【9】(結構気にしてたんだけどなぁ)
「アレン・ローレンス! 俺と勝負しろ!」
アレンは思わず笑顔になった。その笑顔に、オズワルドの眉間の皺が深くなる。不気味な何かを目撃した時の顔である。
アレンはその黒髪の少年と面識がない。だが、向こうはどうやらアレンに物申したいらしい。
少年は非常に整った顔立ちをしていた。黙っていれば繊細そうにも見える美しい少年だ──が、今はその顔を怒りに赤くし、アレンを睨みつけている。
「俺が勝ったら、ランドルフ団長の従騎士の座は、俺のものだ!」
「あぁ、なるほど、そういう……」
この少年は、英雄エルバート・ランドルフの従騎士の座が目的らしい。
アレンとしては、別に従騎士の座にこだわりはない。そもそも、弟のテオと違って、アレンはそこまで英雄エルバートに憧れているわけではないのだ。
寧ろ、テオがことあるごとにエルバートを絶賛するので、兄としてはちょっと面白くなかったりする。テオはあまりアレンを褒めない。
(従騎士の座はどうでも良いけど……それを餌に、訓練相手を釣るのは有りだな)
アレンが密かに打算を働かせていると、オズワルドが渋面で少年に話しかけた。
「キース、アレン・ローレンスは祝福二つだ。お前の腕では……」
「グレゴリー隊長は知ってるだろ? 俺も祝福二つだから、条件は同じだ!」
へぇ、とアレンは目を見張った。
どうやらこのキースという少年も、加護を二つ持っているらしい。
加護持ちは、〈破壊〉〈再生〉〈創造〉いずれかの天使の加護を得て、それぞれの天使ごとに力を得る。
〈破壊〉の加護なら身体能力や戦闘技能の強化。
〈再生〉なら治癒能力。
〈創造〉なら無から有を作り出す。
加護の種類を問わず、加護持ちは身体能力が強化されるので、それだけで充分に強かった。
故に、聖騎士は加護持ちであることが望ましいとされているが、加護持ちは非常に貴重だ。まして、加護を二つ持つ祝福二つは、十人前後しか見つかっていない。
その一人が、このキース少年なのだ。
「先に教えておいてやるよ。俺の加護は二つ! 中位の〈創造〉と〈再生〉だ!」
「そう、すごいね」
実を言うと、アレンは自分の加護にあまり興味がない。
〈破壊〉と〈再生〉の二つがあると聞かされてはいたが、それぞれの位まで調べようと思ったことはなかったのだ。
ただ、流石に聖騎士団に入団してからは、祝福調査委員会と三聖女の立ち会いのもと、祝福鑑査なるものを受けて、加護の種類と強さを確認してもらっている。
「俺は〈破壊〉が中位、〈再生〉が下位、だったかな」
「なら、両方中位の俺の方が上だな!」
キース少年は小鼻をプクプクさせて、その顔いっぱいに自信を貼り付けていた。
そういうところはテオを思わせるが、はてさて。この少年はどこまでいけるだろうか。
「いいよ、勝負しよう。〈創造〉も使って構わない」
* * *
アレン・ローレンスの言葉に、キースはほくそ笑んだ。
(こいつ、俺が年下だからって舐めてやがるな……!)
そういう自分を侮っている相手を実力で叩き伏せるというのは、とても気持ちが良い。
何よりこいつは、最低最悪のクソ野郎なのだ。叩きのめしても、誰も文句を言わないだろう。言う奴がいたら自分が殴ればいい、とキースは思っている。
「行くぜ!」
キースの手の中に剣が生まれた。〈創造〉の加護の力によるものだ。
下位の〈創造〉だと、作り出す武器が小さかったり脆かったりするのだが、中位の〈創造〉であるキースの剣は、そこらの赫鋼の剣よりずっと頑丈だ。
アレンは〈破壊〉の加護持ちで、身体能力が高い。
一方、キースは〈破壊〉の加護を持っていないが、それでも〈再生〉〈創造〉の加護だけで充分、身体能力が強化されている。条件はさして違わないはずだ。
キースは自身の手の中に生み出した剣を、アレン目掛けて振り下ろした。
だが、完全に振り下ろしきる前に、手の中の重みが消える。
(……え)
キースの剣はクルクルと宙を舞い、地面に突き刺さった。
それから数秒とせず、剣は消滅する。
「ふーん、〈創造〉の剣って、手放すと一定時間で消えちゃうんだ。そういえば、他者に与えることができるのは上位のみだっけ……で、あってますかね? オズさん」
「その通りだ」
キースはギョッとした。
目の前にいたはずのアレンが、いつの間にか自分の背後にいる。
(俺の剣は? 手からすっぽ抜けた?)
キースは咄嗟に新しい剣を作り、構え直した。
アレンは剣を握った手をダラリと下げている。自然体だが、無防備ではない。どの位置から斬りかかっても、この男なら対処するだろう、という予感がある。
アレンが小首を傾げて、薄く笑った。
「君、祝福二つなら動体視力良いでしょ。もう一回やるから、よく見ててね」
アレンが動く。キースは咄嗟に防御の構えをとった。
アレンの剣が消える。その時、キースは手の中に小さな違和感を覚えた。
握った剣の柄から伝わる振動。そしてキースの手の中からすっぽ抜け、消えていく剣!
(こいつ……剣の柄を叩いて!)
キースが握る剣を、柄側から高速で叩く。言葉にすると簡単だが、近接戦闘の最中にそんなことをできる人間が、どれだけいるだろう。下手をしたら自分が相手の剣でバッサリ切られる。
(なら、これでどうだ……っ!)
キースは一度に三本の剣を作り出し、それをアレンめがけて飛ばした。
作った剣を任意の方向に飛ばす操作も、剣が手元から離れても消滅しないよう持続するのも集中力がいる。キースのとっておきの切り札だ。
「三本だけ?」
アレンは小首を傾げて、飛来した剣を上に跳ね上げた。一本、二本、三本──その全てが、離れた地面に刺さって、消滅する。
キースは咄嗟に、新しい剣を作り出そうとしようとした。だがそれより速く、アレンがキースの腹に柄を叩き込む。
「地味な曲芸だね」
ドスッと重い衝撃のあと、ビリビリと振動が全身に伝わっていく。
(出鱈目だろ……なんだよ、これ……! クソ野郎のくせに!)
単純に速いとか、力が強いとか、それだけではない技巧を感じた。
膝をつくキースに、アレンが独り言じみた口調で言う。
「昔、力の差を思い知らせてやろうと思って、相手の剣を砕いたことがあるんだ。そしたら、剣の破片が相手の顔を傷つけちゃって……」
アレンは目の前にいるキースではなく、オズワルドを見ていた。
「だから、やり方を変えたんだ」
* * *
慎重な男オズワルド・グレゴリーは古傷のある顔をしかめた。
思い出すのは八年前。
神童と呼ばれて調子に乗っているアレンに、聖騎士の厳しさを教えてやろうと思ったオズワルドは、呆気なく敗北したのだ。
当時オズワルドは十五歳。アレンは九歳かそこら。
あの頃のアレンは、今よりもっと荒んだ目をしていて、「面倒くさい」が口癖だった。
アレンの言う「面倒くさい」は、言い換えると「怠けたい」ではない。「煩わしい」だ。
あの頃のアレンは、自分の才能に対する大人達の期待の重さと、同年代の少年達の妬みの苦さに押し潰され、全てが煩わしかったのだろう。
『オズさん、面倒くさい』
そう呟いてアレンが振るった剣の、信じられないような重さと衝撃を、今でも指が覚えている。オズワルドが加護持ちでなかったら、指の骨がグシャグシャになっていたのではないだろうか。
それでも負けるものかと粘っていたら、剣をへし折られた。
その破片がオズワルドの顔面を抉った時、鮮血の向こう側でアレンがどんな顔をしていたのか──オズワルドは覚えていない。
「もう諦めるの? 俺の弟のテオなら、ボロボロになっても殴り返してくるのに」
苦い思い出に耽っていたオズワルドは、ハッと我に返り、目の前の光景に意識を向ける。
哀れなキースは完全に戦意を喪失していた。あれだけ力の差を見せつけられたら、無理もない。
キースは「くそっ」と短い悪態をついて、アレンに背を向け逃げ出した。
不憫だとは思うが、これも良い経験だ。
アレンはもうキースに興味を失ったのか、何事もなかったような顔をしている。
「オズさん、お腹が減りました」
オズワルドは無言で、己の顔の古傷を指でなぞった。
アレンが少し気まずそうな顔をする。それがオズワルドには意外だった。
どうやら自分の中のアレン・ローレンス像は、八年前のクソガキの印象に固まりすぎていたらしい。
「お前にも、罪悪感を抱く心があったんだな」
「え、酷っ……俺、結構気にしてたんですよ? オズさんを男前にしちゃったなー……って」
冗談で濁しつつ、チラチラとこちらの顔色を伺うような態度は十七歳のそれだった。
そうだ。才能はあるが、向こうは成人したばかりの未熟者、こちらは二十三歳の大人なのだ。
(こいつは……)
先ほどアレンは「俺ってもしかして……みんなに嫌われてます?」と言っていた。
(……嫌われているんじゃない。妬まれ、畏怖されているんだ)
そして、その嫉妬と畏怖は、オズワルドの中にもあるのだ。だが、それを呑み込み、大人の落ち着きをもって言葉を返す。
「この傷が俺を慎重にした。別に気にする必要はない。しかし……」
才能だけが取り柄で、他人を見下していた子どもは成長し、ほんの少しは……そう、ほんの少しはマシになったのだろう。少なくとも、昔よりは人間性の片鱗が垣間見える。
だが、これだけは言いたい。
「テオの強さの理由がよく分かった」
「俺が鍛えましたから」
「このチャランポランで、才能だけが取り柄の兄にしごかれ続け、心折れなかったテオの精神は大したものだ」
「……あの、テオを褒めてくれるのは嬉しいんですけど、俺のことボロクソ言い過ぎでは?」
才能があった故に、周囲の期待と嫉妬に振り回されたアレン。
周囲から忘れられてしまうからこそ、才能がなくとも挑み続けたテオ。
オズワルドはこの兄弟の在り方に、少し興味を惹かれた。




