【13】訳「兄がお世話になります」
〈創造〉の聖女シェリルは、最高位の〈創造〉の加護を持つ人物だ。
〈創造〉の加護を持つ者は、対呪魔戦闘用の武器を作り出すことができる。
これが下位だと武器は脆く、中位だとそれなりに頑丈。上位になると作り出した武器を手放し、他者に貸与することができるという。
聖女シェリルの場合、作り出した武器は呪魔の体を容易く切り裂き、そして、再生を鈍らせる特別製。その上、聖女シェリルの手元を離れてもある程度持続するという。
故に彼女が作り出した剣は「聖女の剣」として、西の最果てで戦う聖騎士の元に運ばれているのだ。
聖女シェリルはテオ達を自分の部屋に招き入れると、テオの顔に火傷がないかを確かめた。
「あぁ、良かった。火傷になっていなくて。わたくしはマザー・グレイスみたいに傷を治すことはできませんから〜」
聖女シェリルは容姿も喋り方も、どこかフワフワしている可愛らしい雰囲気の女性だ。
一方、その付き人である妹のセシリーは、いかにもしっかり者とした雰囲気で、動きも喋り方もキビキビとしている。
「灰色騎士団の方ですね。この度は、姉がご迷惑をおかけしました」
「おかけしました〜」
おっとりした姉と、しっかり物の妹。容姿も性格もあまり似ていない姉妹である。
謝罪をする二人に、ヒューゴがささっと前に出て、爽やかに笑った。
「この程度、大したことありません。聖女様に怪我がなくて本当に良かった……なぁ、テオ!」
それはその通りなのだが、調子良くないかヒューゴ。とテオは思った。
ヒューゴは格好をつけているつもりかもしれないが、鼻の下が伸びっぱなしなのだ。騎士がそんな弛んだ顔でどうする! と一喝してやりたい。
「テオ様、本当に大丈夫ですか? わたくし、ちょっと重いでしょう〜? 骨が折れていたら大変ですよぅ〜」
「いいえ、そんなことはありません。それに、僕、鍛えているので! 騎士ですから!」
少しでも騎士らしく見えるように表情を引き締めると、聖女シェリルは頬に手を当て、「立派ねぇ〜」と呟いた。
テオは深々と頭を下げる。
「聖女シェリル様にお褒めいただき、大変に光栄です」
「まぁ、そんなに畏まらないでくださいな。わたくしなんて、武器を作って提供するぐらいしか取り柄がありませんもの」
聖女シェリルの自嘲混じりの言葉に、ヒューゴが勢いよく口を挟んだ。
「いやいや、そんなことないですよ! 優しいし美人だし笑顔が素敵だし、もう最高です! なっ、テオ!」
今日のヒューゴはいつにも増して、調子に乗っている。
確かに聖女シェリルは美しかった。ヒューゴが舞い上がるのも無理はない、のかもしれない。
「僕、兄が聖騎士団にいるんです」
唐突なテオの言葉に、聖女シェリルが小首を傾げる。
「なんと仰る方?」
「最近入団したばかりの、アレン・ローレンスって言います」
心当たりがあるのか、聖女シェリルが「あぁ、あの人」と呟く。後ろに控える妹のセシリー嬢もピクリと眉を動かした。
流石アレンだ。英雄エルバート・ランドルフの従騎士になっただけあって、すでに名前が知れ渡っているらしい。
「これから、アレンは聖女シェリル様の奇跡に、何度も助けられることになると思います。だから、僕は貴女に最上級の敬意を払いたい」
つまりは、「これからアレンが世話になります。よろしくお願いします」ということだ。
聖女シェリルは桃色の唇を持ち上げ、柔らかく微笑んだ。
「お兄さん想いなんですね」
「自慢の兄です……あっ、これ、アレンには内緒にしてくださいね。褒めるとすぐ調子に乗るので」
「ふふっ、えぇ、分かりました」
聖女シェリルは一つ頷き、美しいローブの裾を翻した。
「テオ様はこちらでお待ちになっていて。今、お着替えを持ってきますから」
「あっ、じゃあ、俺も手伝いますっ。へへ……」
ヒューゴが下心満載の顔で同行を申し出た。
聖女の妹セシリーが、ヒューゴに冷ややかな一瞥を向ける。
(睨まれてるぞ、ヒューゴ……)
「私は、姉様が散らかした廊下を片付けてきます」
「ごめんなさいね、セシリー」
「次からは、お茶汲みは私に命じてください」
「は〜い」
聖女シェリル、ヒューゴ、セシリーの三人が部屋を出ていく。
扉が閉まったのを確認し、テオは上着を脱いで、紅茶のシミを確認した。右半身にシミがついているが、灰色の上着だから洗えば目立たなくなるだろう。
(ポケットにレニーがいなくて良かった……)
もしポケットにレニーがいたら、聖女シェリルを抱き止めた時に潰していたかもしれない。
留守番中のレニーは今頃、何をしているのだろう。ベリルの足下をコロコロしているのだろうか。ベリルやJJはレニーのフワフワした毛並みを気に入っているので、もしかしたらブラッシングしているかもしれない。
(そういえば、レニーってカルラにはあまり懐いてないんだよな……カルラもあまりレニーに興味がないみたいだし)
娯楽室で黙々と本を読んでいた、白髪の少女を思い出す。
不老不死の呪いを抱える彼女は、とても長く生きているようだが、レイエル聖区に来たことはあるのだろうか。帰ったら訊いてみようか……なんてことを考えていたら、部屋の扉が開いた。
聖女シェリルが戻ってきたのかと思ったが、部屋に入ってきたのは見知らぬ黒髪の少年だ。年齢はテオと同じぐらいで、聖騎士の制服を着ている。
「おい、お前っ、姉さんの部屋で何をしている!?」
「えっ?」
テオは思わず声を上げた。姉さん、と言うことは聖女シェリルとセシリーの弟なのだろう。
そうして今更気づく。今のテオは女性の部屋で上着を脱いでいるのだ。これはなんというか、非常に誤解されかねない行為ではないだろうか?
とはいえ、何も後めたいことはないのだ。落ち着いて事情を話そう、とテオは上着を羽織り直して名乗る。
「僕は灰色騎士のテオと言います。ちょっと上着が汚れてしまったので、聖女シェリル様のご好意で部屋をお借りしています」
「灰色騎士だぁ……? なんでレイエル聖区に灰色騎士がいるんだよ。怪しいな」
確かに怪しいだろう。基本的に灰色騎士はレイエル聖区に入れないのだ。
だが、正直に「教皇聖下に呼び出されました」と言って良いものかテオは迷った。
おそらく聖女シェリルは、教皇と灰色騎士の面会のことを知っていたのだろう。だが、この黒髪の少年がそうとは限らない。
(こちら側の事情も話さず、信じてくださいって言うのも……あ、そうだ!)
ひとまず、自分の身元が分かれば良いのだ。それなら、身内に確認してもらうのが手っ取り早い。
「聖騎士団に兄がいるんです。兄のアレン・ローレンスに確認して貰えば、僕の身元は……」
「あぁぁぁん?」
少年の眉間に深い皺が刻まれ、頬がピキピキと引き攣った。何やら不穏な空気だ。
「……お前、アレン・ローレンスの弟のテオか?」
「はい」
テオが頷くと、少年は早足でテオに詰め寄った。
「俺はキース・ウォルフォードだ。俺と勝負しろ!」
キースは頭に血が上りやすい少年である。殊に姉が絡むと喧嘩っ早いなんてものじゃない。暴走機関車だ。
ついさっき、アレン・ローレンスに大敗したキースは、姉の部屋を訪ねて衝撃を受けた。
姉の部屋で、見知らぬ少年が上着を脱いでいるのだ。
なんだこいつは、姉さんの留守中に何してやがるぶっ殺すぞ──と思った矢先に、少年は自分がアレン・ローレンスの弟だと名乗った。
アレン・ローレンス。茶髪に垂れ目の長身の青年。背が高いだけの優男だと思った。
自分と同じ祝福二つなら、どちらも中位のこちらが勝つと確信していた。
──地味な曲芸だね。
──もう諦めるの? 俺の弟のテオなら、ボロボロになっても殴り返してくるのに。
あの時のアレンの、こちらを見下した目! 思い出すだけで、はらわたが煮え繰り返りそうだ。
(俺は、このチビ以下だと思われてるのか!? ふざけんな!!)
そう思った時にはもう、キースはテオに詰め寄り、勝負を申し込んでいた。
テオは明らかに困ったような顔をしている。
「すみません、突然そんなことを言われても……」
「お前の兄貴とさっき勝負したぜ」
「えっ」
翠眼がパチンと瞬きをして、キースを見る。兄の名前が出たことに対する明確な期待、信頼、尊敬。
こいつは兄貴を慕ってるんだな、と思った。思った次の瞬間、煽っていた。
暴走機関車は立ち止まって考えたりなんてしないのだ。
「エルバート様の従騎士っていうから期待してたんだが、全然大したことなかったなぁ」
「……え」
「楽勝だったぜ」
そう、楽勝だった。アレンがキースに、である。
つまりは大嘘なのだが、この煽りはてきめんに効いたらしい。
テオは吊り気味の目を大きく見開き、全身をブルブルと震わせる。その顔は真っ青だ。
「……アレンが、君に、負けた?」
「おう!」
キースがふんぞり返ると、テオの顔から表情が抜け落ちた。
整った顔は怖いぐらいの無表情で、そんな中、翠色の目だけがギラギラと輝いている。それが飛びかかる前の野生動物に似ていて、キースは身を強張らせた。
テオは怒りを押し殺した低い声で唸る。
「……分かった。勝負しよう」




