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凡人と神様  作者: 遺志又ハ魂
第二部 【詰むまでの物語】
66/72

第65話 『幸せな結末』

「ば、爆弾でなんとかならなかったのか?」


重苦しい沈黙を打ち破り、俺はそう尋ねた。


元の世界で観た映画にそんなシーンがあった。

接近する小惑星を爆弾で爆破して、回避する。

そうであれば爆弾の生みの親の博士は英雄だ。


既に結果はこの目で見てしまったわけだけど。

それでも、そんな夢見がちなことを口にした。

それはこの惨状を、認めたくなかったからだ。


「もちろん、ワタシもその方法は検討した」

「天才のあんたならきっと成功しただろう?」

「いや、失敗しただろうね。だから、やめた」


きっぱりと天才は匙を投げたと口にした。

その口調にはおおよそ未練は含まれておらず。

俺はそれが実現不可能な策だったと悟った。


「一応説明すると、爆破自体は可能だ」

「だ、だったら、どうしてやめたんだ?」

「細かくしたところで直径数十㎞の隕石群だ」


またもや、絶句した。直径数十㎞の隕石群。

それを聞いて自分の浅はかさを思い知った。

そんな俺を慰めるように博士は明るい口調で。


「君の優しさは、ワタシには伝わったよ」

「でも……愚かだって言いたいんだろ?」

「そうだね。しかし、愚かなのは皆同じだ」

「どういう意味だ?」

「追い詰められた人間は、本性を現すのさ」


エレベーターはどんどん上昇。

分厚い灰色の雲の中に入った。

それは水蒸気ではなく、粉塵だった。

ガラス越しに、刻々と形を変える、汚い雲。

その砂煙の中で、博士は人間の愚かさを語る。


「実は幼少時からこうなることは知っていた」

「予想していたのか?」

「天体を観測して接近中の小惑星を発見した」

「それは、他の奴らも知ってたのか?」

「彼らはショボい望遠鏡しか持ってなかった」


博士の天体望遠鏡はよほど優秀だったらしい。


「だったら、教えてやれよ」

「教えたところで何も出来ないんだよ?」

「それは……そうだけど」

「それなら、知らない方が幸せさ」


そう言われると、そんな気もするが。


「なら、落ちるまで気づかなかったのか?」

「いや、流石に数ヶ月前には気づいたさ」

「随分と気づくのが遅かったな」

「各国の政府が事実を隠蔽したからね」

「知らない方が幸せだからか?」

「そう。だけど、彼らは罪悪感に、負けた」


小惑星の接近を隠蔽した各国政府。

理由は博士の結論と同じだったようだ。

しかし、彼らは罪悪感とやらに負けたらしい。


「罪悪感?」

「国民を騙し続けることが出来なかったんだ」

「国民は小惑星の接近に感づいてたのか?」

「もちろん。既に肉眼で見える距離だった」


肉眼で見える距離まで近づいた、小惑星。

直径数100㎞ならば、それも当然か。

日に日に近づき大きくなるそれに怯え始めた。


各国の政府は、事実を隠蔽仕切れなくなった。


「愚かだよね。騙すなら最後まで騙すべきだ」

「良心の呵責ってやつだろ」

「ほう? 君は人間に良心があると?」

「誰だって、ほんの少しくらいはあるだろう」

「さて、それはどうかな。話を続けよう」


所感を述べると、探るような目つき。

全てを見透かすような闇色の瞳に、動揺。

無難な意見で茶を濁すと、博士は話を続けた。


「事実を知った国民は、大パニックに陥った」

「そりゃそうだろうな」

「恐らく、君の想像以上の恐慌状態だよ」

「具体的にはどうなったんだ?」

「落下予想地点に近い国から、脱出を図った」


恐慌状態に陥った、世界中の人々。

落下予想地点から少しでも遠ざかろうとした。

しかし、それは誰だってそう思うだろう。

意思ある生物として、当然の生存本能だ。


「その気持ちはわからなくもないな」

「そうかい? ワタシにはさっぱりだよ」

「いや、誰だって逃げ出したくなるだろ」

「逃げ場なんてないのに?」


言われて、愕然とした。

逃げ出した気持ちは、理解できる。

だが、逃げ場がないのならば、無意味だ。

それでも、逃げずにはいられない、本能。


言葉を失い、沈黙すると、博士は溜息。

やり場のない憤りを、吐き出して。

まるで教師のような優しい口調で、尋ねた。


「逃げ出した人間が、何をしたと思う?」

「あ、穴を掘って、潜ったとか?」

「可愛い発想だね。君は本当に素晴らしい」


褒められたけれど、とても恥ずかしい。

あまりに馬鹿馬鹿しい返答だった。

赤面して、俯く俺を見て、博士は嬉しげ。

こちらの頬を指でつつき、くすくす笑う。

ひとしきり揶揄った後、不意に頬を撫でた。


「人間が皆、君のようだったら良かった」


意味深に囁いたその声音が、酷く哀しげで。

俯いていた顔を上げると、博士は暫し沈黙。

そして、溜息交じりに、口を開いた。


「逃げ出した人間は、略奪を始めたんだ」

「りゃ、略奪って……なんでだよ?」

「それが人間の醜い本性だからさ」


落下予想地点に近い国の国民は国外に逃亡。

その先の諸外国で略奪行為を行った。

何故そんなことをするのか、理解不能だ。


博士はそれを人間の醜い本性だと言った。


「なんだそれ……そいつらは何考えてんだ?」

「きっと、怖かったんだろうね」

「そりゃあ、誰だって怖いだろうけど……」

「怖いから、攻撃的になるのさ」

「だから、避難先の国で略奪をしたって?」

「そう。それが、人間の本性だ」


怖くて、怯える。それはなんとなく、わかる。

しかし、怖いから攻撃的になるなんて。

そこでふと、過去の出来事を思い出す。


元いた世界で、俺は人間の脅威となった。

彼らは俺を恐れ攻撃した。化け物が怖いから。

怖いから、攻撃的になる。それが人間の習性。

まるで理性のない野生動物みたいな奴らだ。

そのことを思い出して、ようやく納得した。


「……なるほどな。タチの悪い奴らだ」

「いやいや、これで終わりではない」

「略奪以外にも、まだ何かしでかしたのか?」

「そうとも。人間の愚かさは、底なしさ」


これでもまだ序の口だと言う博士。

滅亡が差し迫った中、略奪が蔓延。

これ以上事態が悪化するとは思えない。


それは平和ボケした俺の希望的観測であり。

人間という存在を甘く見ていた何よりの証。

俺は彼らのことをちっとも理解してなかった。


そんな俺に博士は告げる。

思わず耳を塞ぎたくなるような。

愚かな人間が行った、最期の過ちを。


「彼らは略奪が行われてる地域を消し去った」

「えっ?」

「ワタシが作った爆弾を、使用したのだよ」


今度こそ、本当に意味がわからない。

なんだって? 爆弾を、使った? なんで?

いやいや。いやいやいや。いやいやいやいや!


「お、おかしいだろ!? なんでだよ!?」


堪らずソファから立ち上がり、怒鳴る。

怒鳴らずにはいられなかった。どうして。

博士の白衣の肩を掴んで、問いただす。


すると、彼女の闇色の瞳から。

一雫の、純水の涙が、溢れ落ちた。

それを見て、頭に上った血が、冷めていく。


冷静さを取り戻して、静かに尋ねた。


「どうして、人間は爆弾を使ったんだ?」

「表向きの理由は、暴動を鎮圧する為だ」

「表向きってことは、裏があんのか?」

「その裏には、人間たる所以が含まれている」

「人間たる、所以……?」


博士は語る。人間の、人間たる、所以を。


「人間は草木ではない。意思があるのだ」

「だから、なんだよ?」

「だから、自らの死に方を、選択した」

「死に方を?」

「そう。隕石なんかに殺されてたまるかとね」


隕石に殺されるくらいなら、自ら死を選んだ。

そのあまりに馬鹿馬鹿しい理屈に、脱力。

ふらふらと、再び博士の隣に、座った。


俺なりにその愚かな選択を考察してみる。

それはきっと、寿命を告げられた患者の心理。

死ぬ日が決まっている者が、自殺を選ぶ理由。

それはきっと、抗いたいからだろう。


俺も人間だったころ、似たような経験をした。

神に高校卒業前に死ぬと告げられ、怯えた。

しかし、平凡な俺は、抵抗すら、諦めた。

何も抗わず、ただ無為に日々を過ごした。


しかし、大多数の人間は、それを拒むだろう。

そこが俺と彼らとの、確固たる違いである。

人間はその死に方すら、自分で選択したのだ。


それは、なんとも。


「人間らしいな」


人ごとのように呟くと、博士はくすりと笑い。


「君なら理解出来ると思ったよ」

「あんたは理解出来ないのか?」

「理解は出来るが、受け入れがたいね」

「俺だってそうさ」

「君はその選択を受け入れたじゃないか」

「不本意ながら、な」

「そんな君は、とても糞魔王らしいよ」


懐かしい呼ばれ方をされて、首を傾げると。


「人間の汚い部分を許容出来る君は、偉い」

「なんだそれ。糞魔王とどんな関係がある?」

「だって、人間の糞尿が好きなんだろう?」

「それは誤解だ」


なんてこと言いやがる。俺は変態ではない。


「俺は、糞尿を我慢する顔が好きなだけだ」

「最低」

「き、嫌わないでくれっ!?」


ゴミを見るような目をされた。冗談なのに。


「とにかく、ワタシにはさっぱりわからない」

「糞尿を我慢する快感を知らないのか?」

「知らないし、知りたくもない。汚いからね」


ぷいっと、顔を逸らす博士。やば。怒らせた?


「わ、悪かったよ。そんなに怒るなって」

「怒ってないよ」

「どう見ても怒ってるじゃん」

「違う。ワタシはただ、拗ねているだけだ」


可愛く頬を膨らませ、拗ねているらしい。


「なんで拗ねてんの?」

「君を理解出来ない自分が、悔しくて」


拗ねた理由もまた可愛いらしい。思わず笑う。


「何言ってんだ。んなこと気にすんなよ」

「気にするとも! いや、気になるのだ」

「何が気になるんだ?」

「そこにワタシの理想がある気がしてね」


またもや意味深なことを言われて、困惑。

それを尋ねる前に、室内に異変が。

周囲を覆っていた雲が晴れて、漆黒に染まる。

暗闇の真下には無残な姿の惑星が見て取れた。


それに目を奪われていると、ふと気づいた。


「なんか、身体が軽いな」

「この辺りから無重力だからね」

「てことは、ここは……宇宙か?」

「そうだよ。そろそろ終着点だ」


惑星の重力を振り切って、宇宙に到達した。

ガラスのチューブは軌道エレベーターだった。

徐々に上昇速度が低下して、身体が浮かぶ。


慣性によって、部屋の天井に着地。

上下の感覚は失われ、真上に惑星が見える。

そこでエレベーターは、止まった。


「はい、到着。どうだった?」

「まさか宇宙まで行くとは思わなかった」

「ふふん。ワタシはすごいだろう?」

「ああ、あんたは天才だ」


得意げな博士を素直に褒める。そして尋ねた。


「あんたは全て予期してたのか?」

「そうだね。その上で、選択肢を与えた」

「人間が爆弾で自殺する選択肢をか?」

「まあ、それを選ぶことは明白だったけどね」

「だったら、あんたは……」


俺が断罪する前に、博士は自らの罪を認めた。


「そうとも。ワタシは大罪を犯した」


いずれその時が来ると知りながら、作った。

ならば、それは、確信犯である。

大量殺戮の原因。それは大罪だ。


「でも、選んだのは人間なんだろ?」


しかしながら、それを選んだのは人間だ。

見方を変えれば、博士の責任ではない。

けれど彼女は、きっぱりと己の責任を主張。


「ワタシはその責任から逃れる気はない」

「一概に、あんたの所為ってわけじゃ……」

「ワタシの罪だ。ワタシの、責任だ」


思わず擁護しようとすると、睨まれた。

頑なに、その罪と責任を主張し続ける。

何故そこまで、意固地になっているのか。


怪訝な視線を送ると、博士は心中を語る。


「ワタシは爆弾を生み出した、母だ」

「爆弾があんたの子供だってことか?」

「そうとも。それが、科学者の責任だ」


生み出した物に、責任を持つ。

なるほど。博士は本当に高潔らしい。

感心して、納得すると、彼女は更に続ける。


「だから、その結果の責任を、取った」

「責任を、取った? あんたが?」

「ワタシにしか出来ないことだった」

「ああ……だから、あんたは……」

「そう。だからワタシは、爆弾を作った」


これが、博士が爆弾を開発した、真意。

他の者では、結果に対して責任を負えない。

しかし、彼女ならば責任を取れるらしい。

ならば、他者に爆弾を作らせてはいけない。

だから、自らの責任で、爆弾を作った。

そして、結果を受けて、責任を取った。


では、どのようにして、責任を取ったのか。


「あんたはどうやって責任を取ったんだ?」

「その答えは、地下の研究所にある」

「またあそこに戻るのか?」

「ああ、帰ろう。君の好きな、穴ぐらに」


別に穴ぐらが好きなわけではない。

隕石が落ちると知ったら、そうするだけだ。

そんな愚かしさを再び指摘されて。

ふんっと鼻を鳴らすと、博士はくすくす笑う。


「それでは、下に参ります」


エレベーターガールのように告げて。

博士はまたリモコンを操作して、降下。

ポッカリ穴の空いた惑星に真っ逆さま。


来た時とは逆向きの慣性で、天井に座る。

博士は灰色の惑星を指差しながら。

世界の終わりの日のことを、語った。


「最初の爆弾をきっかけに、次々撃ち合った」


略奪が横行していた地域の消滅を皮切りに。

次々と、地上に人工の太陽が出現した。

世界各地で閃光が走り、爆風が吹き荒れた。


「それでも、全人類の半数も殺せなかった」


存外、人間はしぶとかったらしい。

人工の太陽の熱戦や爆風にも耐えて。

汚染された惑星で生き残った人々。


彼らは苦しみながら、医療カプセルを頼った。

爆弾の電磁パルスを防ぎ、カプセルは健在。

かなり強固な磁気シールドを施していた。


それに加えて、カプセルは自家発電可能。

文明と共に電力を失った世界でも稼働継続。

全世界にばら撒いたカプセル内で、看取った。


「隕石の落下の恐怖を和らげてあげたのさ」


カプセルで眠る人々に、幸せな夢を見せた。

この時既に、彼らは皆、手遅れの患者だった。

終末の刻は、目前へと、差し迫っていた。


「そして、小惑星は、落下した」


それはまるで空が降ってくるようだった。

直径数100㎞の大質量隕石。

その衝撃は凄まじく、爆風は地表を覆った。


医療カプセルは完全に破壊され。

博士の惑星には草木すら、残らなかった。

そうして、世界は、滅亡した。


「とはいえ、ワタシは生き残った」


事前に小惑星の落下を予期していた博士。

当然、落下予想地点も正確に割り出した。

その上で、地下に強固な研究所を建てた。


「生き残らなければ、責任を取れないからね」


惑星の重力が戻ってきた。

再び、俺たちはソファに座り直す。

分厚い灰色の雲を、突っ切って。

みるみる灰色の大地が、近づいてくる。


そして、穴ぐらへと続く地下へと潜っていく。


「そしてこれこそが、ワタシの救済措置さ」


研究所が建つドームへと戻り、指をさす。

それは、説明を保留していた、オブジェ。

たしか博士はセフィロトの樹と、呼んでいた。


「見たまえ。あの樹こそが、救いだよ」


彼女はそのセフィロトの樹を、救いと称した。

改めて、その大木のオブジェを眺める。

すると、何やらキラキラ、発光している。


まるでイルミネーションのような、飾り。

千里眼を凝らすと、それは沢山の球体だった。

色とりどりに光って、存在を主張している。


「あれは……なんなんだ?」

「あれは、人間の脳みそさ」

「の、脳みそ……だと?」


あの球体ひとつひとつが? マジかよ。


「そうとも。ワタシは彼らを生かしたのだ」

「ど、どうやって……?」

「医療カプセルで記憶と人格を採取した」

「それで脳みそを復活させたってのか!?」

「その通り! 驚いたかね?」


フハハ!と、高らかに笑う、狂気の博士。

明らかに正気ではない。これが、救い。

これこそが医療カプセルを開発した、理由。

彼女は人間の脳だけを、生かし続けていた。


到底信じられる筈もなく、俺は確認する。


「……あれで本当に、生きてんのか?」

「もちろん。生きて、夢を見ている」

「夢?」

「そう。永遠に醒めない、幸せな夢をね」


俄かには信じ難い。しかし、この博士ならば。

どんな無茶も、成し遂げられるだろう。

全てのスキルを科学で実現した、天才。

そんな天才が、世界を救った、結果。


人間は肉体を失い、脳だけとなり、夢を見る。


何度でも思う。狂気の沙汰だと。それでも。


きっとそれは、どんな結末よりも、幸せだ。


「フハハ! こうして世界は救われたのだ!!」


それが、マッドサイエンティストの。


至高の天才たる、この博士の。


人類に対する、責任の、取り方だった。

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