113.王国の闘神
闘神は意気揚々と“赤貪鬼フルヒト”退治に乗り出す。
(異名持ちごとき、恐れるに足りぬわ)
彼が異名持ちを退治するのは初めてではない。
だからこそ自信たっぷりだった。
異名持ちと言っても強さもタイプも様々である。
(一級冒険者パーティーが敗れた相手ならば油断はできないが、しょせん二級パーティーが負けた程度の相手だ)
一級冒険者でも結果は変わらないかもしれないという警戒心は、闘神にはなかった。
彼は小国の首都の城まで転移魔術で飛び、騒然となる見張りの兵士たちに傲然と告げる。
「我こそは王国の誉れ高き十六柱傑の闘神である。貴国の依頼により、赤貪鬼とやらを始末しに参った。公爵に会わせてもらおう」
あまりにも物言いに兵士たちは怒りを覚えたが、王国は小国が逆らっていい相手ではない。
悔しさに手を震わせながらかろうじて礼儀を守った返答をする。
「十六柱傑の方々がいらっしゃるとは、望外の喜びにございます。今、取次の者を走らせますので、応接室でお待ち願いますでしょうか」
「手際が悪いな。まあ、田舎の小国に大国相手の礼節を守れと言っても酷な話であろう。我は寛大だからな。特別に許して遣わす」
闘神はどこまでも上から目線の物言いだった。
案内する侍女の尻を撫でて悲鳴を上げられると「下品な女だな」と言い放つ。
彼が去ったあと、兵士たちは憤然として上司にかみついた。
「何なんですかあいつ!」
上司の兵士長は苦悩にまみれた顔で声を吐き出す。
「王国が誇る最強の戦力の一角だ。怒らせると、この国はあっという間に潰されてしまうだろう」
「だからってそんな……」
兵士たちは悔しそうに歯噛みする。
実際、小国の国力では王国に挑戦することなどできはしない。
王国は十万の大軍を編成できるのに対し、この国は千に届くかどうかというところだ。
最初から勝負にならないのである。
「それに奴の装備を見たか? 全てが金剛石だぞ」
「金剛石……」
兵士長の言葉に部下たちは絶句した。
金剛石は一流に人気の高い金属だが、希少で値段も高い。
小国では誰も持っていないランクの材料である。
「……俺たちにもっと力があれば、あんな奴に頼まなくてもいいのに」
「公爵閣下はどうして王国を頼ったのですか。どうせ頼むなら帝国に頼めばよかったのに」
それでも不満は抑えられない。
どれだけの装備を持っていようが、中身が最悪だ。
一人の兵士が嘆くのを、兵士長が声を低めて彼をたしなめる。
「しっ。王国はとにかく帝国を目の敵にしている。帝国を頼ったと知られたら、それだけでわが国は一気に窮地に立たされる」
「……何でこの国は王国の隣にあるんだろう」
兵士たちは祖国の運のなさを呪った。
王国から離れていて、帝国の近くにあれば何の憂いもなく帝国を頼ることができたのに。
そう思わずにはいられなかった。
彼らの反感を嘲笑いながら闘神は城でもてなしを受ける。
彼がいくら傲慢でも、報酬は成功後という点だけは変わらなかった。
前払い代わりに高い酒を飲み、豪華な食事を食らい、美女たちに接待させてご機嫌だったのだが、「民のためならば」と小国の主たる公爵は耐えた。
自分の妻と娘を愛人のごとき扱いを受けるという恥辱も我慢したのである。
その公爵を見て、臣下たちも「公爵閣下が耐えているのだから」とどうにかやりすごしたのだった。
もしも小国にもっと国力があれば王国との間で戦争が起こったかもしれない。
それほどやりたい放題をやった闘神が魔物退治へと向かったのは、翌朝太陽が天高く昇ってからだった。
彼の背中を小国人たちはいまいましそうに見送る。
負けてしまえとは思わなかった。
自分たちが困るからである。
彼らが考えたのは「赤貪鬼と相打ちになってしまえ」だった。
赤貪鬼フルヒトが出没する場所に到着した闘神は、肌がひりつくような嫌な予感に襲われる。
(出たな)
闘神が剣を抜くと同時に、空か巨大な赤い鬼が降ってきた。
森の奥から飛び越えてきたのだろう。
人間の常識を超えた身体能力はさすが鬼というところか。
「人間、人間、食う、食う」
フルヒトは金の瞳を向けながら、ニタニタと笑い白い歯をむき出しにする。
闘神のことを新しい食料としか思っていないことは明らかだった。
「下等な鬼ごときが、無礼だな。身の程を知るがいい! 【スーパーソード】」
闘神は己の剣に付与魔術を発動させる。
高等魔術の一つで剣の切れ味、耐久力を上昇させ、物理攻撃耐性を突破する効果を与えるのだ。
青白い光をうっすらと放つ剣を見ても、フルヒトの名をつけられた赤鬼はニタニタと笑うだけである。
これまで多くの人間、冒険者を返り討ちにしてきた鬼は、「獲物はどいつも似たようなことをする」と感じただけなのだろう。
「私と有象無象の区別がつかぬとは、しょせん鬼の知能か」
闘神は自信たっぷりに冷笑する。
「【猛る稲妻】」
まずは魔術での先制攻撃だ。
【猛る稲妻】は術者の力量に応じて五本から数十本の雷の槍を撃つ雷の高等魔術である。
闘神が撃ち出した数は二十五本であり、しかもきちんと制御されていた。
オーガはもちろん、トロールですら灰にしてしまうほど強烈な一撃がフルヒトに直撃する。
しかし、フルヒトは灰になるどころか耐えきり、咆哮をあげて彼を目がけて突っ込んできた。
「ちっ、雑魚とは言え異名持ちか」
闘神は逃げたりせず、地を蹴って自分から距離を詰める。
一瞬の間にフルヒトの右横に移動した光景を人が見れば、転移魔術だと勘違いしただろう。
しかし、これは【縮地】と呼ばれる技術である。
一流の武人の中でも少数しか使えないとされる高等技術を、彼は見事に使いこなす。
そして付与魔術で強化された剣で切りつける。
高等魔術に高等技術を併用して戦う魔戦士というのが彼の戦闘スタイルだった。
(とった!)
闘神はフルヒトの首に己の剣が触れる直前、勝利を確認する。
ところが、次の瞬間剣が鬼の皮膚にはじかれてしまった。
「何だと……」
驚く彼にフルヒトのたくましい腕がぶんと振るわれる。
間一髪、彼は後ろに飛んで避けたものの、髪が数本はらりと落ちた。
「鬼ごときが俺様の斬撃に耐えただと」
そんな馬鹿なと闘神は思う。
異名持ちとは言え、彼の敵がいるはずがなかった。
彼こそが大陸最強の戦士であり、帝国の八神輝など物の数ではないはずだった。
彼の自信は大きな音を立てて砕けていく。
「ガアアアアアっ!」
硬直する彼に赤貪鬼フルヒトが吠えて突っ込む。




