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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
三章 聖騎士団本部
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【15】五チラ

「俺が見ていたから間違いない。負けたのはキースの方だ」


 つまり全てテオの早合点だったというわけだ。それなのに、自分はムキになってキースと私闘をし、挙句、何も悪くないアレンに向かって罵声を浴びせてしまった。

 それも、「僕以外に負けるなんて許さない!」だなんて、子どもっぽいわがままを!

 アレンに対する罪悪感と、子どもっぽい振る舞いに対する恥ずかしさ──結果、テオは真っ青になり、真っ赤になり、そして勢いよく頭を下げた。


「ごめん、アレンっ、僕の勘違いだった!」


「ふふ……ふ、あは……そっかー、テオは俺が負けると嫌なんだ……ふふ」


「当たり前だろ! アレンは僕のライバルで目標なんだから!」


 あぁ、良かった。やっぱり、アレンが負けたわけではないのだ。とテオは胸を撫で下ろす。

 正直、キースは身体能力こそ高いが、動きが稚拙だった。これにアレンが負けたなんて、という気持ちも少なからずあったのだ。

 無事、仲直りをした兄弟の横で、オズワルドが不貞腐れているキースに問う。


「キース・ウォルフォード、何故そんな嘘をついた」


「別になんでもいいだろ」


 キースは顔いっぱいに不機嫌を貼り付けて、アレンを睨んでいた。

 どうやらキースは、アレンのことが気に入らないらしい。視線に気づいたアレンが、困ったように小首を傾げた。


「そんなに俺が従騎士になったのが不服? だったら、ランドルフ団長に言えば良いのに」


 なるほど、キースはアレンが英雄エルバート・ランドルフの従騎士になったことが不満だったのか──とテオは納得した。

 ところが、キースは鼻の頭に皺を寄せて呻く。


「それもあるが……俺は、個人的に、お前が気に入らねぇんだよっ」


「逆恨み?」


「だってお前、シェリル姉さんのこと、やらしー目で見てたろうが!!」


 しぃん、となんとも言えない沈黙が裏庭を満たした。

 キースの姉──〈創造〉の聖女シェリルのことだろう。

 テオは、聖女シェリルを前にしたヒューゴが鼻の下を伸ばしているところを思い出した。


「……アレン?」


 テオの低い声に、アレンはスッと目を逸らした。

 これは、やましいことがある者の反応だ。


「アレン、僕の目を見て正直に答えろ。アレンは、キースのお姉さん相手に、鼻の下を伸ばしたり、してないよな?」


「誓ってしてない。鼻の下を伸ばすなんて、そんな分かりやすいこと……」


 即答するアレンの言葉を遮り、キースが怒鳴る。


「でも、シェリル姉さんの胸をチラチラ見てただろ! テメェの祝福鑑査の時! 俺はこっそり見てたんだぞ!」


 テオは光の消えた翠眼でアレンを見た。アレンは目を逸らした。

 テオはスススと、アレンの視線の先に移動する。アレンの顔は引きつっていた。

 キースがアレンをビシッと指さす。


「俺は、姉さんのことを下心のあるやらしー目で見るやつは、すぐに分かるんだ! 祝福二つ(ダブル)の観察眼舐めんなよ!」


「……その観察眼、戦闘訓練で使いなよ」


 ボソッと反論するアレンに、キースが目を血走らせて喚く。


「やっぱ見てんじゃねぇか! クソ野郎!!」


 ギャーギャー喚くキースにアレンは目を泳がせた。

 テオは真顔でアレンに詰め寄る。


「アレン、やましいことがないと言うなら僕の目を見て聖騎士団の規則を唱えてみろ。できるだろう僕はできる灰色騎士だけどいつか絶対聖騎士になるからちゃんと読み込んだんだ。まずは序文……」


「そんな、正団員でも覚えてないようなこと……」


 口ごもるアレンの胸ぐらをテオは力一杯掴む。

 身長差があるので、ぶら下がるみたいになったが、気にせずテオは吠える。


「僕の憧れの聖騎士がっ! そんな不純異性交友まがいのことをしていたなんて許せるかっ!」


「交友してない! 見ただけ!」


「不躾な視線だったんだろ!? 少なくとも、そこのキース君が腹を立てるぐらいには!」


「一瞬チラッと見ただけで、この扱いは酷くない!?」


 悲鳴じみた声を上げるアレンに、キースが唾を飛ばして喚き散らす。


「チラッとじゃねーだろ! 初対面でチラッ! 挨拶からのチラッ! 加護の説明の最中にチラッ、チラッ! 別れ際のチラッ! だったからな! 合計『五チラ』で死刑だゴルァ!」


「だからその観察眼、戦闘で活かしなよ!」


 アレンが叫んだその時、タイミングが良いのか悪いのか、聖女シェリルとヒューゴがやってきた。


「テオ様〜! こちらにいらしたのですね。あら、キースまで」


「おいおい、テオよぉ〜お〜。勝手な行動すんなよ、聖女様が困るだろぉ?」


 先輩面で注意をするヒューゴは、言っていることはまともなのだが、チラチラと聖女シェリルを見ていた。その顔は、お手本のように鼻の下が伸びている。

 たちまちキースが動いた。


「姉さんをスケベな目で見てんじゃねぇぞ、テメェ! 『鼻の下を伸ばした罪』で死ねっ!」


「ぎゃあっ!? なんだよ、こいつ!? おい、テオ! 先輩の俺を助けろ! ぐぇぇぇ……」


 鼻の下を伸ばしていたヒューゴにキースが飛びかかり、聖女シェリルが「あら〜」とおっとり首を傾げる。

 ヒューゴとキースが騒いでいる間に、アレンがそそくさ逃げようとした。だが、テオはアレンの服を離してはいない。

 アレンに掴まり、ずりずりと引きずられながら、テオはアレンを見上げる。


「アレン、どこに行く」


 過去最高に低い声で問うテオに、アレンは引きつり顔で言い訳をする。


「ごめん、ちょっと俺、急ぎの仕事が……オズさん、俺達仕事ありましたよね。ほら、急ぎの……なんか、ほら……」


「知らん」


「オズさーん!」


「アレン、グレゴリー隊長にまで迷惑をかけるんじゃない! まずは聖女シェリル様に謝ろう。大丈夫、僕も一緒に頭を下げるから。兄が大変失礼しましたと……」


 キースがヒューゴの首を絞め、テオがアレンに詰め寄り、アレンがオズワルドに助けを求める。大騒ぎである。

 そんな収拾のつかない状況を納めたのは、サーベルを抜く硬質な音と冷たい声だった。


「目立つなと言った筈だが……貴様ら、そんなに首を刎ねられたいか」


 振り向いた先には、サーベルを抜いたアーチボルド管理官。

 彼を待たせていたことをすっかり忘れていたテオは、ヒューゴを引っ掴んで、慌てて頭を下げた。



 その後、テオとヒューゴはアーチボルド管理官にコッテリと絞られるも、聖女シェリルの取りなしで首は刎ねられずに済んだ。

 ただし、燃え滓邸(シンダー・ハウス)に強制送還という形になり、テオはアレンを追及することも、憧れのエルバートに挨拶をすることも叶わぬまま、ヒューゴと共に帰りの馬車に乗ったのである。


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