第66話 『壊れかけた自分』
「あの樹に、世界中の人間の脳が……?」
「そう。脳みそ自体はワタシが培養した」
「それに、記憶と人格を植え付けたのか?」
「その通り。滅亡の前に準備は整えておいた」
キラキラ光るセフィロトの樹を眺めながら。
俺は確認するべく質問して、博士は答えた。
彼女が開発した医療カプセルを用いて。
事前に記憶と人格はデータ化して確保。
あとは滅亡と同時に培養した脳にインプット。
そうして、全人類を救い、幸せな夢を見せた。
「だけど、どうにも解せないな」
「何が解せないんだい?」
「あんたは生身の身体を嫌ってんだろ?」
「そうだね。ワタシは生身の身体を捨てた」
「なら、なんで生身の脳みそを作った?」
生身の肉体が嫌で、機械の身体を作った博士。
それなのにどうして生身の脳を培養したのか。
何故、集積回路と記憶媒体で代用しないのか。
「答えは簡単さ。魂を宿らせる為だよ」
「魂?」
「そう。人間の魂は、生身に宿るのさ」
魂は生身に宿る。しかし、それでは矛盾する。
「あんたは機械に魂を宿らせたんだろ?」
「それはワタシの魂に適正があったからさ」
「適正?」
「機械の身体を受け入れる、適正だよ」
えへんと誇らしげに胸を張る博士。
その慎ましやかな微乳を横目で見ながら。
俺はその言葉の意味を、考えてみる。
機械の身体を受け入れる適正。
それは恐らく、常人には持ち得ない。
生身の人間は、生身の身体に依存する。
試しに自分か機械の身体となったらどうか。
やはり、違和感を感じるだろう。
博士の技術力ならば、その身体は快適な筈。
しかし、意思又は魂が、それを拒む。
「なるほどな。あんたは特別なのか」
「そうとも。普通の人間は拒絶反応が起きる」
「魂と身体が一致しないってことか?」
「その通り。だから生身の脳みそを用意した」
疑問が解消されて納得すると、ぽつりと呟く。
「それに、その方が管理し易かったからね」
「管理?」
「そう。生身の肉体には寿命があるだろう?」
「まあ、そうだな。それが関係あるのか?」
「寿命ごとにリセットして、品質を保つのさ」
寿命ごとに、リセット。擬似的な死だろうか?
「夢の中で死を経験させるのか?」
「じゃないと、意識が混濁するからね」
「どういうことだ?」
「それは君が一番良く知っているだろう?」
言われて、悟る。前世の記憶のことか。
「前世の記憶を忘れる必要があるのか」
「忘れて、また新しい夢を見るのさ」
「そうしないと、どうなるんだ?」
「いずれ狂ってしまうね。心が摩耗する」
「俺はわりと平気だけど?」
「本当にそうかい?」
不意に、尋ね返されて、困惑。
俺も一応、スキルで記憶を整理している。
しかし、転生し続けた事実は残したまま。
そうしておけば、これといって不具合はない。
「大丈夫だ。俺は正常だ」
「ふむ。自覚がないんだね」
「なんのことだ?」
「君はそろそろ限界を迎えるのさ」
医者みたいに重苦しい宣告をされて、戸惑う。
「俺は、壊れちまうのか?」
「いや、もうだいぶ壊れてるよ」
「93万年も童貞を守ったのが原因か!?」
「そんなことは何ら関係ない」
シリアスを壊そうとしたら、きっぱり否定。
「君はワタシの夢から抜け出しただろう?」
「あれは、夢に神の奴が出てきてだな……」
「それこそが、君が壊れている証拠さ」
この世界に来て、保護されて夢を見た。
それはとても幸せな夢で、心地良かった。
神との問答がなければ、抜け出れなかった。
そうして抜け出すのは、異常だったらしい。
「夢の中でも君は君であり続けた」
「そんなの当たり前だろう?」
「いや、普通の人間ならば、理性を失う」
博士は指摘する。俺と普通の人間の、違いを。
「あの樹で彼らはどんな夢を見てると思う?」
「幸せな夢を見ているんだろ?」
「じゃあ、その幸せとは、なんだと思う?」
唐突に幸せの定義を尋ねられて、首を傾げる。
そんなものは、人それぞれだろう。
金持ちになりたいとか。モテたいとか。
現に俺だって、モテモテだったしな。
それに、死んだ姉ちゃんもいた。
あれこそが、俺にとっての幸せだった。
あの夢をひとことで表すならば、そうだな。
「自分が心地いい環境……みたいな感じかな」
そんな無難な返答を口にすると博士は頷いて。
「そうだね。だから君は、童貞のままだった」
「ど、童貞なのは仕方ないだろ!?」
「本来ならば、夢を見た瞬間に卒業している」
「は?」
夢を見た瞬間。あの時は、たしか……そうだ。
俺は姉ちゃんに添い寝されていた。
その瞬間に童貞卒業は、絶対にあり得ない。
「あれは相手が姉ちゃんだったから……」
「じゃあ、昼休みの生徒会長はどうだい?」
「あ、あいつは、元々小悪魔だったし……」
「絆創膏宣言までされたのにかい?」
夢を覗かれたことは聞いたけれど。
ここまで詳細を把握されると恥ずかしい。
絆創膏宣言まで見られてたのか。
あれが自分の妄想だと思うと居た堪れない。
「いや、あれは冗談だろ。明らかに」
「普通の人間なら即パコッてたよ」
「唐突に卑猥なこと言うなってば」
そんなことを追求されても困ってしまう。
「人間の男共なんて大抵はそんな夢さ」
「そうなのか?」
「うん。金持ちになって、パコパコ祭だよ」
「パコパコ祭かぁ……胸が熱くなるな」
さぞ盛大なお祭りなんだろう。しかし博士は。
「君はそんな状況下でも、きっと冷静さ」
「まあ、たしかに俺は紳士だからな」
「ふざけるのはやめたまえ。真面目な話だ」
茶化すと、めっとされた。俺は神妙に。
「結局、何が言いたいんだ?」
「その冷静な部分こそが、魂の異常だ」
「んなこと言われてもよくわからん」
「じゃあ、簡単に指摘してあげよう」
博士はちょっと怒ったように、問題点を指摘。
「出歯亀ちゃんに会いたいと思っただろう?」
「神の売り言葉に買い言葉でな」
「それが君の本心で、それこそが、大問題だ」
博士はソファから立ち上がり、仁王立ち。
俺の前で腕を組んで、頬を膨らませている。
相当お気に召さなかった様子。なんでだ?
「あいつに会おうとしたら、いけないのか?」
「駄目だよ。ワタシは絶対許さない」
「あんたの個人的感情かよ……」
「そうとも。ワタシはあの子が大嫌いだ」
どうやら博士は出歯亀のことが嫌いらしい。
直接会ったわけでもないのに嫌われる出歯亀。
なんだか不憫になって、一応擁護しておく。
「あいつにだってそれなりに良いとこが……」
「ない」
取りつく島もない。これにはカチンときて。
「あんたに何がわかんだよ?」
「ワタシにはよくわかってる」
「直接会ったこともない癖にか?」
「君の記憶を見て、その性質を見知った」
「なら、あんたも出歯亀の仲間ってわけだ」
出歯亀をよく知りもしないのに貶されて。
俺はむっとして、やや攻撃的な口調となり。
記憶を覗いた博士を出歯亀の仲間と言った。
保護されていたとはいえ、覗きは覗きだ。
しかも、夢の中まで盗み見てやがった。
出歯亀だって、記憶や夢までは覗かない。
だから、つい責めるような発言をすると。
「ぐすっ……ワ、ワタシは……最低だ」
「なっ!? なんで泣いてんだよ!?」
突然ポロポロ泣き出した博士。
純水の涙が、次から次へと溢れる。
女の涙は、ずるい。何度泣かれても動揺する。
自分が泣かせたことの罪悪感が募り。
男である俺は、意味もなく、謝ってしまう。
「わ、悪かったよ。言い過ぎた」
「ち、違うんだ。君は悪くない」
「悪くなくても、泣かせちまった」
「この涙は……自業自得なのだよ……ぐすん」
鼻をすすりながら、自業自得と言う博士。
そんな彼女の手を引き、とりあえず座らせる。
未だに泣いている女に、どう接するべきか。
童貞の俺には肩を抱くような気遣いも出来ず。
ただ隣に座って、泣きやむのを待った。
「……吸血鬼くん」
「落ち着いたか?」
「うん……ごめんね」
「まあ、誰だって泣く時はあるさ」
我ながら、口下手にも程がある。
こんな慰めの言葉しか言えない不甲斐なさ。
だから童貞なんだろうと、思いつつ。
ふと、これまでの93万年間を思い返して。
俺もだいぶ泣き虫だったと自覚する。
わりと頻繁に涙を流していた。
だから、博士に少しだけ親近感を覚えた。
「あんたと俺は、似ているかもな」
「そうだね……そして、出歯亀ちゃんもね」
俺と博士と、そして出歯亀。
それぞれに、似かよった点が見受けられる。
しかし、共通するのは、良い部分ではない。
そこでようやく、親近感の正体に、気づいた。
「駄目なところが、似てるんだな」
「そう。欠点とでも呼ぶべき、汚点だよ」
「それは言い過ぎじゃないか?」
「現に我々は同族嫌悪を覚えているだろう?」
そう言われると、そうかも知れない。
同族嫌悪。それが一番、適切だろう。
夢の中で、俺は神に言った。
自分の駄目なところを忘れない為に必要だと。
出歯亀の、駄目な部分。
それは人間ならば誰しも持つ欠点だ。
だらしなかったり、覗きをしたり。
そんな汚い汚点に、同族嫌悪を抱く。
「だから、ワタシはあの子が嫌いなのさ」
それが、博士が涙を流した理由らしい。
「自分の嫌なところを見たくないからか?」
「その通り。誰だってそうだろう?」
「まあ、そうかもな」
特に異論は見当たらない。
人が人を嫌うのは、嫌な部分があるから。
何故それを嫌だと思うかと言えば、鏡だから。
自分の嫌な部分を、見たくないからだ。
「それなのに、君は彼女に会いたいと言う」
拗ねたように、博士は口を尖らせる。
それが、彼女にとっては不満らしい。
俺の手を弄びながら、愚痴をぶつける。
「せっかく、幸せな夢を見せてあげたのにさ」
「なんか、申し訳ないな」
「謝るよりも、理由を聞かせてくれ」
何故か叱られてしまった。理由と言われても。
「俺が世界の中心ってのは違和感があってさ」
「違和感?」
「だって、俺は平凡な凡人だったんだぜ?」
それなのに、夢の中でチヤホヤされて。
もちろん嬉しいけれど、どこか冷めた。
こんな都合の良い世界なんて、あり得ないと。
「そんな俺にあの夢は、合わなかった」
言葉にして、自分で納得する。
俺に実現可能な幸せなんて、たかが知れてる。
出歯亀と怠惰に過ごすのが、お似合いだ。
自分の欠点や汚点と、向き合いながら。
「ところで、気になったんだが……」
「なんだい?」
「どうして記憶をリセットしなかったんだ?」
話をしているうちに、その疑問をぶつかった。
博士は俺に夢を受け入れさせたかった様子。
だったら、これまでの経緯を消せば良かった。
全てを忘れさせて、夢を見せるべきだった。
「そうすりゃ、俺は夢を受け入れただろ?」
「そんな確証はどこにもないし、そもそもだ」
「なんだよ?」
「ワタシは君に、選択肢を与えたかったんだ」
「夢を受け入れるか、俺に決めさせたわけか」
「その通り。それが、科学者の義務だからね」
博士は俺に、選択肢をくれたらしい。
その判断材料として、記憶を残した。
それが、科学者としての、義務だと。
爆弾を作った際も、選択は人類に委ねた。
きっとそれは高潔な博士の矜持なのだろう。
その結果、俺は夢から覚めることを選んだ。
そのことが、やはり、どうしても不満らしく。
「あのまま寝てれば、リセットしたのに」
「リセットされると、どうなるんだ?」
「初期状態、つまり吸血鬼になる前に戻る」
「平凡な俺に逆戻りってわけか」
「もちろん、周囲の環境は違うけどね」
平凡な高校生だった頃に戻り、モテモテ。
想像すると、違和感しかない。
どの道、そんな選択はあり得なかった。
せめて、何か才能があれば良かったのだが。
元よりないものを強請っても、仕方ない。
しかしながら、一応、それについて尋ねる。
「リセットついでに有能な男に出来ないの?」
「それをしたら、君が君じゃなくなるだろう」
「あ、なるほどね」
有能な俺。そんなものは俺じゃない。
そうしたアイデンティティは弄れない。
無能こそが俺を俺たらしめているとは。
なんとも、現実とは、ままならないものだ。
「ワタシからも聞きたいことがある」
嘆いていると、不意に博士が質問してきた。
「なんだ? 改まって」
「君の夢に出てきた、神様の件だ」
「あいつがどうかしたのか?」
「その存在を、君は理解してるかい?」
「神は神だろ? 俺の昔の知り合いだ」
「いや、あれは、そうじゃない」
淡々と答えると、きっぱり否定された。
神が神じゃなければ、一体なんなんだ。
首を傾げると、博士は言葉を選ぶように。
「あれは君の記憶の存在ではなかった」
「なんだよ、それ。神が夢に降臨したって?」
「似たようなものだ。そして君を起こした」
あの野郎、今更夢に降臨なさったらしい。
まあ、神だからな。不思議ではない。
なんだって出来るのだろう。知らんけど。
「93万年も音信不通だった癖に何考えてんだ」
「いや、あの神様は、ずっと君と共にあった」
「は?」
「あれは、摩耗した君の魂の、別人格だ」
噛んで含めるような、博士の解説。
あの神は、摩耗した俺の魂の、別人格?
そう言われても、いまいちピンとこない。
「俺が二重人格だって、言いたいのか?」
「そのようなものだ。君は、壊れている」
「やめてくれ。俺はまともだ」
「壊れてるんだよ、ずっと前から」
「そんなことない! ほっといてくれよ!!」
壊れていると言われて、声を荒げる。
なんて失敬な。誰が壊れてるって?
93万年、ずっと俺は、俺のままだ。
「オレ様が、神なわけないだろうが!!」
怒鳴り散らして、違和感を覚える。
違う。この違和感はずっと前から抱いていた。
事あるごとに使っていた、一人称。
自分を強大に見せる為に、使用していた。
邪神と呼ばれるようになって、頻度が増えた。
俺の神のイメージは、記憶の中の神だ。
だから、あいつの一人称を、真似した。
そう、真似をしたのだ、俺は、オレ様の。
「大丈夫かい?」
心配そうにこちらを伺う、博士。
たぶん、俺は今、酷い顔をしている。
壊れかけた、自分の存在定義。
俺は、オレ様が、何者かわからなくなった。
93万年間、自分であり続けた、俺という存在。
その俺が、いつしかオレ様になっていたなら?
草も生えないって、その文句は、誰のものだ?
わからない。考えたくもない。
このままでは、自分を見失ってしまう。
だから俺は、結論を保留にした。
「悪い……少し、考えさせてくれ」
「ごめんよ。混乱させてしまって」
「いや、こっちこそ、取り乱して、ごめん」
「気にしなくていいさ。話を変えよう」
しどろもどろで、とりあえず謝罪した。
そんな俺を気遣い、博士は話題を変更。
殊更明るく振る舞うように、樹を指差した。
「セフィロトの樹は人形達が管理してるんだ」
「人形が?」
「うん。従順で賢い人形ばかりだよ」
誇らしげにそう言って、リモコンを取り出す。
それはマイクにもなるらしく、命令した。
ガラスの向こうに、博士の号令が響き渡る。
『一旦休憩! 隊列を組み、集合せよ!!』
まるで軍隊のようだと、思っていたら。
瞬く間に、大量の人形が、眼下に集結した。
一部の乱れもなく、整列を終えた、人形軍団。
純白の詰襟のような制服に身を包んでいる。
短めの黒い髪、そして漆黒の瞳、白い肌。
無機質な視線でこちらを見上げる人形達。
その顔は見間違える筈もない。姉ちゃんだ。
沢山の俺の姉ちゃんが、研究所で働いていた。
「なんで……俺の、姉ちゃんが?」
「あの顔は、ワタシの元々の素顔さ」
「あんたの?」
「そうとも。可愛いだろう?」
そう嘯いて、くすくす笑う博士。
初めから、似ているとは思っていた。
しかしながら、今の彼女は別人だ。
俺の姉ちゃんよりも、幾分大人びている。
将来成長したら、そうなりそうな顔立ち。
それに、愛嬌もあるし、雰囲気も違う。
そんな博士の素顔が、俺の姉ちゃん?
「納得出来ないかい?」
「似てるってレベルじゃないぞ」
「そうだろう。それが必然だからね」
「どういう意味だよ?」
「君はこの世界で、彼女に出会うのさ」
なるほど。それならば、納得だ。
93万年間どの世界でも会えなかった姉ちゃん。
それと再会出来たのならば、きっと。
この異世界が、姉ちゃんの原点なのだろう。
「ほら、どの子でも好きに選ぶといい」
「いや、んなこと言われても……」
「優柔不断は、嫌われちゃうよ?」
優柔不断も何も、どれが姉ちゃんかわからん。
皆一様に同じ顔だ。違いがあるとすれば。
彼女たちが着ている白い制服の下の、膨らみ。
身体つきが、それぞれ異なっていた。
「胸の大きさや背丈が微妙に違うんだな」
「そこに気づくとは、お目が高い」
「誰だって気づくだろう」
「体格の差異は、ワタシの試行錯誤さ」
「試行錯誤?」
「理想の人形を模索したのだ」
模索中に色々な体格を試したってわけか。
研究熱心な博士のおかげで、個性がついた。
俺の姉ちゃんの最大の特徴は、無乳。
とりあえず、それと同じ個体を探そう。
「とはいえ、こうも沢山だと困るな」
「ならば、もっとよく観察したまえ」
「んなこと言われても……」
「君は不埒だから、骨盤の形で判別できる」
なんか言いがかりをつけられた。
もちろん、俺はそんな不埒な男ではない。
骨盤の形で見分けられられる訳がない。
と、思いきや。
「ん? あの人形だけ、おかしくないか?」
列の最後尾で、奇妙な人形を発見した。
どうやら整列の際に、転んだらしい。
尻餅をついて、慌てて起き上がろうともがく。
その人形の胸部は、真っ平らだった。
「あの人形が気になるのかね?」
「身体つきが、姉ちゃんと同じだ」
「骨盤も?」
「ああ、間違いない」
尻餅をついた際の、ヒップラインが見事。
幼児体形の癖に、なかなかの美尻だ。
いや、姉ちゃんの尻なんて、知らないけど。
それでも間違いないと言い切る俺の口。
自分が思ってる以上に、俺は不埒らしい。
「あの人形は、意図的に性能を落としてある」
「なんでまた、そんなことを?」
「人形自身に学習させたかったからだ」
「学習?」
「そう。人間と同じく、ね」
要するに、ドジっ子らしい。
だが、俺の姉ちゃんは、完璧だった。
なんでもそつなくこなしていた。
やはり、見間違いだろうか。でも、無乳だし。
確信が揺らいでいると、博士が呼びかけた。
『ポンコツ! ワタシの研究室に来たまえ!』
拡声器でポンコツ呼ばわりする博士。
人形はその命令を受け、慌てて駆け出す。
こちらに向かう道中、何度か転んだ。
たしかに情けないけど、ポンコツは酷い。
「ポンコツ呼ばわりは可哀想だろ」
「甘やかしていては、成長しない」
「いや、だけどさ……」
「優しくするだけでは、育てられないのだ」
きっぱりと、手厳しいことを言う生みの親。
博士は人形を生み出した母親だ。
その彼女がそう言うならば、口出しは無用。
しかし、引っかかる。ポンコツ呼ばわり。
そう言えば、神も姉ちゃんをそう呼んでいた。
その度に俺は憤慨していた、在りし日の記憶。
とにかく、俺だけは優しくしてやろう。
そう決意して、無乳の人形を待つ。
すぐにその人形は、現れた。
「お呼び、ですか?」
「うむ。今日から彼がお前の主人だ」
「ご主人、たま?」
無表情で、首を傾げる無乳の人形。
なんか勝手にご主人様になってしまった。
それはともかく、やっぱり頭が悪そうだな。
「よろしくな」
「あ、はい」
握手しようとすると、博士が叱った。
「ポンコツ、ちゃんと挨拶をしたまえ」
「申し訳、ありません」
「もう一度、ちゃんとやってごらん?」
博士が促すと、人形は恭しく一礼して。
「よろしく、お願いします、ご主人たま」
うん。まあ、これが精一杯なのだろう。
ご主人たまってのが、気になるけれど。
それは置いといて、俺は尋ねる。
「ポンコツ呼ばわりされて嫌じゃないのか?」
「ポコ……チン?」
駄目だこれは。予想以上だ。認識を改める。
ポンコツとポコチンの区別すらつかない。
もう庇いきれない。庇っては、いけない。
唖然とする俺を見て、博士はくすくす笑い。
「これでわかったかね?」
「ああ……こいつは、ポンコツだ」
認めると、博士は満足げに頷き、要請した。
「これも何かの縁だ。君も手伝ってくれ」
「何をだよ?」
「このポンコツの教育を、だよ」
「なんで俺が?」
「君がワタシにとって理想の存在だからだ」
理想の存在に、無垢な人形を教育させる。
理屈はわかるが、逡巡する。
もしもこのポンコツが、原点だったら。
俺の知る姉ちゃんが、変質する可能性がある。
しかし博士は、半ば強引に。
「ワタシの夢を叶えるのを、手伝ってくれ!」
そうやって頭を下げられては、断れない。
人の身体を捨て、沢山の人形を作った博士。
その夢の果てが、どんなものか、興味がある。
ちらりと、ポンコツに視線を送る。
無乳の人形は無機質な表情で首を傾げている。
このポンコツを、果たして教育出来るのか。
わからないけれど、やってみる価値はある。
もしも教育が成功した、その暁には。
また、会えるかも知れない。
俺の会いたい、大切な、姉ちゃんと。
「わかった。オレ様に任せておけ」
画して、初めての子育てが、始まった。




