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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
三章 聖騎士団本部
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【7】切れ者王太子と紙袋のおっさん


 プリンス・オブ・ルケイオンは、このルノア王国における王太子の称号である。

 国王陛下からの信も厚く、現在は中央(エリントン)軍の実権を握り、ゴートレール城で指揮を執っているという。

 そんなリチャード王太子は、今年で四十歳。短い茶髪を整えた精悍な男だ。鍛えられた長身に、軍服がよく似合っている。

 ソファに座るリチャード王太子には、人の上に立つ者特有の貫禄があった。

 一方、その向かいの席に座る、テオ達の上司──灰色騎士団団長JJは、悲しいほどに貫禄がなかった。紙袋をかぶった不審者だ。

 うっすら肉ののった背中を丸める座り方など、くたびれた中年のそれである。せめて王太子の前でぐらい、もう少し体に力を入れて座ってほしい。

 テオはJJの紙袋をチラチラと見る。


(王太子殿下の前でも、紙袋被ってていいのかな……無礼者、って怒られないかな……)


 リチャード王太子の後ろには、近衛歩兵連隊(ロイヤル・フェザー)の制服を着た護衛が二人並んでいる。

 一方、JJが座るソファの後ろには、焦茶の髪を撫でつけた眼鏡の男、アーチボルド管理官が立っていた。

 入室したテオとヒューゴは、その隣に並んで立つ。

 リチャード王太子が、テオとヒューゴを見た。

 鋭い眼光に一瞬ドキッとする。目の力が強い人だ、と思った。

 テオの憧れの英雄エルバート・ランドルフもそうだ。穏やかだが目に力がある。


「私は、ルノア王国第一王子リチャードだ。〈支配〉と〈忘却〉の呪いを持つ灰色騎士よ、名乗るが良い」


 ヒューゴの口が三角形になって固まった。あれは、緊張で頭が真っ白になってる顔だ。

 なので、テオが先に口を開く。


「〈忘却〉のテオです」


「〈支配〉のヒューゴですっ」


 強い目が、テオとヒューゴを交互に見定める。

 こういう時、テオは相手の目をじっと見る癖があった。自分のことを覚えてほしい、という欲求からくる行動だ。

 テオが真っ直ぐに見つめ返すと、リチャード王太子は口の端を持ち上げた。


「良い目だな」


 声にも力がある人だ。褒められると、なんとなく嬉しくなる。

 そこに力のない声が割り込んだ。紙袋をかぶった灰色騎士団長JJである。


「あのー、それで、この二人にご用件というのは……」


「教皇庁から連絡があってな。連中は、〈支配〉と〈忘却〉の灰色騎士を、聖騎士団本部に連れてこいという」


 テオは思わずヒューゴと顔を見合わせた。


(僕達が、聖騎士団本部に……?)


「『〈支配〉と〈忘却〉、いずれも悪しき使い方をすれば、世に混乱をもたらす危険な代物である。よって、天使の使徒たる聖騎士達と共に戦うに相応しい器か、教皇聖下自ら見定める』──とのことだ」


 テオは更に衝撃を受けた。

 それはつまり、聖騎士団の本部に教皇が極秘で出向いて、テオ達と会う──という意味だ。


(これって、灰色騎士ならよくあることなのか……!?)


 テオはチラッと横目でヒューゴを見た。ヒューゴは「そんなん知らねぇよ! 初耳だ!」と言わんばかりの顔で首を横に振っている。

 リチャード王太子は顎ひげを撫で、口の端を持ち上げた。


「そこで、教皇が会いたがるほどの灰色騎士を、この目で直接見てやろうと思ってな」


「あー、教皇より先に見てやるぜ的な、そういうー……」


 JJの言葉に、テオはギョッとした。

 王太子に対してなんという口の利き方! 叱られるのではないか、とテオは肩を竦めたが、意外にもリチャード王太子は喉を仰け反らせて笑った。


「ははっ! その通りだ。教皇が王族の所有物を呼び出すなど、不遜だと思わんか?」


「やー、一応、そちらに話通してんなら良いんじゃないですかね……というか、灰色騎士(うち)は聖騎士と共闘することもあるので、波風立てるのはちょっと困ると言いますかー……」


 ボソボソゴニョゴニョと反論するJJに、リチャードは獰猛な笑みを返す。


「先に波風を立ててきたのは向こうだ。ならば、更なる波で飲みこむのも、やむなしであろう?」


「俺みたいなのは、巻き込まれて波に呑まれちゃうから、ちょっと勘弁してほしいですねー……はい」


 紙袋越しの声はくぐもり、大変モニョモニョしている。反論するならするで、もう少し頑張って欲しい。

 そんなやりとりをしている間も、王太子の護衛二人と、アーチボルド管理官の表情は変わらない。顔色を変えてオロオロしているのは、テオとヒューゴだけだ。

 リチャード王太子はJJとの雑談じみた応酬を切り上げると、テオとヒューゴに向かって言った。


「〈忘却〉の者、〈支配〉の者、既にお前達に関する報告は読んでいる。先日のレジルナの村における呪魔(テルメア)討伐の件もな……」


 そこで言葉を切り、リチャード王太子は遠くのものを見るかのように目を眇め、眉根を寄せた。


「……なるほど、特異な力よな。私は加護を持たぬ故、早くもお前の顔と名前を忘れつつある。私は人の顔と名前を覚えるのは得意なのに、だ」


 値踏みする目には、圧倒的強者の自信と余裕、それと打算があった。

 この王太子は、忘却の呪いという未知の力を前に、怯えるでも不気味がるでもなく、それが自分の役に立つか否かを考えているのだ。


「お前を覚えておくことが私の益になるのなら、私はあらゆる手段を用いてお前の名を記録する。忘却の者よ。この私が忘れられぬほどの功績を残せ。さすれば、その方が望む栄誉をくれてやろう」


 その言葉に、テオの体は自然と動いた。

 右手を胸に頭を下げる。


「仰せのままに、王太子殿下」



 * * *



 第五聖騎士団団長ディエゴ・ファルケは、バルコニーで煙草を吸っているロス総長を見つけると、その隣に立った。

 聖職者も聖騎士も、特別煙草を禁じられてはいないが、非推奨とはされている。特に、神聖な場や会議室等は喫煙を厳しく禁じているので、会議中に煙草だのパイプだのを吸うことができないのだ。

 それは元軍人や元傭兵には、なかなかきつい。

 なので、ディエゴは一服したい時は、人目の少ないバルコニーに出る。そういう時は、元軍人のロス総長と鉢合わせになることがよくあった。

 ディエゴは煙草に火をつけると、雑談とも独り言とも取れる口調で言う。


「先日の件、リチャード王太子殿下に話がいったみたいですぜ」


 先日の件、とは教皇が〈支配〉と〈忘却〉の灰色騎士に会いたがっている、という話だ。


「正直、本当に会いたがってるのは、教皇聖下ではなく〈再生〉の聖女様なんじゃないかと思うんですがねぇ」


 憶測を語り、ロス総長をチラと見る。ロス総長の表情は変わらない。

 ディエゴは気にせず言葉を続けた。


「灰色騎士団の団長は、どう出ますかね? 噂じゃ、なんとも得体の知れない人物らしいですが」


 灰色騎士団の団長は顔の呪印を隠すために紙袋を被り、JJと名乗っているらしい。

 素性は不明。ただ、灰色騎士団に対する様々な規制を緩和し、聖騎士団との交流を円滑にした切れ者、とも言われている。

 ロス総長は短くなった煙草を指でつまみ、呟いた。


「灰色騎士団団長の正体は、概ね見当がついている」


 ディエゴは驚きを隠し、横目でロス総長を見る。

 眠たげな瞼の下の真意は読めない。


「凡庸、そして程々に善。一般人として生きていくなら、それなりに幸せを得られただろう」


 周囲の噂とは異なる見解だ。

 呟く声には、憐憫すら混じっていた。


「本人の資質や才とは関係なしに、与えられた凶刃を振るわねばならぬ立場。実に不憫なことだ」


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