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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
三章 聖騎士団本部
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【12】テオクッション(鍛えているので意外と硬い)


 教皇と灰色騎士の面会が終わった後、エルバートは灰色騎士の二人に、「聖女様達と話があるんだ。少し待っていてほしい」と告げ、二人を廊下に待たせて扉を閉めた。

 重い扉、重厚な鍵。

 この部屋は特別製だ。音漏れがしにくくなっているし、鍵も複製が難しく、総長と団長クラスしか使用できない。

 扉が閉まると、教皇オーガストはため息混じりの重い声を発した。


「〈忘却〉と〈支配〉、非常に危険な力です。他者に干渉できる歩く呪い(マッドウォーカー)が二人も、灰色騎士団に身を置いているなんて……」


「その程度のことで動じるものではありませんよ、オーガスト」


 ピシャリと叱咤したのは聖女グレイス。

 先ほどまでの、孫に向けるような優しげな声とは一転、鋭く厳しい声だった。


「〈忘却の海〉の力が弱っているのは事実ですが、あの少年二人はその代用足り得ないでしょう」


 近づく者を惑わす〈忘却の海〉は、呪魔(テルメア)という侵略者から国を守っている。

 だが、その力は年々弱くなり、上陸する呪魔(テルメア)が増えつつある──その事実を知っているのは、国や教皇庁の一握りの人間だけだ。

 ここにいる三人は、その事実を知る側であり、故に対策となり得る手段を探していた。

 ヒューゴの〈支配〉も、テオの〈忘却〉も、強力な力ではあるが、〈忘却の海〉の代わりにするには弱い。


「エルバート、あの二人は燃え滓邸(シンダー・ハウス)に返しておあげなさい。ただし……」


 聖女グレイスはベールを捲ると、翠眼をギラリと輝かせて言い放つ。


アンディ坊や(、、、、、、)が〈支配〉と〈忘却〉を悪用するようなら取り上げろ(、、、、、)。あれは、坊やの玩具にして良い力ではない」


 聖女グレイスの言う「アンディ坊や」が意味するものを、教皇とエルバートは正しく理解している。

 ──アンドリュー三世、この国の現国王である。

 国王を坊や呼ばわりする聖女グレイスには、教皇と英雄にすら物言わせぬ凄みがあった。

 国王アンドリュー三世は歩く呪い(マッドウォーカー)の力を研究している。呪魔(テルメア)に対する戦力強化のため、というのが建前だが、実態は違う。

 国王アンドリュー三世は私欲のために、歩く呪い(マッドウォーカー)の力を欲しているのだ。最近は灰色騎士のガートルードという人物を抱き込み、何やら胡散臭い研究をしているらしい。

 歩く呪い(マッドウォーカー)の研究が、呪魔(テルメア)対策の一助になるのも、また事実。なので、教皇庁は多少のお目溢しをしていたが、一線を越えたら……。


(この方は、国王陛下が相手でも、断罪の剣を振り下ろされるのか)


 エルバート・ランドルフは胸の内で呟き、聖女グレイスを見る。

 エルバートは知っているのだ。聖女グレイスが、王族に特別な思い入れがあることを。

 それでも、国王アンドリュー三世が道を踏み外したら、リチャード王太子がその矛先を教皇庁に向けたら、聖女グレイスは悲しみながら、断罪の剣を振り下ろすのだろう。

 それはエルバートの望むところではないのだ。

 エルバートは最上位の敬意をもって、聖女グレイスに訊ねた。


「〈忘却〉の灰色騎士テオは、貴女方が探し求めていた方と関係があるのではないかと、私は考えます」


 聖女グレイスの細い眉がピクリと動いた。

 この話題は、軽々しく口に出して良いものではない。それを承知で口を挟んだのか、と聖女グレイスの冷ややかな目が問うている。

 聖女グレイスが怒りを表明するより早く、教皇が口を挟んだ。


「確かに我々は、〈忘却の海〉を維持する者を探し続けてきた。だが、それは決して呪魔(テルメア)によってもたらされた呪いではないはずだ」


「聖下の仰る通りです。ただ、どうか一つ進言をお許しください」


 教皇が困ったように聖女グレイスを見る。

 聖女グレイスはエルバートをジロリと睨み、首肯した。


「許可しましょう。くだらぬ冗談なら磔にしますよ」


「テオを見つけた時、貴女と似ていると感じました」


「磔にして差し上げましょう、殉教なさい」


「貴女がそれを望むなら」


「…………」


 曇りない目のエルバートに、聖女グレイスが口を閉ざす。ついでにベールを下ろして顔も閉ざされてしまった。

 テオと聖女グレイスは似ている。それはエルバートだからこそ感じたことだ。

 聖女グレイス達が探している、かつて失われた存在。

 それと類似の能力を持ち、かつ、聖女グレイスの面影のある少年テオ。

 何かがある、とエルバートは確信している。

 いよいよ口を閉ざしてしまった聖女グレイスと、困り顔のエルバート。そんな二人に、教皇がため息混じりに言った。


「今は、あの忘却の灰色騎士の成長を見守りましょう。もし、その力が今より強くなるのなら……それこそ、〈忘却の海〉の再現が可能になるのなら、その時はなんとしても、こちらに引き抜かなくてはならない」


 無論、その時は国王やリチャード王太子の猛反発は必至。

 いずれにせよ、テオの存在は特大の火種になる。予感ではない。確信だ。

 エルバートは、亡き戦友ダンカンが育てた子を政治闘争に巻き込みたくはない。


(それに、何より……)


 純粋な憧れの眼差しを向けてくる、あの少年を思い出す。

 皆に忘れられてしまう呪いを抱えて、それでも人の記憶に残ろうとひたむきに努力する、あの少年に報われてほしい。

 いつかエルバートの従騎士になりたい、というあの少年の願いを叶えてやりたい。


(……テオの期待を、裏切りたくはないが)


 全ては天使様の御心のままに。

 高位聖騎士(パラディン)の称号を得た時、そう誓った。それこそが、エルバート・ランドルフの行動原理なのだ。



 * * *



 廊下でエルバートを待つテオは、ヒューゴに小声で話しかけた。


「エルバート様、何の話をしてるのかな」


「きっと、俺達の寸評会だろ。まぁ、俺は見込みアリかもしれねーけど、お前は駄目だな。チビだから」


「僕はこれから伸びるんだ。エルバート様ならきっと、伸び代のある若者だって言ってくれる……はず!」


 テオは確かに同年代の少年に比べたら小柄だが、これから伸びるのだ。英雄ランドルフや兄貴分のアレンのようにすくすくと。

 意気込むテオに、ヒューゴは身を屈め、小声で言う。


「真面目な話、俺らの能力ってさ、一般人相手に使ったら悪さし放題なわけだろ」


「……うん」


 人の記憶に残りづらく、また任意の記憶を失わせることができる、テオの〈忘却〉。

 歌を聴いた人間を操ることができる、ヒューゴの〈支配〉。

〈忘却〉は一度に大勢にはかけられないし、〈支配〉は歌っている間のみ、という制限こそあるが、使い方次第ではいくらでも悪用できる。


「だから、悪さすんなよーって釘刺したかったんじゃねぇの? 教皇聖下と聖女様に言われたら、まぁ普通は萎縮するし」


 なるほどあり得る話だ。

 ヒューゴも真面目に考えているんだな、とテオが感心したその時、何かが転がる音が聞こえた。チャリンと硬質な金属が床にぶつかる音──ティースプーンだ。

 ティースプーンが落ちてる床のすぐそばには階段。そして、「キャッ」という小さな悲鳴。

 嫌な予感を覚えたテオは、スプーンが落ちているあたりに走った。

 それとほぼ同時に階段から人が落ちてくる。ティーセットのトレイを手にした女だ。

 テオは咄嗟に女の落下位置に移動し、両手を伸ばして受け止めた。ズシリ、と両腕に負荷がかかり、小柄なテオは尻餅をつく。

 少し遅れて、カップの中身の紅茶がテオの頭にかかった。ただ、女にはかかっていない。そのことにホッとしつつ、テオは自分の上に乗っかっている女に声をかけた。


「大丈夫ですか?」


「は、はい……」


 真っ青な顔をしているのは、フワフワとした黒髪の女だった。年齢は十代後半ぐらいだろうか。清楚で可愛らしい雰囲気があり、丈の長いローブを着ている。

 そのローブの意匠に見覚えがあった。よく似た服装の人物と、ついさっき会ったばかりなのだ。

 テオがまじまじと女性を見上げていると、ヒューゴが駆け寄ってきた。

 ヒューゴはいつもより心なしキリリとした顔で、テオを無視して女に声をかける。


「お姉さん、大丈夫ですか。怪我はありませんか」


 か弱い女性を心配するのは結構だが、ヒューゴの目は明らかに、女の豊かな胸をチラチラ見ていた。


(それよりもローブを見ろ、ヒューゴ。この人、多分……!)


 女はもたれていた体を起こすと、紅茶の雫を滴らせているテオを見て、顔色を変える。


「大変! 紅茶が……早く冷やさないと! こっち、こっちに来てください」


「いえ、僕は大丈夫で……」


「駄目です。火傷をしていたら、大変!」


 女はテオの手を引いて階段を上ると、声を上げた。


「セシリー! セシリー!」


 女の呼びかけに答えるように、近くの部屋の扉が開いた。

 姿を見せたのは、紅茶をこぼした女より少し若い黒髪の少女で、高位聖職者の付き人が着るような、清楚なローブを身につけている。彼女がセシリーらしい。

 セシリーは自分を呼んだ女を見て、ギョッとしたような顔をした。


「シェリル姉様、何してるの!? お茶出しなら私がするって言ったのに!」


「ごめんなさい、セシリー。教皇聖下とグレイス様がお会いになると聞いて、どんな方なのか見てみたくて〜……それでね、こちらの方がわたくしを庇って紅茶を被ってしまって……」


 フワフワした黒髪のおっとりした女性がシェリル、その妹らしき少女がセシリー。

 二人とは初対面だが、さすがのテオもシェリルの名前は知っていた。


「あの、すみません。シェリルさんって、えぇと……もしかして……」


 しどろもどろなテオに、シェリルは姿勢を正して自己紹介をする。


「わたくし、〈創造〉の聖女シェリルと申します。この度は危ないところを助けていただき、ありがとうございました〜」


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