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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
四章 暗躍の夜
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【2】不自由な自由の代償


 燃え滓邸(シンダー・ハウス)を夕方出発したテオ、ヒューゴ、ハルクの三人が首都(グランリウム)北ボルドワ区に到着した頃には日が暮れていた。

 ボルドワ区は工場が多い地域で、この時間は仕事を終えた工場の従業員達が酒場(パブ)で一杯ひっかけている。

 そういった賑やかな場所にヒューゴがフラフラと向かっていくのを、ハルクが首根っこを掴んで止めた。


「知ってるか、ヒューゴ。酒は仕事終わりに飲むのが一番美味いんだぜ」


「へ、へへ、冗談っすよハルクの兄貴ぃ……」


 ヒューゴは年上相手には大抵ヘコヘコしている。

 それでいて温和なJJや、テオのような年下相手には態度が大きいのだから、どうしようもない男である。


(何はともあれ、ハルクさんがいるなら、ヒューゴがサボらなくて助かるな)


 ハルクは褐色の肌にスキンヘッドの厳つい大男である。

 だが、普段から規則正しい生活を心がけているし、礼儀正しい。準職員のモラン夫人やノア少年が、重い小麦袋や薪運びに難儀している時、さりげなく手伝ったりもしている。

 ただ、こうして任務で一緒に行動するのは初めてだ。

 外出申請の手続きをする際、ハルクは武器の携帯許可も貰っていた。そのため、腰に剣を吊るしている。


「ハルクさんは、呪装顕現で武器を出さないんですか?」


「あぁ、俺は顕現が苦手なタイプだ。ロゼなんかもそうだな」


 歩く呪い(マッドウォーカー)は己の中にある呪いを力に変えて戦うが、その際、自身の中にある呪いで武器や防具を作りだすことを呪装顕現という。

 テオの剣や盾、カルラの大鎌、ベリルの鉤爪、ヒューゴの聖歌隊衣装などがそれだ。

 ただ、中には呪装顕現はせず、呪いの力が身体強化等、別の力に振られている者もいるらしい。

 テオは呪装顕現しないと身体能力が上がらないが、呪装顕現できないタイプは、また違うらしい。ロゼやハルクの場合、常時、身体能力が強化されているという。


「身体強化だけだと、〈破壊〉の加護持ち(ブレスド)みたいですね」


 テオの言葉に、ハルクは一瞬眉をピクリと動かした。


「……そうかもな」


 応じる声は、どこか抑揚がない。

 羽十字教の人間にとって、加護持ち(ブレスド)であることは非常に喜ばしいことだ。

 身体能力に秀でた人間に「加護持ち(ブレスド)みたいだね」と言うのは、よくある褒め言葉である。


(でも実際は呪われてるわけだし……もしかして、歩く呪い(マッドウォーカー)なのに加護持ち(ブレスド)みたいって、皮肉っぽく聞こえた?)


 失礼なことを言ってしまったかも、とテオは焦ったが、ハルクはすぐにいつもの調子で言った。


「とは言え、俺の力はロゼには劣る。灰色騎士として、俺はそこまで強い方じゃねぇんだ。頼りにしてるぜ、テオ坊、ヒューゴ」


「はいっ! 任せてください!」


「俺は非戦闘員として数えてくれませんかね、ハルクの兄貴。マジで俺、一般人なんでぇ……」


 ブツブツ言っていたヒューゴは、ふと何かを思いついた顔でハルクに訊ねた。


「なぁハルクの兄貴。団長は呪いを知覚するのが得意なんだよな? その能力で呪魔(テルメア)を探したら良いんじゃね?」


 紙袋を被ったオッサンこと、灰色騎士団団長JJは顔の上半分が黒く染まっている歩く呪い(マッドウォーカー)である。そのためか、JJは呪いを知覚する能力に長けている。

 呪魔(テルメア)博士のガートルードが一つの物を深く視るのが得意なら、JJは広範囲を知覚するのが得意なのだ。

 だから、今回のように呪魔(テルメア)を探す任務なら、JJに来てもらった方が良いように思える。

 だが、ハルクは気難しい顔で言った。


「その質問に対する答えはこうだ。『できなくはないけど、できない』」


「謎かけかよ……」


 ボヤくヒューゴに、ハルクは己の首輪(チョーカー)を指先で叩きながら言う。


「団長の呪いを探知する能力は、ある程度距離が近くないと難しい。つまり、外に出ないといけないわけだ。だが、団長は外に出られない。あの人は俺達の首輪の紐を握っているからだ」


 JJは首輪(チョーカー)をつけている灰色騎士の居場所を知覚し、灰色騎士が逃亡を図ったりしたら、首を刎ねることができる。

 即ち、JJは灰色騎士全員の命を握っているのだ。


「分かるか? あの人が外に出ないから、俺達はある程度自由に泳がせてもらえてるんだ」


 ヒューゴが息を呑んだ。

 テオもまた、ハルクの言葉の意味を考え、JJの重責を理解する。

 思えばテオは一度だって、JJが外出したところを見たことがない。

 あの人は、燃え滓邸(シンダー・ハウス)から出られないのだ。その不自由を代償に、灰色騎士達の自由を手に入れた。


「お前らも団長に感謝しとけよ。俺らがこうしてある程度自由に出歩けるのは、あの人がいるおかげだ……前はもっと酷かったんだぜ」


 黙りこんだテオとヒューゴの表情に、ハルクはわざとらしく明るい声を出す。

 辛気臭い話はここまでだとばかりに。


「さて、闇雲に探しても仕方ねぇ。まずは情報屋に行くぞ」


 情報屋! とテオは目を丸くした。以前読んだ本で何度か見かけた言葉だが、実際に見たことはない。

 実在するんだ、情報屋! とソワソワしつつ、テオは訊ねる。


「あの、その情報屋というのは、灰色騎士団専属ということですか?」


「いや、俺個人の伝手だ……が、俺経由で団長が依頼することもある。今回も団長から情報料は預かってるしな」


 そう言って、ハルクは慣れた足取りで路地を進んでいく。

 やがて辿り着いたのは、古びたアパートメントの一階だ。

 ハルクが扉をコココココン、と独特のリズムで叩き、「俺だ」と声をかけると、扉が内側から開いた。

 顔を出したのは褐色の肌の痩せた中年だ。粗末な服を着ており、顔の下半分は髭で覆われている。

 テオはいつもの癖で挨拶をした。


「こんばんは! 灰色騎士のテオと申しま……」


「そっちの二人は駄目だ」


 中年の男が素っ気なく言って、テオとヒューゴをジロリと睨む。

 ハルクがその視線を遮るように、中年男の前に立ち塞がった。


「ガキ二人をこんな路地に残しておきたくねぇなぁ」


「だったら連れてくんな」


「仕事だ。分かるだろ」


「ガキのお守りが?」


「この二人も灰色騎士だ」


 中年の男はハルクの陰から顔をのぞかせ、テオとヒューゴの顔を交互に見た。

 そして、鼻の頭に皺を寄せる。分かりやすく嫌そうな顔だ。


「……断る。特にそっちの金髪チビ。いかにも中央(エリントン) 貴族って面だ」


 テオは絶句した。そんなことを言われたのは初めてだったのだ。

 ハルクは鼻から息を吐くと、テオとヒューゴを見下ろし言った。


「悪いな、テオ坊。ヒューゴと一緒に外で待っててくれ。悪い客引きに絡まれたら、この扉を全力で叩け」


「…………はい。分かりました」


 テオが一歩後ろに下がると、ハルクは扉を潜った。

 扉はすぐに閉じ、鍵のかかる音がやけに大きく響く。

 テオが俯いていると、ヒューゴが意外そうに言った。


「え、なに? お前もしかしてショック受けてんの?」


 正解だ。テオは人に忘れられることには慣れているが、明確に敵意を向けられることに、あまり慣れていない。

 あの情報屋の敵意は、レイエル聖区でキースに向けられた敵意とは少し違うのだ。

 もっと根深い、歴史の積み重ねから来る嫌悪。


「あんなこと言われたの初めてだったんだ……」


 同じようなことを炭鉱街ウォルグで言われたことはない。

 それは忘却の呪いも理由ではあるが、きっと、元聖騎士のダンカン、修道女のオリビア、そしてアレン──ローレンス家の人々のおかげだろう。

 ローレンス家はウォルグの街の人々に信用されていたから。だから、テオのことも受け入れてくれたのだ。

 ヒューゴが声をひそめて言う。


「あの情報屋のオッサン、多分蛮族(ディグ)だぜ」


 蛮族(ディグ)は羽十字教の神とは異なる神を信仰する、褐色の肌の者達だ。主に大陸南方に隠れ住んでおり、侵略者の末裔とも言われている。

 ただ、その信仰内容はあまり知られていない。


「じゃあ、ハルクさんも……?」


「知らね。褐色の肌なら全員蛮族(ディグ)ってわけでもねぇだろ。それに、蛮族(ディグ)は話の通じねぇ野蛮人だぜ。ハルクの兄貴みたいに学があるのは蛮族(ディグ)とは違うだろ。多分」


 ウォルグで鉱夫見習いをしていた頃はあまり目にしなかった現実を、突きつけられた気がする。

 テオは一房だけ伸ばした三つ編みを指先で摘まんだ。


(僕って、中央(エリントン) 貴族に見えるのか……)


 確かに、ウォルグでは金髪に翠眼の人間なんていなかった。

 ただ、あの頃のテオは自分が歩く呪い(マッドウォーカー)だなんて知らなかったから、自分が酷く地味で、人の記憶に残りにくい容姿なのだろうと思い込んでいたのだ。

 テオは自分の出自について、あまり考えない。

 本当の家族について考えることは、ローレンス家の人々に対する裏切りのような気がして後ろめたいのだ。


(どうせ本当の親は、僕が呪われてるから捨てたんだろうし……)


 これ以上考えるのはやめよう、と意識を切り替えたテオの耳に、若い女性の歌声が届いた。


「『ラーララー、ラララー、可愛いって言われたいわ。ねぇ、こっち向いて。今日の私は大陸一番。一番可愛い』」


 明るい曲調でテンポが速い、若者向けの曲だ。

 何よりその歌詞は、清々しいほど自己愛に満ちている。年輩者だったら、「品がない」「型破り」と顔をしかめるだろう。

 実を言うとテオは曲の好みが古い。古典曲が好きなのだ。アレン曰く「年寄りくさい」。

 なので今聞こえる曲は、好き嫌い以前に「馴染みがない曲だなぁ」という感想しか出てこない。

 ただ、その歌声はとても活き活きとしていて、楽しそうで、その歌のもたらす空気感が好ましいと感じる。

 通行人が「歌姫リリーだ」と囁き合うのが聞こえた。歌姫リリー。それは、首都(グランリウム) で人気の歌姫だ。

 テオは通路から少し顔を覗かせた。

 大通りの広場の前で、一人の少女が歌っている。

 年輩者が顔をしかめそうな、膝上丈の短いスカート。高い位置で二つに結った黒髪──カルラが真似したウサギ耳だ。


(女の子がこんな時間に、あんな格好で……大丈夫かな……)


 テオは心配だったが、ヒューゴは好奇心と下心丸出しの顔で歌姫を見た。

 歌姫リリーの膝が見える短いスカートに、ヒューゴの鼻の下が伸びている。


(人間の鼻の下って、こんなに伸びるんだな……)


 テオがいっそ感心すらしていると、突然、鼻の下の長さが戻った。

 ヒューゴは「あん?」と声を漏らし、怪訝そうに少女の顔を観察する。


「なんで、あの女がここにいるんだ?」


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