙間に潜り込んでいく光景は、悍ましいの一言に尽きる。
ハルクが咄嗟に剣を振るったが、その切っ先は呪魔の先っぽを切り捨てただけだった。体積の半分には程遠い。
ハルクが、屋根の上のカルラを見上げて叫ぶ。
「カルラは上から追跡してくれ! テオ坊、ここ通れるか?」
「やってみます! ふんっ!」
呪魔が飛び込んでいった隙間にテオは頭を突っ込んだ。ギリギリ頭は通る……が小柄なテオでも肩が突っかかる。
横歩きになればいけるかもしれないが、それでは呪魔に攻撃されたら反撃できない。
テオがどうにか隙間から入り込めないか、と試していると、ポケットからコロリと白い毛玉が転がり落ちた。レニーだ。
「めうっ」
毛玉は勇ましく一鳴きし、短い足をトコトコ動かして隙間に飛び込む。手のひらサイズの毛玉なので、余裕はたっぷりあった。
途中から歩くのが面倒くさくなったのか、コロコロと転がって呪魔を追いかける。
ハルクが感心したように呟いた。
「優秀な使役体だ。テオ坊、ホワイトパフの位置を追いかけてみろ」
「えっ?」
「体を限界まで伸ばした時の末端の感覚。それを更に延長するイメージだ」
半信半疑のまま、テオは剣を握る右手を限界まで前方に伸ばしてみた。その腕を更に遠くまで伸ばしていくイメージ。そうして伸ばした拳の先端に、触れるものがある。
(いた、レニーだ)
この先にレニーがいる。その位置が、距離が曖昧ながら伝わってくる。
「できたな?」
ハルクの問いかけに、テオは頷く。
「上はカルラに任せて、俺達は下から追いかける。ヒューゴはそこのお嬢ちゃん達を家までエスコートだ」
「うす」
ヒューゴが頷いたのを確認し、ハルクは「行くぞ」とテオを促す。
テオはレニーの位置を追いかけながら、走り出した。
(レニー、無茶はしないでくれよ……!)
* * *
カルラが空から、テオとハルクが地上から、呪魔を追いかける。
後に残されたヒューゴは、面倒臭い役割を押し付けられたもんだと頭をかいた。
〈創造〉の聖女の妹セシリーと、歌姫リリー。よく似た顔の二人は、強張った顔でヒューゴを見ている。
特に、リリーは一般人なのだ。灰色騎士の異形の力など、今まで見たことがなかったのだろう。一般人にしてみれば、呪魔も灰色騎士も、どちらも脅威だ。
赤黒い剣と盾を顕現したテオ、羽と大鎌で戦うカルラは衝撃だったに違いない。
説明も言い訳も面倒くせぇ〜……と内心唸りつつ、ヒューゴは言った。
「今見たこと、人に喋んなよ。そっちだって、歌姫リリーの正体、言いふらされたら困るんだろ?」
リリーがムッと眉を吊り上げる。それを宥めるように、セシリーがリリーの肩を叩いて、前に進み出た。
「……分かってるわ。今夜のことは誰にも言わない。だから、貴方も言わないで」
「交渉成立だな」
ハルクとカルラは、歌姫リリーの正体には気づいていないだろう。テオもわざわざ言いふらしたりはしないだろうし、ヒューゴが口をつぐむだけでいい。
あとはこの二人を安全な場所まで送り届ければ、ヒューゴの仕事は完了だ。テオ達がなんとかするまで、安全な場所に隠れていればいい。
そこまで考えて、ヒューゴはボソリと付け足す。
「お前らさぁ……」
セシリーとリリーがそれぞれ、「何?」「何よ」と言葉を返す。
ヒューゴは素っ気ない口調で言った。
「テオのこと忘れんなよ。お前らを庇った、剣と盾持ってた奴。金髪三つ編みのチビ」
セシリーもリリーも、何故そんなことを言うのか分からない、という顔をしている。
ヒューゴだって不思議だ。
(なんで俺、わざわざこんなこと言ってんだろ)
自分でも理由は分からない。
何の得にもならないのに、ヒューゴの口は勝手に動いてしまうのだ。
「お前が攫われた時、助ける役目は他の連中に押し付けたって良かったんだ。でも、テオの奴、躊躇わずに『助けよう』って言ったんだぜ」
耳の良いヒューゴは、すぐに歌姫リリー、もといセシリーを攫った連中の位置を把握できた。あとはそのまま、周りの大人に助ける役目を押し付けたって良かったのだ。
だけど、テオがあんまり迷いなく「助けよう」などと言うから、つい付き合ってしまった。
「あいつ、忘却の呪い持ちなんだ。一般人のお前らは、そのうちテオのことを忘れる」
きっと忘却の呪いなんて言われても、一般人のリリーにはピンとこないだろう。
ただ、セシリーは強張った顔をしている。おそらく彼女は既にテオの顔を忘れつつあるのだ。
(まぁ、テオのことを忘れても、一緒にいた俺のことは覚えるだろ)
ヒューゴの憎まれ面を思い出したら、そのついでにテオのことも思い出せば良い。
小さな体で盾を構えて、少女達を守った騎士のことを。
「このヒューゴ様のついでで良いから、覚えとけよ。お前らを助けた、金髪チビのことを」




