情報の蓄積
第十三章 情報が“雪崩”になる
恭一が投稿した動画は、爆発的に伸びたわけじゃない。
でも、この町にはちょうどいい火種だった。
再生数はじわじわ増え、コメント欄には同じような言葉が並び始める。
「同じ時間に見た」
「駅前でチャリがふらついたの、あれだ」
「通学路でハイビームやる軽、うちも被害ある」
「自動車専用道路で無理やり抜かれた」
恭一は、読み進めるほど胃が重くなった。
“自分だけじゃなかった”という安堵より、
“こんなにあったのか”という恐怖の方が勝っていく。
そして、その雪崩は警察にも届いた。
交番の窓口には、相談が増えた。
電話も増えた。
駅員からの情報も入った。
PTA経由で「通学路の危険運転」についての要望が正式に上がり、学校側からも安全対策の相談が入る。
「動画がある」
「ドラレコがある」
「撮影したスマホがある」
証言は“噂”ではなく、記録に変わっていく。
同じ車両の可能性が高い、という線が濃くなる。
時間帯も、ルートも、だいたい固まっていく。
ただ――
まだ足りないものがあった。
現行の決定打。
その瞬間を、押さえること。
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第十四章 「パトカーじゃ来ない」——恭一の提案
ある日、恭一は警察から連絡を受けた。
ドラレコ提供の相談で、一度話を聞きたいという。
指定されたのは、町の警察署の交通係の窓口だった。
恭一はUSBにバックアップした映像と、通報時刻や場所のメモを持って出向いた。
担当の警察官は、淡々としていた。
感情で動いているわけじゃない。だが、目は真剣だった。
「映像、確認しました。ありがとうございます。危険な車間距離、蛇行、ハイビーム、進路変更の強要に近い動き……。駅前の通学時間帯という点も、非常に問題です」
恭一は頷いた。
「梨花さんのスマホ動画も、提出されたと聞きました」
「はい。別件で提供がありました。こちらも重要です」
恭一は、迷っていた言葉を口にした。
言い方を間違えると、素人の“正義感”に聞こえる。
でも、言わない方がもっと怖かった。
「……正直、パトカーが見えたら、ああいうのって大人しくなると思うんです」
警察官が静かに頷く。
「ええ。危険運転の常習者ほど、見られていると分かると抑えます」
「だから、覆面で張り込みできないですか」
その瞬間、恭一の声が少し強くなったのを自分でも感じた。
駅前の狭い道。通学路。あの速度。あの距離。
「駅のすぐ隣に、小さな空き地があるんです。あそこ、車一台なら停められる。朝、上りと下りの列車が同時に着く時間帯……あいつ、ほぼ同じタイミングで通ります」
警察官はメモを取り、慎重に言った。
「提案としては理解できます。ただ、こちらも人員や優先順位があり、必ず実施できるとは限りません」
恭一はそこで一息置いた。
勢いで押し切りたいわけじゃない。現実の制約もわかる。
ただ、命が関わるなら、できる手は増やしたい。
「もちろん、無理は言えないのは分かってます。でも……現行で押さえないと、いつか本当に——」
言葉が途切れた。
“事故”という単語が喉の奥で引っかかる。
警察官は、少しだけ声のトーンを変えた。
「ええ。私たちも、同じ懸念があります。だからこそ、こうして情報が集まっているのは非常に助かっています。張り込みについては、交通機動隊やパトロール計画も含めて検討します」
恭一は、胸の奥が少しだけ軽くなった。
検討、という言葉は曖昧だ。
でも、ゼロではない。動いている。
警察官は続けた。
「ただし、お願いがあります。今後も動画投稿などをする場合、個人特定につながる内容や、過度な煽りは避けてください。相手が逆上するケースもありますし、模倣も生みます」
「……はい。そこは意識してます。目的は注意喚起だけです」
「ありがとうございます。危険な場面での撮影は、無理にしないでください。まずは身の安全を」
恭一は深く頷いた。
それは現実の言葉だった。
正義のために危険に突っ込む必要はない。
守るためには、まず生き残らないといけない。
窓口を出ると、署の廊下の蛍光灯が妙に白く見えた。
恭一は、駅前の空き地の光景を頭の中で描いた。
覆面パトカーが静かに停まり、
軽自動車がいつものように猛スピードで駅前を抜け、
その瞬間にサイレンではなく、赤色灯が内側から灯る。
(あいつが“上手い”と思ってる運転を、現実が止める)
ただ、それはまだ未来の話だ。
今は、積み上げの途中。
でも確実に、包囲網は狭まっている。




