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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
三章 聖騎士団本部
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【おまけ】新しいものは天使様のお恵み


「オズさん。俺は今、とても落ち込んでいるんです」


 そう言って、アレン・ローレンスはローストポークをムッシャムッシャと齧った。

 聖騎士団伝統のローストポークは、しっとり柔らかいけれども肉の繊維がギュッと詰まっていて、噛むほど肉の旨みを存分に味わえる逸品である。たっぷり添えられたマスタードソースがまた、肉によく合う。

 アレンは柔らかい肉より、これぐらい食べ応えのある肉の方が好きだ。

 自分の皿を空にしたアレンは、隣に座るオズワルドの皿を見た。まだ、アレンの半分も食べていない。

 慎重なオズワルドはソースが服に跳ねないよう気をつかうから、食べ終えるのが遅いのだ。


「そういうわけなので、弟に叱られた可哀想な俺に、食べ物を恵んでください」


「断る」


「じゃあ、オズさんが残してるトマトでいいですから」


「…………」


 オズワルドが駄目だと言わなかったので、アレンはトマトをヒョイパク、ヒョイパクと勝手につまんだ。

 嫌いなトマトを食べてやったのだから、感謝してくれても良いところだが、オズワルドはじとりとした目でアレンを見ている。


「……お前は、言うほど落ち込んではいないだろう」


「まぁ、兄弟喧嘩なんてしょっちゅうでしたし」


 マイペースなアレンと、何事もきっちりやりたがるせっかちなテオはすぐ口喧嘩になるし、取っ組み合いになることもしばしばだった。


「大体、口喧嘩はテオが、取っ組み合いは俺が勝ちます」


 口喧嘩は頭を使うので腹が減るのだ。だったら、取っ組み合いで速攻決着をつけて黙らせた方が腹が減らない。

 そういった事情で、アレンはテオと口喧嘩になったら早々に白旗を上げていた。弟に勝利を譲る兄の鑑である。


「大人気ないと思わないのか……」


 オズワルドは呆れているが、アレンはテオと喧嘩して仲直りができることに安心している。

 テオは拾われ子だから、ずっとローレンス家に遠慮をしていた。

 自分がやりたいことを言わないし、何かしてもらうだけで申し訳なさそうにする。

 それが今ではすっかり遠慮がなくなり、「アレンが僕以外に負けるなんて許さない!」などと言いたい放題だ。嬉しい限りである。


「テオは怒りが長続きしないから大丈夫ですよ。今回は、〈創造〉の聖女様の口添えもありましたし」


 キース少年のせいで、危うく色欲魔扱いされかけたアレンだったが、〈創造〉の聖女シェリルが取りなしてくれたおかげで、それ以上は追及されずに済んだ。

 テオは同行した管理官に叱られ、アレンを責めるどころではなかったし、次に会う時にはケロリとしているだろう。

 最後のトマトを平らげたアレンは、ふと思い出した。


「そういえば、テオも昔はトマト嫌いだったんですよね。最初に出した時は、『これは本当に食べ物なのか?』って。今では克服しましたけど、加熱した方が好きだって言ってました」


「俺は、中心のドゥルンとした部分が受け付けない。皮を齧った時に、中から青臭い汁が出てくるのが本当に苦手なんだ」


「『新しいものは天使様のお恵み』──でしょう?」


「……むぅ」


 ある日、突然見つかった植物で食用に適した物を、羽十字教では天使が人間に施したものであると考える。トマト、芋、トウモロコシなどがそれだ。

 アレンの母オリビアは敬虔な羽十字教徒なので、こういった食べ物を口にする時は、天使様に感謝しなさい、とよく言われたものだ。


「こんな美味しい物を施してくれるなら、俺はいくらでも天使様に感謝しますよ」


「良いことを言う!」


 その声はテーブルを挟んだ向かい側から響いた。

 佇んでいるのは明るい金髪を短くした二十代後半の男だ。その横には、強面に眼鏡をかけた、四十代の赤毛の男もいる。

 金髪の若い男は、手にした大皿をアレンの前に置いた。ポテトグラタンだ。


「俺の奢りだ。食べてくれ!」


 どこの誰かは知らないが、アレンは貰える食べ物は貰っておく主義である。


「いただきます」


 アレンがフォークを手に取ると、金髪の男は「待て」と真剣な顔でスプーンを差し出した。


「グラタンはスプーンで食べるか、フォークで食べるか。各家庭によって意見が分かれるところだろう。だが、この聖騎士団の食堂のグラタンは、日によってはとろみが少なく、シャバシャバしていることがある……故にスプーンが最適解だ!」


「はぁ」


「特に熱々であるほど、ソースはサラサラになる! もちろん冷めて粘度が増しても美味いんだが、是非君には熱々を食べてほしい! 熱々のソースと芋のホクホクが最高だぞ!」


「いただきます」


 美味しそうな食事を前に、他人の長話は聞きたくないものである。

 アレンはフォークをスプーンに持ち替え、ポテトグラタンを頬張った。なるほど熱々だ。

 こんがり焼けたチーズ、トロリと濃厚なソース、ホクホクした芋。これらが一度に口の中に入るのが良いのだ。特にグラタンにおいて、こんがりしたチーズの食感は重要である。

 アレンがポテトグラタンを食べ進めていると、赤毛の男が無表情に呟いた。


「やはり、若者の食事は芋でカサ増しするのが最善である」


 眼鏡の奥の鋭い目が、あっという間になくなっていくグラタンを睨む。

 赤毛の男は重々しい口調で断言した。


「これほどカサ増しに適した食材はそうない。即ち、芋で料理のカサ増しをせよとは、神の啓示である」


「流石にそれは違うが、芋が良いものであるのは間違いない。煮て良し、焼いて良し、揚げて良しだ!」


 金髪の男は芋の良さを力説すると、アレンを見て爽やかに笑う。白い歯が眩しかった。


「君も芋のように、寒さに負けず、疫病に負けず、多くの人を救える立派なやつに育つんだぞ」


「はぁ、どうも」


 それ以上、相槌を打つのが面倒くさかったので、アレンは黙々とポテトグラタンを食べた。

 金髪の男と赤毛の男が立ち去った後で、アレンはオズワルドに訊ねる。


「オズさん、さっきの人達、誰です?」


「……やはり、理解していなかったか」


「食堂の偉い人ですかね」


「第二騎士団のルドルフ・マリオット団長、第三騎士団のパーシバル・バーンズ団長だ」


 食堂の偉い人ではなく、聖騎士団の偉い人だった。カサ増しの人がマリオット団長、グラタンの人がバーンズ団長らしい。

 聖騎士団には、総長の下に五人の騎士団長がいる。アレンが仕える第一騎士団長エルバート・ランドルフもその一人で、先ほどの二人はそれと同じ階級の人間というわけだ。


「団長クラスだと、加護も大きいんでしょうね」


「バーンズ団長は、高位の〈創造〉の加護をお持ちだ」


 つまり、あのキース少年の上位互換だ。

 あの力は、上手く使えば呪魔(テルメア)殺しに役に立つだろう。例えば呪魔(テルメア)の進行方向に剣を作り出して……というあたりでアレンは考えるのをやめた。

 頭を使うことは腹が減るから苦手なのだ。今は熱々のグラタンに集中しよう。


四章から更新頻度が少し落ちます。どうぞゆるっとお付き合いください。

二、三日に一話ペースを目指して頑張ります。

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