114.赤貪鬼討伐
赤貪鬼の大きな拳が闘神の胸を狙って繰り出される。
彼はとっさに左腕を出してかばった。
籠手の部分が音を立てて砕け散り、激しい衝撃と痛みが彼を襲う。
「ぐっ……金剛石で作った俺様の籠手が……」
闘神は精神的にも衝撃を受ける。
金剛石とは一線級の猛者たちに人気を誇る頑丈な金属の一つだ。
強度と希少度で言えば伝説と言われる神鋼鉄、幻と言われる星鋼鉄、そして緋色鋼に次いで四番めである。
金剛石製の武具を揃えられること自体彼が特別な証拠であり、本人も自分が特別だと確信していた。
「おのれ! 鬼風情がっ!」
冷静に考えれば撤退し、準備を整えて仲間を集めてから再挑戦するべきだろう。
だが、闘神はそんな殊勝な性格ではなかった。
自分の自信を砕いた鬼に対して逆上したのである。
「【スーパーソード】【ウルトラボディ】」
彼は武器と身体能力を強化し、再び鬼に挑む。
鬼にとってこれは計算外のことだったらしく、一瞬対応が遅れる。
闘神はその隙をついて片手だけで、鬼の右肩を目がけて斬撃を放つ。
赤貪鬼は右腕でそれを止めようと試みた。
しかし、今度は闘神の剣がその腕を斬り裂く。
「ガアアッ??」
赤貪鬼は叫びを上げながら足で闘神の左腕を蹴り上げた。
「ぐああああああ」
折れていた腕は鬼の攻撃に耐えきれず、肘から先がちぎれ飛ぶ。
鬼は追撃を仕かけてくることなく、後方へ飛びのく。
「はぁはぁはぁ」
渾身の一撃を放った闘神は消耗が激しく、肩で息をしている。
それでも最後の意地とばかりに、赤貪鬼のことを睨みつけた。
右の肘から先を斬り落とされた赤貪鬼フルヒトは、怒りと憎しみが混ざった視線を彼にぶつけている。
互いに片方の肘から先を失った者同士の睨みあいは、やがて赤貪鬼が背を見せて森の中へと駆け込んだところで終わった。
「に、逃げた……?」
闘神はそう解釈する。
くだらないプライドとは無縁な赤貪鬼は、思わぬ反撃を受けた時点で素早く撤退を決断しただけだ。
それを己の都合のいいように解釈するのが彼という男である。
「俺様に恐れをなしたか……俺様の勝ちだ」
左手を失ったものの、異名持ちが逃走したのだから自分の勝ちというのが彼の言い分だ。
「俺様から左手を奪うとはとんでもない猛者だな」
彼はすぐに小国に知らせようとはしない。
どうすれば自分の名誉に傷がつかないか、理論武装を考えることで精いっぱいだった。
それを幸いとばかりに赤貪鬼フルヒトは住みかがある場所までやってくる。
赤貪鬼フルヒトは大量に飲み食いして体力が回復すれば、腕を再生させることも可能だ。
逃がした時点で闘神の勝ちは消えたも同然で、実質は赤貪鬼フルヒトの勝ちだと言ってもいいほどである。
だが、それが世間に知られることはない。
何故ならば赤貪鬼フルヒトが食事のために移動しようとしたところで、彼の全身が激しい光の柱に包まれて蒸発してしまったからだ。
「赤貪鬼フルヒト、討伐完了」
「ええ。確認いたしました」
光の攻撃で赤貪鬼を消滅させた男はバルトロメウスである。
そして彼の左横には四十歳くらいのグレーの帽子に黒いジャケットを着た紳士が立っていた。
「バルトロメウス様のご協力に感謝を」
紳士は帽子を脱いで、バルに向かってうやうやしくお辞儀をする。
「貴国からの要請に答えろと、皇帝陛下の命令があったからな。礼には及ばない」
彼はそう答えた。
「ではあなたに出撃を命じて下さった皇帝陛下に感謝を」
紳士はにこやかな笑みで訂正する。
「成功報酬は後日支払います。信じていただけるとうれしいのですが」
「ああ。貴国は、商国はその点信用できると思っている」
「光栄ですな。では私はこれにて失礼いたします」
商国の紳士はバルにもう一度礼をして転移魔術の魔術具を用いて姿を消す。




