【おまけ】新しいものは天使様のお恵み
「オズさん。俺は今、とても落ち込んでいるんです」
そう言って、アレン・ローレンスはローストポークをムッシャムッシャと齧った。
聖騎士団伝統のローストポークは、しっとり柔らかいけれども肉の繊維がギュッと詰まっていて、噛むほど肉の旨みを存分に味わえる逸品である。たっぷり添えられたマスタードソースがまた、肉によく合う。
アレンは柔らかい肉より、これぐらい食べ応えのある肉の方が好きだ。
自分の皿を空にしたアレンは、隣に座るオズワルドの皿を見た。まだ、アレンの半分も食べていない。
慎重なオズワルドはソースが服に跳ねないよう気をつかうから、食べ終えるのが遅いのだ。
「そういうわけなので、弟に叱られた可哀想な俺に、食べ物を恵んでください」
「断る」
「じゃあ、オズさんが残してるトマトでいいですから」
「…………」
オズワルドが駄目だと言わなかったので、アレンはトマトをヒョイパク、ヒョイパクと勝手につまんだ。
嫌いなトマトを食べてやったのだから、感謝してくれても良いところだが、オズワルドはじとりとした目でアレンを見ている。
「……お前は、言うほど落ち込んではいないだろう」
「まぁ、兄弟喧嘩なんてしょっちゅうでしたし」
マイペースなアレンと、何事もきっちりやりたがるせっかちなテオはすぐ口喧嘩になるし、取っ組み合いになることもしばしばだった。
「大体、口喧嘩はテオが、取っ組み合いは俺が勝ちます」
口喧嘩は頭を使うので腹が減るのだ。だったら、取っ組み合いで速攻決着をつけて黙らせた方が腹が減らない。
そういった事情で、アレンはテオと口喧嘩になったら早々に白旗を上げていた。弟に勝利を譲る兄の鑑である。
「大人気ないと思わないのか……」
オズワルドは呆れているが、アレンはテオと喧嘩して仲直りができることに安心している。
テオは拾われ子だから、ずっとローレンス家に遠慮をしていた。
自分がやりたいことを言わないし、何かしてもらうだけで申し訳なさそうにする。
それが今ではすっかり遠慮がなくなり、「アレンが僕以外に負けるなんて許さない!」などと言いたい放題だ。嬉しい限りである。
「テオは怒りが長続きしないから大丈夫ですよ。今回は、〈創造〉の聖女様の口添えもありましたし」
キース少年のせいで、危うく色欲魔扱いされかけたアレンだったが、〈創造〉の聖女シェリルが取りなしてくれたおかげで、それ以上は追及されずに済んだ。
テオは同行した管理官に叱られ、アレンを責めるどころではなかったし、次に会う時にはケロリとしているだろう。
最後のトマトを平らげたアレンは、ふと思い出した。
「そういえば、テオも昔はトマト嫌いだったんですよね。最初に出した時は、『これは本当に食べ物なのか?』って。今では克服しましたけど、加熱した方が好きだって言ってました」
「俺は、中心のドゥルンとした部分が受け付けない。皮を齧った時に、中から青臭い汁が出てくるのが本当に苦手なんだ」
「『新しいものは天使様のお恵み』──でしょう?」
「……むぅ」
ある日、突然見つかった植物で食用に適した物を、羽十字教では天使が人間に施したものであると考える。トマト、芋、トウモロコシなどがそれだ。
アレンの母オリビアは敬虔な羽十字教徒なので、こういった食べ物を口にする時は、天使様に感謝しなさい、とよく言われたものだ。
「こんな美味しい物を施してくれるなら、俺はいくらでも天使様に感謝しますよ」
「良いことを言う!」
その声はテーブルを挟んだ向かい側から響いた。
佇んでいるのは明るい金髪を短くした二十代後半の男だ。その横には、強面に眼鏡をかけた、四十代の赤毛の男もいる。
金髪の若い男は、手にした大皿をアレンの前に置いた。ポテトグラタンだ。
「俺の奢りだ。食べてくれ!」
どこの誰かは知らないが、アレンは貰える食べ物は貰っておく主義である。
「いただきます」
アレンがフォークを手に取ると、金髪の男は「待て」と真剣な顔でスプーンを差し出した。
「グラタンはスプーンで食べるか、フォークで食べるか。各家庭によって意見が分かれるところだろう。だが、この聖騎士団の食堂のグラタンは、日によってはとろみが少なく、シャバシャバしていることがある……故にスプーンが最適解だ!」
「はぁ」
「特に熱々であるほど、ソースはサラサラになる! もちろん冷めて粘度が増しても美味いんだが、是非君には熱々を食べてほしい! 熱々のソースと芋のホクホクが最高だぞ!」
「いただきます」
美味しそうな食事を前に、他人の長話は聞きたくないものである。
アレンはフォークをスプーンに持ち替え、ポテトグラタンを頬張った。なるほど熱々だ。
こんがり焼けたチーズ、トロリと濃厚なソース、ホクホクした芋。これらが一度に口の中に入るのが良いのだ。特にグラタンにおいて、こんがりしたチーズの食感は重要である。
アレンがポテトグラタンを食べ進めていると、赤毛の男が無表情に呟いた。
「やはり、若者の食事は芋でカサ増しするのが最善である」
眼鏡の奥の鋭い目が、あっという間になくなっていくグラタンを睨む。
赤毛の男は重々しい口調で断言した。
「これほどカサ増しに適した食材はそうない。即ち、芋で料理のカサ増しをせよとは、神の啓示である」
「流石にそれは違うが、芋が良いものであるのは間違いない。煮て良し、焼いて良し、揚げて良しだ!」
金髪の男は芋の良さを力説すると、アレンを見て爽やかに笑う。白い歯が眩しかった。
「君も芋のように、寒さに負けず、疫病に負けず、多くの人を救える立派なやつに育つんだぞ」
「はぁ、どうも」
それ以上、相槌を打つのが面倒くさかったので、アレンは黙々とポテトグラタンを食べた。
金髪の男と赤毛の男が立ち去った後で、アレンはオズワルドに訊ねる。
「オズさん、さっきの人達、誰です?」
「……やはり、理解していなかったか」
「食堂の偉い人ですかね」
「第二騎士団のルドルフ・マリオット団長、第三騎士団のパーシバル・バーンズ団長だ」
食堂の偉い人ではなく、聖騎士団の偉い人だった。カサ増しの人がマリオット団長、グラタンの人がバーンズ団長らしい。
聖騎士団には、総長の下に五人の騎士団長がいる。アレンが仕える第一騎士団長エルバート・ランドルフもその一人で、先ほどの二人はそれと同じ階級の人間というわけだ。
「団長クラスだと、加護も大きいんでしょうね」
「バーンズ団長は、高位の〈創造〉の加護をお持ちだ」
つまり、あのキース少年の上位互換だ。
あの力は、上手く使えば呪魔殺しに役に立つだろう。例えば呪魔の進行方向に剣を作り出して……というあたりでアレンは考えるのをやめた。
頭を使うことは腹が減るから苦手なのだ。今は熱々のグラタンに集中しよう。
四章から更新頻度が少し落ちます。どうぞゆるっとお付き合いください。
二、三日に一話ペースを目指して頑張ります。




