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危険運転の末路  作者: リンダ


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孤独な王様

 第七章 王様は車内にしかいない


 竹本弘毅の一日は、道路の上で始まり、道路の上で自分を取り戻して終わる。

 職場に着いてしまえば、そこには上司がいて、ルールがあって、順番があって、誰かの指示がある。

 竹本にとってそれは、腹の底に砂を溜めるような時間だった。


 だから、通勤路こそが“自分の時間”だった。


 片側一車線の自動車専用道路。

 前が詰まれば、全員が同じ速度になる。

 その“同じ”が許せない。


「またかよ……」


 前方の軽トラが、流れよりわずかに遅い。

 ただ、ほんの少し。ほんの数キロ。

 それが竹本には、巨大な侮辱のように感じられる。


 車間を詰める。

 ハイビームを断続的に点滅。

 左へ膨らみ、追い越しの意思を見せる。

 相手がミラーを見て動揺するのがわかると、竹本の口角が上がる。


「そうそう、学べ」


 追い越しができる区間を見つける。

 対向車のタイミング、カーブの角度、前車の揺れ。

 頭の中で瞬時に計算しているつもりになって、アクセルを踏み増す。


(いける)


 竹本は“いける”という言葉が好きだった。

 根拠は曖昧でも、言い切った瞬間に自分が強くなる気がするからだ。


 追い越しを仕掛ける。

 対向車のライトが遠くに見える。

 距離が縮む。車体が風に煽られる。

 それでも竹本は踏む。


 すり抜けるように戻り、前へ割り込む。

 その瞬間、胸が熱くなる。


「ほらな。俺は上手い」


 そして、最後に軽くブレーキを踏む。

 ブレーキランプが一瞬、赤く点く。

 後ろがヒヤッとして車間を取る――それを確認する。


(俺が教えてやってるんだよ。危険ってこういうことだ、って)


 矛盾しているのに、矛盾だと感じない。

 竹本の中では、恐怖を与えることが“運転の技術”にすり替わっていた。


 職場の駐車場に着く頃、竹本はもう機嫌が良かった。

 自分を証明した気になっている。


「今日も勝った」


 誰との勝負かもわからないのに。


 第八章 事務所の雑談が“証拠”に変わる


 恭一は朝礼が終わってからも、心が落ち着かなかった。

 同僚の吉岡に話したことで少し軽くなった反面、現実の輪郭がはっきりしてしまったからだ。


 昼休み、事務所の片隅。

 恭一は吉岡と、もう一人――総務の女性、秋山にも話をした。

 秋山は地域のPTAにも顔が利くタイプで、情報網が広い。


「通学路の煽り運転……ああ、それ、私も聞いたことあります」


 秋山は眉を寄せた。


「この前、〇〇小の保護者会で話題になったんですよ。駅前の道、朝に怖い車がいるって」


 恭一の背中がじわりと冷える。


「やっぱり、俺だけじゃないんだ」


「うちの子も、駅の方通る日があるから……。ほら、朝って自転車の子が多いでしょ。何かあってからじゃ遅いって、みんな言ってました」


 恭一は頷いた。

 “みんな言ってた”という言葉が、妙に重い。

 言っているのに止められない。止められないのに毎日来る。

 その無力感が、町の空気に染みている。


「恭一さん、ドラレコ残ってるって言ってましたよね」


 秋山が念押しする。


「はい。ファイルもバックアップしました」


「それ、もし警察が動くなら大事です。あと、他にも被害者がいたら、同じように残ってる可能性ある。点が増えれば線になりますから」


 点が増えれば線になる。

 恭一は、その言い方に救われる一方で、現実の厳しさも感じた。


 つまり――一回の通報では終わらない。

 何度も起きる。何度も積み上げる必要がある。


 その日の夕方、恭一は帰り道で、駅前近くのコンビニに寄った。

 レジの若い店員は、顔を覚えているのか軽く会釈してくる。


 恭一は、会計のついでに、何気なく尋ねた。


「朝、駅前って……危ない車、見たことある?」


 店員は一瞬だけ目を見開き、すぐ周りを見た。

 声を落とす。


「……あります。灰色っぽい軽ですよね? ピカピカやるやつ」


 恭一の胸がぎゅっと締まった。


「やっぱり」


「駅員さんも知ってると思いますよ。たまに外で『またか』って言ってるの聞いたことあります」


 恭一は礼を言って店を出た。

 夕方の空は穏やかな色をしているのに、胸の奥だけが落ち着かない。


 “知っている人間が増えている”――それは、希望でもあり、恐怖でもあった。

 希望は、止められる可能性。

 恐怖は、止められる前に何かが起きる可能性。


 第九章 警察は“すぐには”動けない


 恭一の通報は、きちんと受理されていた。

 記録は残り、担当部署へ回される。


 だが警察は、映画みたいに即日で犯人を捕まえるわけではない。

 通報があっても、現場にパトカーがすぐ来られない時もある。

 そして、煽り運転は“その瞬間”を押さえづらい。


 ただ、それでも――積み上がる。


 町の交番。

 夕方、巡回を終えた警察官が、机の上のメモを見直す。


「また駅前の通学路か……」


 同じ場所、同じ時間帯、同じ車種。

 数週間の間に、似た内容が複数。

 通報だけではない。相談もある。保護者からの声もある。


「ドラレコ提供の申し出もあったな」


 警察官は“今すぐ検挙”という言葉を口にしない。

 その代わり、地味な作業を始める。


 ・時間帯の傾向

 ・走行ルートの推定

 ・車の特徴(色、型、ナンバーの一部)

 ・危険行為のパターン(パッシング、蛇行、車間、無理な追い越し)


 その上で、巡回のルートを少し変える。

 朝の駅前に顔を出す頻度を上げる。

 自動車専用道路の合流付近にも目を向ける。


 すべては“静かな準備”だ。

 検挙という言葉の手前で、包囲が始まる。


 警察官はため息をついた。


「……事故が起きる前に、押さえたいんだがな」


 その一言が、現場の本音だった。


 第十章 “数ヶ月後”へ向かう足音


 竹本弘毅は、まだ何も失っていない。

 免許もある。車もある。職もある。

 だから、変わらない。


 むしろ調子に乗る。


「最近、やたらノロい奴が多いな」

「俺がいなきゃ流れが死ぬ」

「みんな俺の運転見て勉強しろ」


 だが、恭一のドラレコも残っている。

 保護者たちの目撃も残っている。

 駅員の記憶も残っている。

 コンビニ店員の証言も残っている。

 そして、交番のメモが静かに積み重なっていく。


 竹本は、その“積み重なり”を知らない。

 知らないから、今日も通学路を踏む。

 今日も駅前で光らせる。

 今日も自動車専用道路で無理に抜く。


 そして数ヶ月後――

 竹本は「自分が上手いと思っていた運転」が、

 どれだけ多くの人間に“恐怖”として刻まれていたかを、

 逃げ場のない形で突きつけられることになる。


 その朝が、まだ先にあるだけだ。

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