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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
三章 聖騎士団本部
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【16】魅力的な人


 燃え滓邸(シンダー・ハウス)で留守番中のベリルは、寝室のベッドに座り、白いフワフワ毛玉こと、レニーのブラッシングをしていた。

 ブラシは、モラン夫人に頼んで買ってきてもらった物である。


「どうだー、気持ちいいかー?」


「めふん」


 くるしゅうない、と言わんばかりの鳴き声である。

 このネズミだかウサギだかよく分からない生き物(テオ曰く、「多分白馬」らしい)は、一応人間の個体を認識しているらしい。

 一番懐いているのがテオ、次が多分ベリルとハルクだ。

 小動物好きのJJに対しては偉そうというか、「フワフワさせてやろう」と言わんばかりの態度。

 カルラやロゼ、アーチボルドとはあまり関わりがなく、ガートルードは間違いなく嫌われている。


(あと、ヒューゴは見下されてるなー……動物って、上下関係よく見てるもんだし)


 毛玉の絡みを指先で丁寧にほぐし、ブラシをかけてやる。

 燃え滓邸(シンダー・ハウス)は基本的に暇なので、ベリルとしては、こういう不思議な生き物との触れ合いは大歓迎である。


「ベリル」


 声をかけられ、ベリルは顔を上げた。こちらに近づいてくるのは、カルラだ。今日も仮面を外している。

 ベリルはパチパチと瞬きをした。カルラが白髪を二つに分けて、高い位置で結んでいたからだ。ただ、左右で高さが合っていないし、ほつれた髪が弛んでいる。


「二つ結び? 最近流行りの歌姫リリー風?」


「……わたしにも、毛繕いの仕方を教えて欲しい」


「いいよー。そこに座って」


 カルラがベリルの横に座ると、レニーがフワフワな毛並みを誇るかのように、「めふん」と鳴いた。カルラはそんなレニーを無機質な赤い目でジッと見つめる。

 この年頃の少女なら、この手の可愛らしい生き物に興味を惹かれそうなところだが、カルラはいつもレニーを観察するような目で見ていた。

 それはガートルードが呪魔(テルメア)に向けるような好奇心とは違う。

 カルラのそれは、対象が自分にとって敵か味方かを見極めるための観察だ。


(まぁ、そもそも、カルラは不老不死だから、少女って年齢じゃないけど……でも、年寄りって感じもしないんだよな)


 一番近い表現は人形だ。聖騎士団の中にはカルラを「切り裂き人形」と呼ぶ者もいるという。

 事実、カルラは人形みたいな少女だった。仮面の下の表情の変化に乏しく、人間みが薄い。

 そして、ひとたび呪魔(テルメア)との戦闘が始まれば、誰よりも速く飛び、その大鎌で呪魔(テルメア)を切り裂く。

 ベリルが灰色騎士になって、燃え滓邸(シンダー・ハウス)に来た頃、カルラは今よりももっと反応が鈍かった。いつもぼぅっとしていて、話しかけても反応がないのだ。

 それなのに、テオと出会った日から、カルラは人間みが増したように思う。

 今みたいに、髪型を変えるところだってベリルは初めて見た。


(これは、少年少女の甘酸っぱい初恋的なあれかー?)


 そういえば、カルラはテオの歓迎会の日も、髪を二つ結びにしていた。

 そのことを思い出し、ベリルは訊ねる。


「カルラ、この間も二つ結びしてたよな? あれも自分でやったの?」


「自分でやったけど、上手にできなかったから、テオに直してもらった」


「そっかそっかー。最近、オシャレに目覚めたんだ?」


「…………」


 カルラは黙り込んだ。恥ずかしくて黙ったというより、返事を考えているような間だ。

 ベリルはベッド横のサイドボードの小物入れから櫛を取り出すと、カルラの髪を梳く。

 髪を梳いてもらいながら、カルラがポツリと言った。


「魅力的な人になりたいと、思ったの」


「何か心境の変化?」


「テオにこっちを向いて欲しい、もっと喋りたい」


 おぉ? とベリルは櫛を動かす手を止める。

 炭鉱街ウォルグでテオと出会った時からそうだ。カルラはやけにテオを気にかけている。


「テオに気にしてもらうなら……魅力的になるのが良いと思ったの」


「そうかそうかー。テオ、かっこいいもんなー」


「…………?」


 ベリルの言葉に、カルラが黙る。

 今度の沈黙は、「何を言っているか分からない」という時の沈黙だ。

 カルラは首を捻ってベリルを見上げた。


「テオの形状が、好ましいわけじゃない」


 ──形状。すごい表現だ。


「せめて容姿って言ってあげような。おねーさんは、テオかっこいいと思うぞ」


 お世辞ではない。テオは元々品のある顔立ちをしているのだ。あと三年もしたら、意志の強そうな顔出ちの良い男になるだろうなぁ、とベリルは思っている。

 ところがカルラの意見は違うらしい。


「金髪の人は好きじゃない。嫌なことをするのは、いつもそういう色の人だったから」


「でも、テオは怖くない?」


「よく分からない」


 どうしよう。少年少女の甘酸っぱい恋物語が始まるのかと思ったら、微妙に想定外の方にずれている気がする。

 少なくともカルラはテオの容姿に対して、特に好印象を抱いているわけではないらしい。

 これはどう返したものかと迷っていたら、カルラが「ただ……」と呟く。


「テオの言葉は懐かしくて優しいから、もっと聞きたい……もっと、お喋りがしたい」


 カルラの呟きに、ベリルは確かな人間みを感じた。

 人形は、こんなにも切なく甘やかな声を出したりしない。


(……つまり、テオの顔は好みじゃないけど性格は好き、って感じか?)


 そういうこともあるよなー、あるある。とベリルは思っている。

 なおベリルは、容姿というか表情にグッとくるタイプだ。「あ、この表情良いなー」と思ったら、大体好きになっている。


「そうか、そうかー。カルラはテオを振り向かせたいから、魅力的になりたいわけかー」


「ベリルは魅力的だと思う」


「おっ、嬉しいね。ありがとー」


「テオとベリルが魅力的なのは、わたしにも分かるの。でも、どうしたら自分が魅力的になれるのか分からなかった、から……」


 カルラの指がベッドのシーツをギュッと握る。感情のやり場に困るみたいに。


「だから、魅力的と言われている歌姫の髪型を真似してみたけど……これだけじゃ違うとも、思う」


 ベリルは少し驚いた。

 カルラがこうして己の胸の内を明かしたのは、これが初めてだったのだ。


(まぁ、不老不死なんて呪い抱えてちゃ、人と関わるのが億劫になるのは分かるけど……)


 魅力的になりたい。だから、人気者の髪型を真似してみたなんて、可愛らしい話ではないか。

 なので、ベリルなりにカルラの悩みに寄り添ってみることにした。


「んー、そうだなー……これはあくまで、私の考えだけどさ。魅力的に見えるのはいつだって、他人と関わる奴なんじゃないかな」


「人と関わると、魅力的になる?」


「だって、一人でいる奴は、魅力的かどうかなんて周りには分からないじゃん。関わって初めて、魅力的かどうか分かるんだからさ」


 これはもう前提条件のようなものだ。

 どんなに魅力的な人間であろうと、誰とも関わらないのであれば、魅力なんて伝わらないではないか。


「たとえばテオは〈忘却〉の呪いで皆から忘れられちゃうだろ? それでも覚えてもらうことを諦めないで、人と関わろうとする。そういうところが、おねーさんは魅力的だと思うよ」


 ちょっと痛ましくもあるけれど。とベリルは胸の内で付け足す。

 キャンディ一つで目を輝かせて、名前を呼ばれただけで幸せを噛み締めて。

 彼の境遇を思うと、痛々しいとすら思う。


(それでも卑屈にならないのは、きっと家族がテオのことを沢山愛してくれたからなんだろうなぁ)


 亡き戦友ダンカンのことを思い出す。

 豪快で大らかで、他者の欠落と向き合い、受け止めてくれる人だった。彼はテオにとってどんな父親だったのだろう。


「わたし……」


 カルラが恥じ入るように小さな声で呟く。


「人と関わること、頑張ってなかった……忘れたくないことだけ考えて、ずっとぼんやり生きてた」


「じゃ、この後、留守番組で勉強会しよーよ。ガートルード先生がさ、呪魔(テルメア)の特徴まとめた本を作ってくれたんだ」


「……ん、する」


「よしよし、それじゃあ二つ結びを仕上げちゃおうな。髪を分ける時は、つむじの位置と髪の流れに気をつけること」


 ベリルはカルラの髪を二つに分けて、高い位置で結んだ。これでうさぎ耳の出来上がりだ。

 ベリルは櫛をしまい、ベッドの上を転がっているレニーを回収して立ち上がる。

 そして、手鏡で髪型を確認しているカルラを見て言った。


「最近のカルラは、積極的に人に関わろうとしてるじゃん?」


 手鏡を見ていたカルラが、小さく瞬きをしてベリルを見上げる。

 ベリルは白い歯を見せて快活に笑った。


「そういうの、おねーさんは魅力的だと思うよ」



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