115.ヘンドラー商国
ヘンドラー商国は王国の北部に位置している。
この国が他国から奇妙に思われている点は、商人たちによって運営される「商議会」が最高意思決定組織であることだろう。
登録された商人たちによる投票で二十四人の代表議員が選ばれ、その二十四人によって「商議会」が行われている。
その商議会の開催地である首都フォーンに、バルの赤貪鬼討伐に立ち会っていた紳士が戻ってきた。
紳士は赤いレンガ造りの建物の最上階に行き、黒いドアを開ける。
「ただいま戻りました」
「ご苦労だった」
彼を待っていたのは二十四名の代表議員たちだ。
本来今日は会議の日ではないが、彼が戻ってくるということで集まったのである。
「それで首尾はどうだった?」
「王国の闘神は赤貪鬼退治に失敗しましたが、光の戦神が事もなげに倒してくれました」
紳士が簡潔に報告すると、代表議員たちの反応が二つに分かれた。
「やはり帝国に頼んでおいて正解だったな」
「うむ。光の戦神の強さ、噂通りと考えてよいだろう」
まずは赤貪鬼が討伐されたことを喜ぶ者たちである。
こちらの方が割合としては多い。
「それにしても王国のふがいなさよ」
「大して頼りにならないくせに態度だけは大陸一か」
「何とかできないものだろうか」
もうひとつが王国のふがいなさに怒り、嘆く者たちである。
王国は大陸西方最強と目されているのだが、実際のところは未知数だった。
自国の戦力を誇示する国が他にはない。
「帝国と王国をかみ合わせ、王国の力をそぎ落とせたらよいのだが、距離の壁がな」
ひとりが忌々しそうに舌打ちする。
彼の狙いを実現するためには距離という恐ろしく強大な障害が存在していた。
帝国は東の果て、王国は西の果てというべき位置に存在しており、間にはいくつもの国家が存在している。
両国が激突しない理由のひとつが、この立地条件だろう。
間にある小国はともかく連邦や都市国家群は、簡単に攻略できる相手ではない。
簡単に攻略できるかもしれない戦力を持つ帝国の方は、この大陸に生きる大多数の民にとって幸せなことに、領土的野心を持ち合わせていなかった。
今はなきゲスターン王国のように、雌雄を決するしかないところまで関係が悪化してしまった場合は、別なのだろうが。
「大陸が戦火に包まれてしまうぞ」
ひとりが不謹慎だと顔をしかめると、別の一人が言った。
「とっくに不穏な兆しが出ているさ。なあ?」
彼は紳士に話しかける。
「ええ。戦神に聞いてみたところ、帝国でも明らかにおかしな魔物の出現があったそうです」
「やはりか……それで裏はとれたのか? まさか戦神の言葉を聞いただけで帰ってきたわけじゃあるまい?」
代表議員の言葉に紳士はうなずく。
「はい。諜報部を十人ほど放ち、確認してまいりました。もっとも五名ほど消息を絶ったので、おそらく帝国に気取られて始末されたのではないかと」
「……帝国は防諜能力が低いと聞いた覚えがあるが、デマだったのか?」
別の代表議員が疑問を投げる。
紳士は慎重に答えた。
「そうかもしれませんし、最近強化されたのかもしれません」
「試してみる訳にはいかないのだろうな?」
「むろんだ。今のところわが国と帝国の仲は悪くないが、間諜を送ったのがばれたらそうもいかない」
別の代表議員がそう言う。
女性の代表議員が冷笑した。
「あら? 消息を絶った五人がわが国の者だとばれていなければの話じゃない?」
冷静な指摘に一瞬場の空気が静まり返る。
「ふん、帝国だってわが国に間諜を送るくらいしておるだろう。お互いさまというだけよ」
年老いた代表議員が鼻で笑う。
老かいという言葉が似合いそうな男性だった。
「まあいい。とりあえず当面の脅威は去った。今のうちに流通を再開させ、ひと儲けさせてもらうとしようではないか」
議長の言葉に異議は出なかった。




