【14】テオ、怒りの右ストレート
キースはテオと共に裏庭に移動した。勿論、訓練用の刃を潰した剣は調達してある。
歩きながら、キースは自分の後ろをついてくるテオをチラチラ見た。
金髪を一房だけ三つ編みにした、小柄な少年。キッと吊りあがった翠の目は、いかにも気が強そうで、中央部貴族っぽい顔立ちだ。
(見たところ、まぁまぁ鍛えてるっぽいし、灰色騎士は変な力が使えるらしいが……祝福二つの俺の敵じゃねぇな!)
姉二人に可愛がられてきて、その姉の一人は聖女で、つい最近、自分も祝福二つであることが判明したキース・ウォルフォードは、大変に自己肯定感が高く好戦的な十四歳であった。
先ほどアレンに手も足も出なかったことは、すっかり棚上げしている。
実際、キースは強かった。加護が二つもあると、それが〈破壊〉の加護でなくとも、身体能力が一般人とは比べ物にならないほど強くなるのだ。
(こんなチビなんて一捻りだ!)
やがて裏庭に辿り着いたところで、キースは訓練用の剣をテオに渡す。
テオは無言で剣を受け取り、構えた。ギュッと曲がった唇は見るからに不機嫌そうだ。
「灰色騎士は、呪いの力を武器にするんだろ? 使っていいぜ」
「それは、呪魔相手に使う力だ」
「出し惜しみして、後で文句言うなよ──行くぜぇ!」
訓練用の剣をテオに向かって、下から上に振り上げる。
本来、剣は上から下に振り下ろす方が勢いがのる。だが、祝福二つはその力の差を覆せるのだ。
予想外の軌道の攻撃に、テオは容易く剣を弾かれるだろう、とキースは予想していた。
だが、予想に反してテオは一歩後ろに下がり、キースが振り上げた剣を受け流す。
「その振り方は、手首を痛める」
「オラァ!!」
振り上げた剣を横薙ぎに払おうと思ったが、テオは素早く横に動いて距離を取った。
(その程度の距離、一足跳びで詰めてやる!)
祝福二つの身体能力は極めて高く、普通に走ると足がもつれることがある。
だから、本気で移動する時は、短く低く跳躍した方が効率が良い。
キースが短く低い跳躍をした瞬間、テオが距離を詰めた。テオは剣を横向きに構えて、キースの進行方向に差し出す。
「グエッ!?」
高速移動した先に、横向きの頑丈な棒が現れ、そこに突っ込んだようなものだ。
直前で止めようと思っても、跳躍する移動だと急停止が難しい。
もろに腹に一撃を喰らったキースは、腹を押さえてえずいた。〈再生〉の加護持ちなので、痣にはならないだろう。ただ、痛いものは痛い。
(くっそ……こいつ、腕力は大してないくせに……)
テオの構えは、アレンに似ていた。なるほど兄弟なだけある。
それでいて、アレンとは決定的に違う。
兄のアレン・ローレンスは、天にある目でこちらの動きを俯瞰で見ているような、そんな感覚があった。
兄のアレンが天の剣なら、テオの剣は地の剣だ。しっかりと地に足がついている。
構えや足運びの一つ一つが丁寧。常に考えながら動いて、最善の一手を模索している、そういう戦い方だ。
「呪装顕現をしてみて分かった。身体強化はすごく便利だけど、動きが大ぶりになるんだ」
テオの言う通り、身体強化は動きが大ぶりになる──まして、祝福二つになって日が浅ければ尚のこと。
細かい技術より、力でゴリ押す戦い方になりがちだ。
「アレンは、もっと上手に戦う」
「うるせぇっ!!」
キースは考えた。
相手がどんなに優れた使い手だろうと、目に見えない速さなら、避けようがないはずだ。
(つまり、すげー速さで、すげー力を込めて殴れば勝てる!)
より速く、より強く! 速く強く、強く速く!
キースは一歩踏み出し、斬りかかる。
勝負を始めた時からずっと、テオはキースの足運びを、肩の動きを、そして視線を観察していた。
キースの動きは素直だ。フェイントがない。それはきっと、フェイントを織り交ぜなくても、その身体能力の高さだけで勝ててしまうからだ。
(まずは視線を読んで、敵の狙いを見極める。次にタイミング……)
以前、どうしてアレンはそんな絶妙のタイミングで剣を振れるのか、と聞いたら、アレンはさらりとこう言った。
『相手の手足の長さと、こちらとの距離。パッと見たら、どのタイミングで斬り合いになるか分かるでしょ』
アレンはとても簡単なことのように言うから、テオは街の中を歩く時、道行く人の足の長さを目視で測り、すれ違うタイミングを当てる訓練をしたのだ。
(キースの狙いは初手と同じ、下からの切り上げ……)
敵の狙いとタイミングさえ分かれば、攻撃が見えていなくても体を動かして回避できる。
ヒュゥンと鉄の塊が風を切る音がした。そのタイミングで首をそらして下からの攻撃を回避。敵の攻撃の軌道に触れぬよう、テオは剣の切っ先で、キースの首をなぞる。
これが刃を潰した剣でなければ、あと少し踏み込んでいたら、首がスパッと切れている──そんな接触にキースの足が止まったその時……。
「お前達! 何をしている!」
聞き覚えのある怒声が響いた。テオは剣を下ろして振り返る。
こちらに向かって走ってくるのは、金髪を撫でつけた顔に斜め傷のある男──オズワルド・グレゴリー。
そして、その背後にもう一人。懐かしい長身を見つけ、テオは目を見開いた。
「──テオ!」
「アレン……!」
ウォルグで別れてまだ一ヶ月も経っていないのに、酷く懐かしい。
テオを拾ってくれた、兄のアレンだ。今は聖騎士の制服を着て、腰に立派な剣を下げている。
アレンだ、あぁ、本物のアレンだ。
「アレ──ン!」
テオは訓練用の剣を放り出すと、アレンに向かって走り……拳を握る。
そして大地をしっかりと踏み締めて、拳を繰り出した。
「この大うつけぇぇぇ──っ!」
テオ渾身の一撃を、アレンは半身を捻ってかわす。
アレンはムッと眉根を寄せてぼやいた。
「いきなり『大うつけ』は酷くない?」
「うるさい! 僕は怒っているんだ!」
そう、先ほどからずっと、ずっとテオは怒っていた。悔しくて悔しくて、頭が爆発しそうなほどの大激怒だ。
怒りの対象はキースではない。
「何をそんなに怒ってるの。お腹減ってる?」
雑な宥め方をするアレンに、テオは硬直しているキースをビシリと指差す。
「そこのキースに、無様に敗北したそうだな!?」
「……は?」
アレンのキョトンとした惚け方が、また腹立たしい。
アレンがキースに負けた。キースにそう言われた時、テオはテーブルをひっくり返して地団駄を踏みたいぐらい、アレンに腹が立ったのだ。
この怒りに、キースの強さは関係ない。キースが強かろうが、弱かろうが、アレンは負けてはいけないのだ。
「なんで聖騎士になって早々に負けてるんだ! アレンは僕のライバルで、兄になる男なんだぞ!?」
テオは翠眼をギラギラと輝かせて吠えた。
「アレンが僕以外に負けるなんて許さない!」
アレンは口を半開きにして硬直し……次の瞬間、ぼふーっとふきだした。大爆笑だ。
「あははははは!」
「何を笑ってるんだ!? 僕は本当に怒っているんだぞ!」
返事の代わりに返ってきたのは、ヒーヒーと痙攣するような笑い声だ。
アレンは長身を折り曲げ、腹を抱えて笑いながら、笑い声の合間に言う。
「オズさん、オズさん、聞きました……っ? ふ、ふふ、ふふっ、ねぇ、うちの弟、愉快でしょう?」
オズワルド・グレゴリーは眉間に指を添えて長いため息をつくと、ジロリとキースを睨んだ。
キースは不貞腐れたような顔で、そっぽを向いている。
オズワルドは呆れを隠さぬ口調で言った。
「テオ、アレンは先ほどキースに勝利している」
「え」
「俺が見ていたから間違いない。負けたのはキースの方だ」




