第65話 『幸せな結末』
「ば、爆弾でなんとかならなかったのか?」
重苦しい沈黙を打ち破り、俺はそう尋ねた。
元の世界で観た映画にそんなシーンがあった。
接近する小惑星を爆弾で爆破して、回避する。
そうであれば爆弾の生みの親の博士は英雄だ。
既に結果はこの目で見てしまったわけだけど。
それでも、そんな夢見がちなことを口にした。
それはこの惨状を、認めたくなかったからだ。
「もちろん、ワタシもその方法は検討した」
「天才のあんたならきっと成功しただろう?」
「いや、失敗しただろうね。だから、やめた」
きっぱりと天才は匙を投げたと口にした。
その口調にはおおよそ未練は含まれておらず。
俺はそれが実現不可能な策だったと悟った。
「一応説明すると、爆破自体は可能だ」
「だ、だったら、どうしてやめたんだ?」
「細かくしたところで直径数十㎞の隕石群だ」
またもや、絶句した。直径数十㎞の隕石群。
それを聞いて自分の浅はかさを思い知った。
そんな俺を慰めるように博士は明るい口調で。
「君の優しさは、ワタシには伝わったよ」
「でも……愚かだって言いたいんだろ?」
「そうだね。しかし、愚かなのは皆同じだ」
「どういう意味だ?」
「追い詰められた人間は、本性を現すのさ」
エレベーターはどんどん上昇。
分厚い灰色の雲の中に入った。
それは水蒸気ではなく、粉塵だった。
ガラス越しに、刻々と形を変える、汚い雲。
その砂煙の中で、博士は人間の愚かさを語る。
「実は幼少時からこうなることは知っていた」
「予想していたのか?」
「天体を観測して接近中の小惑星を発見した」
「それは、他の奴らも知ってたのか?」
「彼らはショボい望遠鏡しか持ってなかった」
博士の天体望遠鏡はよほど優秀だったらしい。
「だったら、教えてやれよ」
「教えたところで何も出来ないんだよ?」
「それは……そうだけど」
「それなら、知らない方が幸せさ」
そう言われると、そんな気もするが。
「なら、落ちるまで気づかなかったのか?」
「いや、流石に数ヶ月前には気づいたさ」
「随分と気づくのが遅かったな」
「各国の政府が事実を隠蔽したからね」
「知らない方が幸せだからか?」
「そう。だけど、彼らは罪悪感に、負けた」
小惑星の接近を隠蔽した各国政府。
理由は博士の結論と同じだったようだ。
しかし、彼らは罪悪感とやらに負けたらしい。
「罪悪感?」
「国民を騙し続けることが出来なかったんだ」
「国民は小惑星の接近に感づいてたのか?」
「もちろん。既に肉眼で見える距離だった」
肉眼で見える距離まで近づいた、小惑星。
直径数100㎞ならば、それも当然か。
日に日に近づき大きくなるそれに怯え始めた。
各国の政府は、事実を隠蔽仕切れなくなった。
「愚かだよね。騙すなら最後まで騙すべきだ」
「良心の呵責ってやつだろ」
「ほう? 君は人間に良心があると?」
「誰だって、ほんの少しくらいはあるだろう」
「さて、それはどうかな。話を続けよう」
所感を述べると、探るような目つき。
全てを見透かすような闇色の瞳に、動揺。
無難な意見で茶を濁すと、博士は話を続けた。
「事実を知った国民は、大パニックに陥った」
「そりゃそうだろうな」
「恐らく、君の想像以上の恐慌状態だよ」
「具体的にはどうなったんだ?」
「落下予想地点に近い国から、脱出を図った」
恐慌状態に陥った、世界中の人々。
落下予想地点から少しでも遠ざかろうとした。
しかし、それは誰だってそう思うだろう。
意思ある生物として、当然の生存本能だ。
「その気持ちはわからなくもないな」
「そうかい? ワタシにはさっぱりだよ」
「いや、誰だって逃げ出したくなるだろ」
「逃げ場なんてないのに?」
言われて、愕然とした。
逃げ出した気持ちは、理解できる。
だが、逃げ場がないのならば、無意味だ。
それでも、逃げずにはいられない、本能。
言葉を失い、沈黙すると、博士は溜息。
やり場のない憤りを、吐き出して。
まるで教師のような優しい口調で、尋ねた。
「逃げ出した人間が、何をしたと思う?」
「あ、穴を掘って、潜ったとか?」
「可愛い発想だね。君は本当に素晴らしい」
褒められたけれど、とても恥ずかしい。
あまりに馬鹿馬鹿しい返答だった。
赤面して、俯く俺を見て、博士は嬉しげ。
こちらの頬を指でつつき、くすくす笑う。
ひとしきり揶揄った後、不意に頬を撫でた。
「人間が皆、君のようだったら良かった」
意味深に囁いたその声音が、酷く哀しげで。
俯いていた顔を上げると、博士は暫し沈黙。
そして、溜息交じりに、口を開いた。
「逃げ出した人間は、略奪を始めたんだ」
「りゃ、略奪って……なんでだよ?」
「それが人間の醜い本性だからさ」
落下予想地点に近い国の国民は国外に逃亡。
その先の諸外国で略奪行為を行った。
何故そんなことをするのか、理解不能だ。
博士はそれを人間の醜い本性だと言った。
「なんだそれ……そいつらは何考えてんだ?」
「きっと、怖かったんだろうね」
「そりゃあ、誰だって怖いだろうけど……」
「怖いから、攻撃的になるのさ」
「だから、避難先の国で略奪をしたって?」
「そう。それが、人間の本性だ」
怖くて、怯える。それはなんとなく、わかる。
しかし、怖いから攻撃的になるなんて。
そこでふと、過去の出来事を思い出す。
元いた世界で、俺は人間の脅威となった。
彼らは俺を恐れ攻撃した。化け物が怖いから。
怖いから、攻撃的になる。それが人間の習性。
まるで理性のない野生動物みたいな奴らだ。
そのことを思い出して、ようやく納得した。
「……なるほどな。タチの悪い奴らだ」
「いやいや、これで終わりではない」
「略奪以外にも、まだ何かしでかしたのか?」
「そうとも。人間の愚かさは、底なしさ」
これでもまだ序の口だと言う博士。
滅亡が差し迫った中、略奪が蔓延。
これ以上事態が悪化するとは思えない。
それは平和ボケした俺の希望的観測であり。
人間という存在を甘く見ていた何よりの証。
俺は彼らのことをちっとも理解してなかった。
そんな俺に博士は告げる。
思わず耳を塞ぎたくなるような。
愚かな人間が行った、最期の過ちを。
「彼らは略奪が行われてる地域を消し去った」
「えっ?」
「ワタシが作った爆弾を、使用したのだよ」
今度こそ、本当に意味がわからない。
なんだって? 爆弾を、使った? なんで?
いやいや。いやいやいや。いやいやいやいや!
「お、おかしいだろ!? なんでだよ!?」
堪らずソファから立ち上がり、怒鳴る。
怒鳴らずにはいられなかった。どうして。
博士の白衣の肩を掴んで、問いただす。
すると、彼女の闇色の瞳から。
一雫の、純水の涙が、溢れ落ちた。
それを見て、頭に上った血が、冷めていく。
冷静さを取り戻して、静かに尋ねた。
「どうして、人間は爆弾を使ったんだ?」
「表向きの理由は、暴動を鎮圧する為だ」
「表向きってことは、裏があんのか?」
「その裏には、人間たる所以が含まれている」
「人間たる、所以……?」
博士は語る。人間の、人間たる、所以を。
「人間は草木ではない。意思があるのだ」
「だから、なんだよ?」
「だから、自らの死に方を、選択した」
「死に方を?」
「そう。隕石なんかに殺されてたまるかとね」
隕石に殺されるくらいなら、自ら死を選んだ。
そのあまりに馬鹿馬鹿しい理屈に、脱力。
ふらふらと、再び博士の隣に、座った。
俺なりにその愚かな選択を考察してみる。
それはきっと、寿命を告げられた患者の心理。
死ぬ日が決まっている者が、自殺を選ぶ理由。
それはきっと、抗いたいからだろう。
俺も人間だったころ、似たような経験をした。
神に高校卒業前に死ぬと告げられ、怯えた。
しかし、平凡な俺は、抵抗すら、諦めた。
何も抗わず、ただ無為に日々を過ごした。
しかし、大多数の人間は、それを拒むだろう。
そこが俺と彼らとの、確固たる違いである。
人間はその死に方すら、自分で選択したのだ。
それは、なんとも。
「人間らしいな」
人ごとのように呟くと、博士はくすりと笑い。
「君なら理解出来ると思ったよ」
「あんたは理解出来ないのか?」
「理解は出来るが、受け入れがたいね」
「俺だってそうさ」
「君はその選択を受け入れたじゃないか」
「不本意ながら、な」
「そんな君は、とても糞魔王らしいよ」
懐かしい呼ばれ方をされて、首を傾げると。
「人間の汚い部分を許容出来る君は、偉い」
「なんだそれ。糞魔王とどんな関係がある?」
「だって、人間の糞尿が好きなんだろう?」
「それは誤解だ」
なんてこと言いやがる。俺は変態ではない。
「俺は、糞尿を我慢する顔が好きなだけだ」
「最低」
「き、嫌わないでくれっ!?」
ゴミを見るような目をされた。冗談なのに。
「とにかく、ワタシにはさっぱりわからない」
「糞尿を我慢する快感を知らないのか?」
「知らないし、知りたくもない。汚いからね」
ぷいっと、顔を逸らす博士。やば。怒らせた?
「わ、悪かったよ。そんなに怒るなって」
「怒ってないよ」
「どう見ても怒ってるじゃん」
「違う。ワタシはただ、拗ねているだけだ」
可愛く頬を膨らませ、拗ねているらしい。
「なんで拗ねてんの?」
「君を理解出来ない自分が、悔しくて」
拗ねた理由もまた可愛いらしい。思わず笑う。
「何言ってんだ。んなこと気にすんなよ」
「気にするとも! いや、気になるのだ」
「何が気になるんだ?」
「そこにワタシの理想がある気がしてね」
またもや意味深なことを言われて、困惑。
それを尋ねる前に、室内に異変が。
周囲を覆っていた雲が晴れて、漆黒に染まる。
暗闇の真下には無残な姿の惑星が見て取れた。
それに目を奪われていると、ふと気づいた。
「なんか、身体が軽いな」
「この辺りから無重力だからね」
「てことは、ここは……宇宙か?」
「そうだよ。そろそろ終着点だ」
惑星の重力を振り切って、宇宙に到達した。
ガラスのチューブは軌道エレベーターだった。
徐々に上昇速度が低下して、身体が浮かぶ。
慣性によって、部屋の天井に着地。
上下の感覚は失われ、真上に惑星が見える。
そこでエレベーターは、止まった。
「はい、到着。どうだった?」
「まさか宇宙まで行くとは思わなかった」
「ふふん。ワタシはすごいだろう?」
「ああ、あんたは天才だ」
得意げな博士を素直に褒める。そして尋ねた。
「あんたは全て予期してたのか?」
「そうだね。その上で、選択肢を与えた」
「人間が爆弾で自殺する選択肢をか?」
「まあ、それを選ぶことは明白だったけどね」
「だったら、あんたは……」
俺が断罪する前に、博士は自らの罪を認めた。
「そうとも。ワタシは大罪を犯した」
いずれその時が来ると知りながら、作った。
ならば、それは、確信犯である。
大量殺戮の原因。それは大罪だ。
「でも、選んだのは人間なんだろ?」
しかしながら、それを選んだのは人間だ。
見方を変えれば、博士の責任ではない。
けれど彼女は、きっぱりと己の責任を主張。
「ワタシはその責任から逃れる気はない」
「一概に、あんたの所為ってわけじゃ……」
「ワタシの罪だ。ワタシの、責任だ」
思わず擁護しようとすると、睨まれた。
頑なに、その罪と責任を主張し続ける。
何故そこまで、意固地になっているのか。
怪訝な視線を送ると、博士は心中を語る。
「ワタシは爆弾を生み出した、母だ」
「爆弾があんたの子供だってことか?」
「そうとも。それが、科学者の責任だ」
生み出した物に、責任を持つ。
なるほど。博士は本当に高潔らしい。
感心して、納得すると、彼女は更に続ける。
「だから、その結果の責任を、取った」
「責任を、取った? あんたが?」
「ワタシにしか出来ないことだった」
「ああ……だから、あんたは……」
「そう。だからワタシは、爆弾を作った」
これが、博士が爆弾を開発した、真意。
他の者では、結果に対して責任を負えない。
しかし、彼女ならば責任を取れるらしい。
ならば、他者に爆弾を作らせてはいけない。
だから、自らの責任で、爆弾を作った。
そして、結果を受けて、責任を取った。
では、どのようにして、責任を取ったのか。
「あんたはどうやって責任を取ったんだ?」
「その答えは、地下の研究所にある」
「またあそこに戻るのか?」
「ああ、帰ろう。君の好きな、穴ぐらに」
別に穴ぐらが好きなわけではない。
隕石が落ちると知ったら、そうするだけだ。
そんな愚かしさを再び指摘されて。
ふんっと鼻を鳴らすと、博士はくすくす笑う。
「それでは、下に参ります」
エレベーターガールのように告げて。
博士はまたリモコンを操作して、降下。
ポッカリ穴の空いた惑星に真っ逆さま。
来た時とは逆向きの慣性で、天井に座る。
博士は灰色の惑星を指差しながら。
世界の終わりの日のことを、語った。
「最初の爆弾をきっかけに、次々撃ち合った」
略奪が横行していた地域の消滅を皮切りに。
次々と、地上に人工の太陽が出現した。
世界各地で閃光が走り、爆風が吹き荒れた。
「それでも、全人類の半数も殺せなかった」
存外、人間はしぶとかったらしい。
人工の太陽の熱戦や爆風にも耐えて。
汚染された惑星で生き残った人々。
彼らは苦しみながら、医療カプセルを頼った。
爆弾の電磁パルスを防ぎ、カプセルは健在。
かなり強固な磁気シールドを施していた。
それに加えて、カプセルは自家発電可能。
文明と共に電力を失った世界でも稼働継続。
全世界にばら撒いたカプセル内で、看取った。
「隕石の落下の恐怖を和らげてあげたのさ」
カプセルで眠る人々に、幸せな夢を見せた。
この時既に、彼らは皆、手遅れの患者だった。
終末の刻は、目前へと、差し迫っていた。
「そして、小惑星は、落下した」
それはまるで空が降ってくるようだった。
直径数100㎞の大質量隕石。
その衝撃は凄まじく、爆風は地表を覆った。
医療カプセルは完全に破壊され。
博士の惑星には草木すら、残らなかった。
そうして、世界は、滅亡した。
「とはいえ、ワタシは生き残った」
事前に小惑星の落下を予期していた博士。
当然、落下予想地点も正確に割り出した。
その上で、地下に強固な研究所を建てた。
「生き残らなければ、責任を取れないからね」
惑星の重力が戻ってきた。
再び、俺たちはソファに座り直す。
分厚い灰色の雲を、突っ切って。
みるみる灰色の大地が、近づいてくる。
そして、穴ぐらへと続く地下へと潜っていく。
「そしてこれこそが、ワタシの救済措置さ」
研究所が建つドームへと戻り、指をさす。
それは、説明を保留していた、オブジェ。
たしか博士はセフィロトの樹と、呼んでいた。
「見たまえ。あの樹こそが、救いだよ」
彼女はそのセフィロトの樹を、救いと称した。
改めて、その大木のオブジェを眺める。
すると、何やらキラキラ、発光している。
まるでイルミネーションのような、飾り。
千里眼を凝らすと、それは沢山の球体だった。
色とりどりに光って、存在を主張している。
「あれは……なんなんだ?」
「あれは、人間の脳みそさ」
「の、脳みそ……だと?」
あの球体ひとつひとつが? マジかよ。
「そうとも。ワタシは彼らを生かしたのだ」
「ど、どうやって……?」
「医療カプセルで記憶と人格を採取した」
「それで脳みそを復活させたってのか!?」
「その通り! 驚いたかね?」
フハハ!と、高らかに笑う、狂気の博士。
明らかに正気ではない。これが、救い。
これこそが医療カプセルを開発した、理由。
彼女は人間の脳だけを、生かし続けていた。
到底信じられる筈もなく、俺は確認する。
「……あれで本当に、生きてんのか?」
「もちろん。生きて、夢を見ている」
「夢?」
「そう。永遠に醒めない、幸せな夢をね」
俄かには信じ難い。しかし、この博士ならば。
どんな無茶も、成し遂げられるだろう。
全てのスキルを科学で実現した、天才。
そんな天才が、世界を救った、結果。
人間は肉体を失い、脳だけとなり、夢を見る。
何度でも思う。狂気の沙汰だと。それでも。
きっとそれは、どんな結末よりも、幸せだ。
「フハハ! こうして世界は救われたのだ!!」
それが、マッドサイエンティストの。
至高の天才たる、この博士の。
人類に対する、責任の、取り方だった。




