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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
三章 聖騎士団本部
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【6】優しい童話

 ガートルード、ベリルと別れた後、テオはレニーをポケットに押し込み、娯楽室に向かった。

 娯楽室の本棚には、歴代の灰色騎士達が持ち込んだ本が雑多に詰め込まれている。そこに、ガートルードから貰った冊子を置いておこうと思ったのだ。

呪魔(テルメア)の生態 〜教えて、呪魔(テルメア)博士!〜』は作者に思うところはあるが、内容は非常に充実している。灰色騎士団内で共有した方が良い情報ばかりだ。

 娯楽室のテーブルの前では、白髪赤目の少女──カルラがちょこんと椅子に座って、ノートを広げていた。

 最近のカルラは燃え滓邸(シンダー・ハウス)内では仮面をつけていない。あどけなさの残る白い顔は、真剣に紙面を追いかけていた。

 いつもは、ぼんやりとした表情で思い出に揺蕩っているので、少し珍しい。


「カルラ」


 テオが声をかけると、カルラがパッと顔を上げた。

 ボサボサの白髪がふわっと広がって、元の位置に収まる。驚きに丸くなった赤い目が、テオを見ていた。


「すまない、勉強の邪魔をしてしまったかな?」


「勉強じゃない……思い出の、見直し……」


 そう呟いて、カルラは隣の椅子をズリズリと引っ張る。

 自分の真横に椅子を並べたカルラは、ジィッとテオを見上げた。これは、隣に座って良いのだろうか。

 テオは「失礼します」と小声で断り、カルラの隣に座る。

 腕や肩が触れる距離に少し緊張した。その緊張を誤魔化すように、テオは机のノートを見る。

 古びたノートには、色褪せたインクの文字が連なっていた。もう随分と昔に書かれたものだ。


(そうか、カルラは不老不死の呪いだから……)


 カルラは自分の年齢を覚えていないらしいが、おそらくきっと、この燃え滓邸(シンダー・ハウス)の誰よりも長く生きている。

 このノートも、相当昔に書かれた物なのだろう。

 カルラは広げたままのノートを、テオに見えやすいように動かした。


『ある日、お腹を減らしたズル賢い狐は、前方に林檎の木を見つけました。どっしりと太く立派な木には、ツヤツヤとした真っ赤な林檎が、いくつもぶら下がっています』


 辿々しい文字は、カルラが書いたものだろうか。その内容に、テオは見覚えがあった。


「これって……童話の『狐と林檎』?」


「そう」


 それは古い童話の一つだ。

 ズル賢い狐は、小さなウサギ達を騙して林檎を独占し、更にはウサギ達も食べてしまう。そうしてお腹いっぱいになって身動きが取れなくなった狐を、熊がペロリと食べてしまう……というものだ。

 ところが、ノートに書かれている物語は途中から話が変わってくる。


『ズル賢い狐は、小さなウサギ達のことが可哀想になって、林檎を分けてあげました。すると、そこに熊がやってきたので、狐は熊にも林檎を分けてあげます。狐とウサギと熊は、仲良く林檎を食べました』


 テオは、古びたノートのページをそっと捲る。捲る。

 どれも有名な童話ばかりだ。ただ、内容が微妙に違う。


 狼に食われる間抜けな羊飼いは、優しい隣人達に助けられ、柵を作って生き延び、

 妹に意地悪をするはずだった姉は、妹が可愛くなって、お気に入りのリボンを贈り、

 怖い王様は心を入れ替えて、民に優しくなり、

 悲劇のお姫様には優しい奇跡が起こって、最後は幸せになる。


 これは悲しい結末にならないように、少しずつ手を加えた優しい物語だ。


「昔は、呪魔(テルメア)と戦う時以外は、暗い部屋に閉じ込められていて……そこで、一冊の本と出会ったの……その本が、この物語を教えてくれた」


 以前カルラは、とある本を探していると言っていた。

 もう一度巡り会えたら、他に何もいらない。そのためだけに生きてる──と。

 きっと、その本のことを言っているのだ。


「その物語に触れている時だけは、心がふわふわして……それがわたしにとっての、幸せな時間、だったの」


 ノートに記された物語に、テオは誰かの祈りを感じた。

 この物語を読んだ子どもが悲しくないように、という優しい祈りだ。

 願わくば、その祈りがカルラのためのものであって欲しい。


「あの本がなくなった時、とても悲しかった。忘れたくなかった。だから……紙に書いたの。わたしが、少しでも忘れないように」


 カルラはインクの文字を指でなぞる。

 いつもぼんやりしている横顔が、今はどこか悲しげだ。


「でも、紙やペンを使えるようになるまで、とても時間がかかって……きっと、忘れてしまった物語がたくさんある。それが、とても悲しい」


「じゃあ、一緒に探そう」


 その言葉は、自然と出てきた。

 白髪が揺れて、赤い目がテオを見る。


「ここに書いてある物語はどれも、古い童話をベースにしたものだ。だから、童話集を読んだら、思い出すかもしれない」


 娯楽室の本棚に、童話集はない。

 だから、次に外出する機会があったら、書店に行って童話集を探すのだ。

 或いは、準職員であるノアとモラン夫人に頼んで、図書館で借りてきてもらうのも手だ。


「童話集を読んで、思い出したら、この新しいページに書いて……あれ?」


 ノートの記述は、残り数ページぐらいのところで止まっている。

 そして、その最後のページに一枚のメモ用紙が挟まっているのだ。

 メモにはただ一言「テオ」と書いてある。

 なんでこんな物が挟まっているのだろう? テオが視線で訊ねると、カルラは淡々と答えた。


「忘れたくないから、書いたの」


 テオの胸が強く鼓動した。

 だって、このノートはカルラにとって忘れたくない大事な思い出を書き残した物で──そこに、テオの名前も挟まれていたのだ。

 忘れたくない、の一言だけで、テオは嬉しくて嬉しくて仕方がない。

 にやけた顔をカルラに見られないよう俯いていたら、ポケットからレニーが顔を覗かせた。


「めふぅ」


「ごめん、レニー、今ちょっと顔を上げられないんだ」


 緩んだ顔にギュッと力を込めて引き締める。騎士は簡単にニヤついてはいけないのだ。

 引き締めた顔を持ち上げ、カルラを見る。血の気の薄い白い肌。いつもぼんやりしている赤い目が、今は微睡むのをやめてテオをジッと見ている。

 サラサラした白髪が窓から差し込む日の光を透かして、キラキラと光って見えた。

 不思議と胸がキュッとなる。その感傷を胸に、テオは言った。


「僕を覚えようとしてくれて、ありがとう」


 カルラは、何故お礼を言われているのか分かっていない顔をしている。それでも構わない。

 ウォルグで暮らしていた頃は、必死で声を張り上げて、主張をして、仕事をして、顔と名前を覚えてもらおうと必死だった。

 人一倍頑張って、ようやく「金髪三つ編みのチビ」とぼんやり認識してもらえる程度だったのだ。

 当たり前のように、組織の一員として扱われているだけで、テオは泣きそうなほど嬉しい。


「テオ」


 カルラが手を伸ばす。白い指先が、テオの小さな三つ編みに触れる。


「わたしは、覚えてる」


 少女の唇がそう告げた瞬間、部屋の扉が勢いよく開いた。駆け込んできたのは、オレンジ色の髪にそばかす顔の少年ヒューゴだ。


「おい、テオ! やべぇぞ、やべぇ! オレ達、呼び出されたんだよ!」


 カルラが伸ばした手を下ろす。

 テオはドキドキうるさい心臓を宥めて、ヒューゴを見た。


「呼び出されたって……任務?」


 呼び出されたとなれば、それぐらいしか思いつかない。

 だが、ヒューゴが口にしたのは意外な人物だった。


「そうじゃねぇよ。プリンス・オブ・ルケイオン──リチャード王太子殿下が来てるんだ! オレ達に用事があるって! オレ達、王子様に呼び出されたんだよ!」


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