【1】つまりは身内の後始末
レイエル聖区に出向いていたテオとヒューゴ、そして引率のアーチボルトが燃え滓邸に戻り、司令室に帰還報告をしに行くと、団長のJJは深刻な空気を纏い、膝にレニーを乗せて、その毛並みを撫でていた。
深刻な空気も、被った紙袋と白い毛玉のせいでまぁまぁ台無しである。
JJの背後には褐色の肌にスキンヘッドの大男──灰色騎士ハルクが控えている。テオ達が帰還したばかりだというのに、これから任務の説明が始まるかのような空気だ。
アーチボルドがハルクを一瞥し、JJに帰還報告をした。
「灰色騎士管理官アーチボルド、及び灰色騎士ヒューゴ、テオの二名、ただいま帰還しました」
アーチボルドが硬い声で告げると、紙袋の中から「おかえりぃ……」と死にそうな声が聞こえた。
レニーはJJの膝からコロリと転がり落ちて、そのままテオの足下まで転がってくる。
「めふっ」
「ただいま、レニー」
テオは白い毛玉を拾い上げ、上着のポケットに収納した。
これから真面目な話が始まると思ったからだ。
(僕達の留守中に、何かあったのかな?)
実のところテオは、燃え滓邸に戻った時から違和感を覚えていた。まだ夕方だというのに、他の灰色騎士の姿を見かけなかったからである。
項垂れていた紙袋がゆっくりと持ち上がって、テオ達を見た。
「えー、帰還して早々に悪いんだけど、ちょっとすごく大変なことになっちゃって……早速ですが、お仕事です」
怠け者のヒューゴがすかさず反発した。
「ハァ〜? 俺達、レイエル聖区で揉まれてきてぇ? めっちゃくちゃ疲れてんのにぃ?」
「うん、ゴメンネー。場所が市街地だから、ことによってはヒューゴの歌も必要になるかも……」
JJの言葉に、テオはギョッとした。
「市街地に呪魔が出たのですか!?」
流石のヒューゴやアーチボルドも顔色が変わった。
呪魔達は基本的に、海の生き物か空の生き物を取り込み、空と海から侵略してくる。
大陸周辺には生き物を惑わす〈忘却の海〉があり、大陸に辿り着くのは困難。だが、偶然にもそれを越えてきた呪魔が、大陸西の西の最果て に辿り着くのだ。
そして、それを聖騎士や西方海軍が駆逐している。
ただ、それでも駆逐漏れはあるし、潮や風の流れ次第では、稀に北か南から入り込んでしまう呪魔もいるのだ。
呪魔は人間に尾刺棘で呪いを植え付けて増殖する。
人の多い市街地に現れれば、被害が甚大になるのは言うまでもない。
「それがね……この間、レジルナの任務でさー……カルラが首を切断して、不要になった胴体、回収したでしょ?」
テオはショッキングでセンシティブな光景を思い出し、渋面で頷く。
不老不死の呪いを抱えるカルラは、体の一部を失っても再生できる。
その際、不要になった体の一部をカルラは「人体実験にでも使ってもらえばいい」などと言っていたが、どうやら実際に彼女の体はアドコック研究所という施設に送られ、歩く呪いの研究に使われているらしい。
JJはしばし言い淀み、言葉を続けた。
「アドコック研究所は、不要になったカルラの胴体に呪魔の呪いを植えつける実験してたんだって……で、最初に捕獲した呪魔がAで、カルラの胴体に呪い植え付けて呪魔化したやつを呪魔Bとします──はい、このAとBが逃げました」
言葉の意味を理解するのに、テオは少しばかり時間を要した。
(カルラの胴体に、呪魔の呪いを植え付ける実験……?)
意味を理解した瞬間、全身の血がカッと頭に上った。
「そんなこと、許されて良いのですかッ!!」
眉を吊り上げて怒鳴るテオの顔面を、アーチボルドの手のひらが押さえ込む。
「上司の話を遮るな」
「ですがっ、そんな非人道的な行い、許されて良いはずがありませんッ!」
「カルラの了承は得ている」
淡々と答えるアーチボルドに、テオは全身を戦慄かせ、唇を噛み締めた。頭が軋むほどの怒りに全身の血が沸騰しそうだ。
たとえ本人の了承を得ていたとしても、そんな実験が許されて良いのだろうか。
確かに、カルラは歩く呪いでかつ不老不死という貴重な存在だ。その肉体ともなれば、様々な実験で重宝されるだろう。
──と、そこまで考え、テオは自称呪魔博士ガートルードの本の内容を思い出す。
「……待ってください。呪魔は、生きた人間しか苗床にできないはずでは?」
呪魔が増殖のために苗床とするのは、あくまで生きた人間のみ。
だから、呪いを植え付けられた呪い憑きを救えぬ時は、殺害することで呪魔化を防ぐのだ。
だが、研究所の呪魔は、カルラの胴体を苗床に、新たな呪魔を増やしたという。
テオをはじめ、この場にいる誰もが、同じ疑問を抱いた。
──不老不死の人間から切り離された肉体は、死体か否か?
JJが紙袋をガサリと揺らして、ため息をついた。
「不老不死の呪いなわけだし、カルラの肉体が特別だったのかもねぇ……そもそもこの実験、呪魔から呪いの成分抽出して、カルラの胴体に注入ってやり方だったらしくて」
過去にカルラが切断した体に、呪魔が呪いを植え付けたことはなかった。
呪魔にしてみれば、首のない胴体は死体という認識だ。わざわざ苗床にしようとは考えない。
その上で、アドコック研究所は呪魔から呪いの成分を取り出し、カルラの胴体に注入した。
これは、既に呪いに蝕まれた歩く呪いの体に呪いを注入した場合、どのように呪魔化が進行するのかを調べる実験だったらしい。
その結果、カルラの胴体は呪魔化してしまったわけだ。
「この研究ってのが、教皇庁には秘密のやつなのよ」
JJの言葉に、ヒューゴが「うっわ……」と顔をしかめる。
テオも同じ気持ちで訊ねた。
「……聖騎士団の応援は望めない、ということでしょうか?」
「更に最悪なことにね、呪魔Bはカルラの不老不死の特性を取り込んだらしくて、再生能力が高いらしいんだわ」
「まさか、その呪魔も不老不死なんですか!?」
「じゃあ、殺すの無理じゃん! どうしろっつーんだよ!?」
声を揃えて叫ぶテオとヒューゴに、JJは両手を胸の高さに持ち上げ「まぁまぁ、落ち着いて」のジェスチャーをする。
「流石に、カルラが切り捨てた体じゃ、不老不死ってほど強力ではないらしくってね……せいぜい、再生能力が超超超強いぐらい?」
それでも充分最悪である。
ヒューゴが「ちくしょう、働きたくねぇ……!」とぼやいた。
いつもならヒューゴの怠惰を叱るテオだが、今はこんな事態を招いた人間の方が腹立たしい。
黙り込む若者二人を交互に見つめ、JJは申し訳なさそうに言った。
「……で、その超超超再生する呪魔を見た聖騎士が、『これって、カルラの体使ってんじゃない〜?』って研究内容に勘付いたら、まずいでしょ」
教皇庁ならびに聖騎士団は、呪魔を滅ぼすことが使命だ。
故に、呪魔を生け取りにしているアドコック研究所に対し、教皇庁は以前から批判的だったらしい。
しかも、アドコック研究所側は、今までその研究内容はほぼ秘匿していたのだ。
「……だから聖騎士より先に、その超超超再生する呪魔を倒して、できれば回収して欲しいんだって」
不老不死の歩く呪いの胴体を実験材料にしていた上に、それが呪魔化して脱走という事実が公になれば、教皇庁はここぞとばかりに、アドコック研究所を擁する国王やリチャード王太子を批判するだろう。
つまりこれは、権力闘争でもあるのだ。
テオを取り巻く環境は、国王派と教皇派にざっくり二分するとこうなる。
【国王派】
リチャード王太子、中央 軍、アドコック研究所、近衛歩兵連隊、灰色騎士団。
【教皇派】
レイエル聖区、教皇庁、聖騎士団。
そして今回の騒動は、アドコック研究所の不始末を、同じ国王派の灰色騎士が尻拭いする羽目になった……ということだ。
事情が事情なだけに公にはできず、大勢の兵を動かせない。呪魔との戦闘に長けている少数精鋭が適任──となると、灰色騎士を投入するのは妥当ではあった。
JJは、首都 北東にあるボルドワ区の地図を広げて命じた。
「現在、アドコック研究所付近のボルドワ区に他の灰色騎士が先行している。ベリル、カルラ、ロゼはボルドワ区内の捜索を。ガートルードはアドコック研究所で呪魔が逃走した経緯を調べている。テオとヒューゴは、ハルクと共にボルドワ区内の捜索に加わってくれ」
うへぇ、と呻くヒューゴの横で、テオは「了解!」と敬礼する。
ついでにポケットの中で、レニーも「めふっ」と声を上げた。




