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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
三章 聖騎士団本部
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【9】(結構気にしてたんだけどなぁ)


「アレン・ローレンス! 俺と勝負しろ!」


 アレンは思わず笑顔になった。その笑顔に、オズワルドの眉間の皺が深くなる。不気味な何かを目撃した時の顔である。

 アレンはその黒髪の少年と面識がない。だが、向こうはどうやらアレンに物申したいらしい。

 少年は非常に整った顔立ちをしていた。黙っていれば繊細そうにも見える美しい少年だ──が、今はその顔を怒りに赤くし、アレンを睨みつけている。


「俺が勝ったら、ランドルフ団長の従騎士の座は、俺のものだ!」


「あぁ、なるほど、そういう……」


 この少年は、英雄エルバート・ランドルフの従騎士の座が目的らしい。

 アレンとしては、別に従騎士の座にこだわりはない。そもそも、弟のテオと違って、アレンはそこまで英雄エルバートに憧れているわけではないのだ。

 寧ろ、テオがことあるごとにエルバートを絶賛するので、兄としてはちょっと面白くなかったりする。テオはあまりアレンを褒めない。


(従騎士の座はどうでも良いけど……それを餌に、訓練相手を釣るのは有りだな)


 アレンが密かに打算を働かせていると、オズワルドが渋面で少年に話しかけた。


「キース、アレン・ローレンスは祝福二つ(ダブル)だ。お前の腕では……」


「グレゴリー隊長は知ってるだろ? 俺も祝福二つ(ダブル)だから、条件は同じだ!」


 へぇ、とアレンは目を見張った。

 どうやらこのキースという少年も、加護を二つ持っているらしい。

 加護持ち(ブレスド)は、〈破壊〉〈再生〉〈創造〉いずれかの天使の加護を得て、それぞれの天使ごとに力を得る。

〈破壊〉の加護なら身体能力や戦闘技能の強化。

〈再生〉なら治癒能力。

〈創造〉なら無から有を作り出す。

 加護の種類を問わず、加護持ち(ブレスド)は身体能力が強化されるので、それだけで充分に強かった。

 故に、聖騎士は加護持ち(ブレスド)であることが望ましいとされているが、加護持ち(ブレスド)は非常に貴重だ。まして、加護を二つ持つ祝福二つ(ダブル)は、十人前後しか見つかっていない。

 その一人が、このキース少年なのだ。


「先に教えておいてやるよ。俺の加護は二つ! 中位の〈創造〉と〈再生〉だ!」


「そう、すごいね」


 実を言うと、アレンは自分の加護にあまり興味がない。

〈破壊〉と〈再生〉の二つがあると聞かされてはいたが、それぞれの位まで調べようと思ったことはなかったのだ。

 ただ、流石に聖騎士団に入団してからは、祝福調査委員会と三聖女の立ち会いのもと、祝福鑑査なるものを受けて、加護の種類と強さを確認してもらっている。


「俺は〈破壊〉が中位、〈再生〉が下位、だったかな」


「なら、両方中位の俺の方が上だな!」


 キース少年は小鼻をプクプクさせて、その顔いっぱいに自信を貼り付けていた。

 そういうところはテオを思わせるが、はてさて。この少年はどこまでいけるだろうか。


「いいよ、勝負しよう。〈創造〉も使って構わない」



 * * *



 アレン・ローレンスの言葉に、キースはほくそ笑んだ。


(こいつ、俺が年下だからって舐めてやがるな……!)


 そういう自分を侮っている相手を実力で叩き伏せるというのは、とても気持ちが良い。

 何よりこいつは、最低最悪のクソ野郎なのだ。叩きのめしても、誰も文句を言わないだろう。言う奴がいたら自分が殴ればいい、とキースは思っている。


「行くぜ!」


 キースの手の中に剣が生まれた。〈創造〉の加護の力によるものだ。

 下位の〈創造〉だと、作り出す武器が小さかったり脆かったりするのだが、中位の〈創造〉であるキースの剣は、そこらの赫鋼(かくこう)の剣よりずっと頑丈だ。

 アレンは〈破壊〉の加護持ち(ブレスド)で、身体能力が高い。

 一方、キースは〈破壊〉の加護を持っていないが、それでも〈再生〉〈創造〉の加護だけで充分、身体能力が強化されている。条件はさして違わないはずだ。

 キースは自身の手の中に生み出した剣を、アレン目掛けて振り下ろした。

 だが、完全に振り下ろしきる前に、手の中の重みが消える。


(……え)


 キースの剣はクルクルと宙を舞い、地面に突き刺さった。

 それから数秒とせず、剣は消滅する。


「ふーん、〈創造〉の剣って、手放すと一定時間で消えちゃうんだ。そういえば、他者に与えることができるのは上位のみだっけ……で、あってますかね? オズさん」


「その通りだ」


 キースはギョッとした。

 目の前にいたはずのアレンが、いつの間にか自分の背後にいる。


(俺の剣は? 手からすっぽ抜けた?)


 キースは咄嗟に新しい剣を作り、構え直した。

 アレンは剣を握った手をダラリと下げている。自然体だが、無防備ではない。どの位置から斬りかかっても、この男なら対処するだろう、という予感がある。

 アレンが小首を傾げて、薄く笑った。


「君、祝福二つ(ダブル)なら動体視力良いでしょ。もう一回やるから、よく見ててね」


 アレンが動く。キースは咄嗟に防御の構えをとった。

 アレンの剣が消える。その時、キースは手の中に小さな違和感を覚えた。

 握った剣の柄から伝わる振動。そしてキースの手の中からすっぽ抜け、消えていく剣!


(こいつ……剣の柄を叩いて!)


 キースが握る剣を、柄側から高速で叩く。言葉にすると簡単だが、近接戦闘の最中にそんなことをできる人間が、どれだけいるだろう。下手をしたら自分が相手の剣でバッサリ切られる。


(なら、これでどうだ……っ!)


 キースは一度に三本の剣を作り出し、それをアレンめがけて飛ばした。

 作った剣を任意の方向に飛ばす操作も、剣が手元から離れても消滅しないよう持続するのも集中力がいる。キースのとっておきの切り札だ。


「三本だけ?」


 アレンは小首を傾げて、飛来した剣を上に跳ね上げた。一本、二本、三本──その全てが、離れた地面に刺さって、消滅する。

 キースは咄嗟に、新しい剣を作り出そうとしようとした。だがそれより速く、アレンがキースの腹に柄を叩き込む。


「地味な曲芸だね」


 ドスッと重い衝撃のあと、ビリビリと振動が全身に伝わっていく。


(出鱈目だろ……なんだよ、これ……! クソ野郎のくせに!)


 単純に速いとか、力が強いとか、それだけではない技巧を感じた。

 膝をつくキースに、アレンが独り言じみた口調で言う。


「昔、力の差を思い知らせてやろうと思って、相手の剣を砕いたことがあるんだ。そしたら、剣の破片が相手の顔を傷つけちゃって……」


 アレンは目の前にいるキースではなく、オズワルドを見ていた。


「だから、やり方を変えたんだ」



 * * *



 慎重な男オズワルド・グレゴリーは古傷のある顔をしかめた。

 思い出すのは八年前。

 神童と呼ばれて調子に乗っているアレンに、聖騎士の厳しさを教えてやろうと思ったオズワルドは、呆気なく敗北したのだ。

 当時オズワルドは十五歳。アレンは九歳かそこら。

 あの頃のアレンは、今よりもっと荒んだ目をしていて、「面倒くさい」が口癖だった。

 アレンの言う「面倒くさい」は、言い換えると「怠けたい」ではない。「煩わしい」だ。

 あの頃のアレンは、自分の才能に対する大人達の期待の重さと、同年代の少年達の妬みの苦さに押し潰され、全てが煩わしかったのだろう。


『オズさん、面倒くさい』


 そう呟いてアレンが振るった剣の、信じられないような重さと衝撃を、今でも指が覚えている。オズワルドが加護持ち(ブレスド)でなかったら、指の骨がグシャグシャになっていたのではないだろうか。

 それでも負けるものかと粘っていたら、剣をへし折られた。

 その破片がオズワルドの顔面を抉った時、鮮血の向こう側でアレンがどんな顔をしていたのか──オズワルドは覚えていない。


「もう諦めるの? 俺の弟のテオなら、ボロボロになっても殴り返してくるのに」


 苦い思い出に耽っていたオズワルドは、ハッと我に返り、目の前の光景に意識を向ける。

 哀れなキースは完全に戦意を喪失していた。あれだけ力の差を見せつけられたら、無理もない。

 キースは「くそっ」と短い悪態をついて、アレンに背を向け逃げ出した。

 不憫だとは思うが、これも良い経験だ。

 アレンはもうキースに興味を失ったのか、何事もなかったような顔をしている。


「オズさん、お腹が減りました」


 オズワルドは無言で、己の顔の古傷を指でなぞった。

 アレンが少し気まずそうな顔をする。それがオズワルドには意外だった。

 どうやら自分の中のアレン・ローレンス像は、八年前のクソガキの印象に固まりすぎていたらしい。


「お前にも、罪悪感を抱く心があったんだな」


「え、酷っ……俺、結構気にしてたんですよ? オズさんを男前にしちゃったなー……って」


 冗談で濁しつつ、チラチラとこちらの顔色を伺うような態度は十七歳のそれだった。

 そうだ。才能はあるが、向こうは成人したばかりの未熟者、こちらは二十三歳の大人なのだ。


(こいつは……)


 先ほどアレンは「俺ってもしかして……みんなに嫌われてます?」と言っていた。


(……嫌われているんじゃない。妬まれ、畏怖されているんだ)


 そして、その嫉妬と畏怖は、オズワルドの中にもあるのだ。だが、それを呑み込み、大人の落ち着きをもって言葉を返す。


「この傷が俺を慎重にした。別に気にする必要はない。しかし……」


 才能だけが取り柄で、他人を見下していた子どもは成長し、ほんの少しは……そう、ほんの少しはマシになったのだろう。少なくとも、昔よりは人間性の片鱗が垣間見える。

 だが、これだけは言いたい。


「テオの強さの理由がよく分かった」


「俺が鍛えましたから」


「このチャランポランで、才能だけが取り柄の兄にしごかれ続け、心折れなかったテオの精神は大したものだ」


「……あの、テオを褒めてくれるのは嬉しいんですけど、俺のことボロクソ言い過ぎでは?」


 才能があった故に、周囲の期待と嫉妬に振り回されたアレン。

 周囲から忘れられてしまうからこそ、才能がなくとも挑み続けたテオ。

 オズワルドはこの兄弟の在り方に、少し興味を惹かれた。


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