【10】罪悪感・自己嫌悪・反省中
レイエル聖区内にある聖騎士団本部に到着したテオ、ヒューゴ、アーチボルドを出迎えたのは、黒髪に無精髭の四〇歳過ぎの男と、真っ直ぐな栗毛を伸ばした二〇代後半の女だった。
二人とも聖騎士団の制服を着て、帯剣している。
いかにも真面目そうな栗毛の女が、堅苦しい口調で言った。
「ご足労いただき、誠に感謝する。私は第四騎士団長ステラ・ガーネットだ」
「第五騎士団長ディエゴ・ファルケです。やぁ、どうもすみませんね」
ディエゴはどこか草臥れた風貌の男だ。
それだけならJJと似ていなくもないが、この男はいざ戦闘になれば、俊敏に動けるだけの筋肉がある。JJと違い、戦える中年だ。
ディエゴはアーチボルドを見て、ヘラリと愛想笑いをする。
「お客様の案内はこのステラが、アーチボルド管理官は俺が別室にご案内いたします」
ディエゴはテオとヒューゴのことを「お客様」と呼んだ──つまり、アーチボルドは客ではないと暗に言っているのだ。
ディエゴは愛想笑いをしているが、その目はどこか挑発的にアーチボルドを見ている。
ディエゴとアーチボルドの間に、ピリリとした空気が走った。
「……私はこの二人の監視だ。同行する義務がある」
「や〜すみませんねぇ、近衛歩兵連隊は王太子殿下の懐刀でしょう? 聖騎士団本部には見られたくない物もありますもんで」
ディエゴはアーチボルドが正規の灰色騎士ではなく、近衛歩兵連隊から出向中の身だと知っているのだ。
灰色騎士も近衛歩兵連隊も、共に王太子の権力下にある。
──が、灰色騎士は使い捨ての駒なのだ。一方、近衛歩兵連隊はエリート中のエリートで、王太子に対する忠誠心の高い人間だけで構成されている。
ディエゴは近衛歩兵連隊の背後にいる、リチャード王太子を警戒しているのだ。
アーチボルドは押し殺した声で言った。
「……分かった。従おう」
「はーい、すみませんねー。それじゃ、ステラちゃん。お客様の案内よろしくぅー」
栗毛の女ステラは小さく頷き、「ついてきてくれ」とテオとヒューゴを促した。
テオは小走りになって、ステラを追いかける。ステラは早足でキビキビと歩くので、小柄なテオは急がないと置いていかれてしまうのだ。
ステラがチラリとこちらを振り向き、ハッとした顔をする。そうして、歩く速度を少し落とした。
「……君達は幾つだ?」
「十四歳です」
「十五歳っす」
「そうか。まだ未成年か……こんな未熟者を戦場に出すなど、理解に苦しむ」
苦々しげなステラの言葉に、ヒューゴが「うへぇ」と言いたげな顔をする。
テオは表情を引き締め、応じた。
「聖騎士団の皆様の足を引っ張らぬよう、努力します」
「え、あ、いや……」
ステラは何故か狼狽えながら、モニョモニョと言葉を続ける。
「私は未熟だと言いたいのではなく……だから、えっと、子どもだし、戦場に出したら危ないし……」
テオとヒューゴは無言でステラを見る。
ステラは「んっんっ」と咳払いをし、キリリとした顔で訊ねた。
「我が第四騎士団の人間で、灰色騎士に対し不当な行いをしている者がいたら言ってくれ。厳重注意する」
「お気遣い、ありがとうございます」
テオが礼を言うと、ステラはプイッと前を向いて早足で歩き……数歩歩いたところで、思い出したようにペースを落とした。良い人だ。
そうして少し歩いたところで、またチラチラとこちらを見る。
話しかけるかどうか迷っているような素振りなので、テオはあえて訊ねた。
「すみません。僕は、何か失礼をしてしまったでしょうか?」
「あ、いや、違うんだ。その…………ベリルは息災か」
この質問にテオは驚いた。ヒューゴも同じ顔をしている。
ベリル──砂色の髪に褐色の肌の、巻きスカートが素敵なお姉さんである。
「はい! ベリルさんには、いつもお世話になっています」
どうやらステラはベリルと知り合いらしい。灰色騎士は聖騎士と共に行動をすることが多いから、きっと任務中に知り合ったのだろう。
テオが元気良く頷くと、ステラは何故か顔をしかめた。
彼女はソワソワと辺りを見て、人がいないことを確認すると、小声で訊ねる。
「ベリルは……見境なく男性と関係を持ったり、君達を困らせたりしていないか?」
テオは唖然とした。
確かにベリルは魅力的な女性だ。たまにその色気にドキッとすることもあるけれど、少なくともステラの言うようなことはしていない。
何より「君たちを困らせたりしていないか」と言うのがテオには面白くない。灰色騎士になってから、テオはずっとベリルに助けられているのだ。
なので、テオは確固たる意思をもって反論した。
「ベリルさんは、そんな人じゃありません!」
思ったより強い声が出てしまった。
ヒューゴが「馬鹿、逆らうなよ!」とテオを盾にして、自分はテオの背後に回り込む。
テオの態度に、ステラは怒ったりはしなかった。それどころか、何やらショックを受けたような顔で口を半開きにして固まっている。
やがて、ステラは聞き取りづらい早口でボソボソと喋り出した。
「あ、ち、違う、その……悪口が言いたいわけじゃなくて……いや、でも確かにこの聞き方は悪口っぽい……うぅ……元気なら良いんだ。すまない。忘れてくれ」
ステラの困り顔が不器用に友達を心配しているように見えて、テオは戸惑う。
そんなテオの背後から、ヒューゴが恐る恐る顔を出して訊ねた。
「あのー、ベリル姐さんと任務中に何かあったんすか?」
「……別に。ただ、私は聖騎士団長の一人として、元聖騎士が恥ずかしい振る舞いをしていないか気になっただけだ」
テオとヒューゴの「えっ」「えっ」という驚きの声が重なった。
二人の反応にステラも「えっ」と驚きの反応を返す。
気まずい沈黙の末、ステラが小声で訊ねた。
「……もしかして、知らなかったのか? ベリルが元聖騎士だと……」
「初耳です」
テオが頷くと、ステラは目を見開いて硬直した。これは「やってしまった!」の顔だ。
本人のいないところで、本人が伏せていたことを意図せず話してしまった──その罪悪感を顔いっぱいに滲ませて、ステラは声を絞り出す。
「すまない。忘れてくれ……」
それから目的の部屋に着くまで、ステラは唇を引き結び、何も言わなくなった。
ただ、凛とした背中に「罪悪感・自己嫌悪・反省中」の文字が見える。
この人はベリルさんが嫌いなわけではないんだろうなぁ、とテオは密かにホッとした。
(それにしても、ベリルさんが元聖騎士……)
驚いたけれど、言われてみればなるほどという感じだ。
ベリルは、テオとアレンの父──元聖騎士ダンカン・ローレンスのことを知っている風だったし、英雄エルバートを「エル」と呼んで、親しげに振る舞っていた。
聖騎士というには奔放すぎる気がしないでもないが、あの若さで呪魔との戦闘に慣れているのも元聖騎士なら頷ける。
一般人は突然歩く呪いになっても、すぐに呪魔と戦えるとは限らないのだ。それこそ、ヒューゴのように戦闘を嫌がる方が自然ではある。
おそらくベリルは灰色騎士になった時から、既に呪魔との戦いを心得ていたのだろう。
(ベリルさんに、ダンカン父さんのことを聞いたら……教えてもらえるかな)




