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凡人と神様  作者: 遺志又ハ魂
第一部 【詰まらない物語】
26/72

第25話 『記憶喪失の吸血鬼』

「ん……朝か」


目が覚める。見知った天井だ。しかし、妙だ。

ここは俺の部屋ではない。リビングだ。

テレビから朝のニュースが流れている。


昨夜はテレビを観ながら寝ちまったのか?

記憶にない。そもそも昨日は何してたっけ?

ズキリと頭が痛む。風邪でも引いたかなって!


「な、なんで俺、裸なんだ……?」


露わとなった自分の上半身にぎょっとする。

慌てて下を確認。良かった。下は穿いている。

学校指定のスラックス。制服である。

しかし、シャツとブレザーはどこいった?


まさか、暴漢に襲われて、そのまま。


「……んなわけないか。阿呆らしい」


ボリボリ後頭部を掻いて大欠伸をかます。

随分と髪が伸びたな。なんで伸ばしてんだ?

誰かの真似をしていた気がするが、忘れた。


そのまま寝ぼけ眼を壁掛け時計に向けると。


「げっ!? 遅刻ギリギリじゃねーか!?」


慌ててソファから飛び起きる。急げ急げ。

リビングを見渡してブレザーを探すが、ない。

仕方なく自室に向かい予備の制服を出す。


ポチポチシャツの前ボタンを締め、制服を羽織り、袖口のボタンを留めて、ネクタイを巻く。


鏡を見る余裕はない。見る必要なんかないし。

朝起きたら劇的に美形となってんなら別だが、平凡な俺の顔なんざわざわざ見る価値なし。

腹も減ってない。そのまま家を出ようとして。


「あれ? 鞄がない。くそ、どこいった?」


学校指定の鞄が行方不明。時間はもうない。

ざっとリビングと自室を捜索したが消息不明。

参ったな。財布もヘッドホンも入ってんのに。


仕方なく、タンス貯金を持ち出そうとして。


「あれ? この部屋、なんだっけ?」


自室の隣の部屋の扉が開いている。

開けた覚えはない。倉庫だった筈だが。

扉を締め直す前に、部屋の中を確認。


ふわっと、いい香りがした。女の匂い。

ベッドと、勉強机と、本棚が置いてある。

まるで最近まで誰かが住んでいたような。


いやいや、ありえない。俺は独り暮らしだ。

両親が死んでから、この家で暮らしている。

記憶にはないが、小さい頃は誰かに世話になったのだろう。しかし、同居した覚えはない。


それなのに、どうしてこんなに懐かしいのか。


この匂いが、雰囲気が、酷く心に染み渡る。

知れず、涙が頬を伝い、慌てて拭う。

変だな。おかしい。なんで俺、泣いてんだ?


「何なんだよ……この部屋は」


混乱しながら、勉強机へと向かう。

おもむろに引き出しを開けるが、空っぽ。

ここに大切な物が入っていた気がする。


リビングに戻り、もう一度室内を確認。

部屋干しの洗濯物に目が留まる。不自然だ。

そこには俺の洗濯物がぶら下がっている。

けれど、ぶら下げ方が、不規則である。


まるで、誰かの痕跡を、持ち去ったように。


まさか泥棒か? だけど、何も取られてない。

タンス貯金も無事だったし、洗濯物も無事。

独り暮らしの俺の物以外、この家にはない。


強いていうならば、制服と鞄が行方知れず。

しかし、どうしてそんな物をわざわざ盗む?

しかも制服に関して言えば、脱がせてまで?


「熱狂的な俺のファンの犯行とか……ないな」


自分で言って余りの阿呆らしさに即座に否定。

彼女いない歴=年齢=童貞の俺にファンとか。

ありえなさすぎて、草も生えないって、あれ?


このネットスラングって、誰の口癖だっけ?


わからないことだらけだけど、確かな事実。

このままでは遅刻確定。家を出て鍵をかける。

鞄も持たずとにかく走り出す。ふと、違和感。


「うはっ……なんかめっちゃ足が速い!」


まるで跳ねるように大股で疾走。忍者かよ。

ハードル走みたいな走り方で、車を追い抜く。

速い速い。すげーよ。オリンピックに出れる。


驚異の脚力を発揮して、予鈴前に学校に到着。


「ははっ……本当に、間に合っちまった」


まじまじと己の足を見ると、靴裏から煙が。

すっかり磨り減って、ペラペラなローファー。

速いのは結構だが自重しよう。靴が勿体無い。


そんな俺を他の生徒が不思議そうに眺める。

視線が刺さり、慌てて取り澄ます。

あら? 伊達メガネを忘れてきた。ま、いっか。

曲がったネクタイを直し、咳払いをして。


とりあえず、昇降口に向かい、自分の教室へ。


「おはよーテクノ」

「あれ? なんで手ぶらなんだよ」

「ひでぇ寝癖付いてっぞ」

「こいつ、さては寝坊でもしたな?」


クラスメイトから揶揄われる。ほっとけ。

寝坊は図星なので、否定はしない。

朝の挨拶を交わして、自分の机へと向かうと。


「ちょ、ちょっと! 待ちなさい!!」

「ん?」


クラスの女子が机の前に立ちはだかった。

彼女は俺のクラスの変わり者。通称、痛い子。

厨二病全開のエキセントリックな言動で一部の男子生徒から人気を博す、美人さんである。

もちろん俺は興味ない。厨二は卒業したのさ。


彼女はまるで化け物を見たように目を見開き。


「なんで……平然と登校してんの?」


訳のわからない質問を口にする。意味不明だ。


「なんでって、登校日だからだよ」

「よ、よくもそんな、ヌケヌケと……!」

「なんだよ、俺が登校しちゃいけないのか?」

「あ、当たり前だ! 自分の所業を考えろ!!」

「所業って……いったい俺が何をしたって?」

「ッ!?」


普通に返答したつもりだった。

しかし、痛い子は顔を真っ赤にして激怒。

短い細腕を伸ばして、ネクタイを引っ掴む。


「ぐえっ!? な、なにすんだよ!?」

「黙れっ! これ以上私を怒らせるな!!」

「死ぬっ! 死ぬって! 息が出来ないっ!!」

「死ねっ! どうせ復活するのだろう!?」


なんだよこの状況は。復活? なんだそりゃ。

厨二病も末期になるとこうなっちまうのか?

冗談も程々にしてくれ。マジで息が出来ない。


軽く失神しかけていると、助け船が。


「ちょいちょーい! 待った待った〜」


心底面倒臭そうに間に割って入る女生徒。

同じクラスのいつもダルそうな女の子だ。

そういや痛い子と友達だっけ? 助かった。


「こら、邪魔をするなっ!?」

「今は不味いって。落ち着いてよ〜」

「くっ! 命拾いをしたなっ!!」


ダルっ子のおかげで首絞めから解放。

何なんだよいったい。俺が何したってんだ。

痛い子は憎々しげな視線を向けてくる。

釈然としないながらも、自分の席につく。


すると傍観していた隣席の男子に揶揄われる。


「いったいどんな恨み買ったんだよ、お前」

「さあ? こっちが知りたいくらいだ」

「ま、何にせよ女と接点あって羨ましいぜ」

「はあ? 接点なんざこれっぽっちもないぞ」

「何言ってんだ。美少女に囲まれてる癖によ」


こらこら、何言ってんだはこっちの台詞だ。

美少女に囲まれてるだと? 身に覚えがない。

痛い子は確かに美少女だが、親しくはない。


「しかし、今日もお前の後ろの席は欠席か」


隣席の男子は残念そうに長嘆を漏らす。

言われて後ろを見ると、空席だった。

あれ? 俺の後ろの席って、誰だっけ?


「なあ、後ろの席って、誰のことだ?」

「はあ? 寝ぼけてんのか? マドンナ候補だよ」


マドンナ候補。そんな馬鹿な。誰だよ、それ。

確か、我が校にはマドンナ候補が3人居た。

しかし、それが誰だったか、思い出せない。


頭がズキリと痛む。なんだろうこの感じは。


「なんか昨日から欠席する奴が多いよな」

「えっ? 昨日は皆居ただろう?」

「何言ってんだ。お前だって休んだろうが」


俺が、休んだ? 黒板に書かれた日付を確認。

確かに、1日ずれている。昨日の記憶がない。

そういや朝起きた時も変だった。記憶の欠落。


くそ。ズキズキと頭が痛んで、割れそうだ。


「麗しの生徒会長も休んでるみたいだしよ」


男子生徒の嘆く声。生徒会長って、誰だっけ?


「おまけにお前の姉ちゃんも休みだもんな」


ぎょっとした。聞き捨てならない話だ。

俺の、姉ちゃん? 俺はひとりっ子だぞ?

誰のことを言っている。問い正そうとすると。


「おーい、席につけ〜」


予鈴が鳴って、見知らぬ教師が登壇した。


「担任の先生は今日も休みだ。出席取るぞ〜」


担任の先生の休みを告げると、教室が騒めく。

周囲の話を聞くに、昨日から休んでるらしい。

けれど、ピンとこない。担任って、誰だっけ?


謎が謎を呼ぶ形で、午前中の授業を終えた。


「明日にでも脳神経外科に行ってみるか?」


昼休み、図書室に篭って、独りごちる。

腹が減らないので、昼飯は食ってない。

何故か図書室に置いてあった自分の鞄を漁る。

貴重品は無事だ。そして、ヘッドホンも。


それをシャカシャカ鳴らして、頭痛を覚える。

音楽プレーヤーに入った、お気に入りの曲。

しかし、どうして気に入ったのかわからない。

このヘッドホンも、どうして買ったのだろう。


わからない。知らない。何も、記憶にない。


「くそっ……また、涙が出てきやがる」


気付いたら、また泣いていた。情緒不安定。

とても、悲しいことがあった。

辛いことがあった。そんな気がする。

しかし、その正体が、わからない。不明瞭。


どうして俺は泣いているのか。

何故こうも、焦っているのか。

何があって、自分が何をしたのか。


何一つ、答えを出せずに泣いていると。


「くっくっくっ。ここで会ったが100年目!」


いつの間にか、隣に痛い子が立っていて。


「さあ、吸血鬼! 本性を現わすがいい!!」


ビシッと、可愛い人差し指を突きつけてくる。

いやいや、意味がわからない。なんだよそれ。

吸血鬼って、ごっこ遊びに付き合えばいいの?

とりあえず、音楽の音量を下げておく。


「テクノ君、どうしちゃったのさ〜?」


不意に、目の前からダルそうな問いかけが。

見ると、ダルっ子がカウンターに座っている。

行儀悪く、足を広げて、スカートなのに。

思わず視線を向けると、ぴたっと足を閉じて。


「あはは〜ノーパンなの忘れてたよ〜」


なんて言われたら是が非でも見たい訳で。

なんか喉が乾くな。生唾を飲み込む。

姿勢を低くして、その肉つきのよい太ももを食い入るように凝視していると、痛い子が。


「ふははっ! 我が魅力にひれ伏したか!」


勘違いして高笑い。まあ、顔は可愛いけどさ。

痛い子はちびっ子なので、魅力は乏しい。

けれど、ニーソなのは高得点。いいね!


絶対領域を眺めていると、視界に違和感が。


んん? なんか……スカートの生地が透けて、中の下着が見えるような、見えないような。

無地の白パンか? いや、早計だな。早まるな。


「ちょっと、後ろを向いてくれないか?」

「へっ? あ、うん。いいけど……」

「ふむ……クマさんパンツ、か」

「んなっ!? 何故それを!?」


素直に後ろを向いた痛い子の下着を見抜く。

慌ててスカートを押さえる彼女。図星な模様。

良き哉、良き哉。喉がカラカラに乾いていく。

すると、ダルっ子が興味を唆られたらしく。


「すごーい! 私のも見て見て〜」

「お前、さっきノーパンと言ってただろう」

「あは〜そうだった〜やっぱ見ちゃだめ〜」


見えるとわかったら気が引ける。

チキンな俺は、視線を逸らす。

すると、彼女らは考察を始めた。


「もしや、これは千里眼のスキルか?」

「え〜? 千里眼って、透視出来たっけ〜?」

「こいつのエロパワーならば不思議はない」

「なるほど〜! 説得力ある〜」


なんか勝手に納得された。エロパワーって。

げんなりしつつも、ヘッドホンを外す。

聞く姿勢を見せて、痛い子に尋ねた。


「それで、俺に何の用だよ?」

「何の用って……あの、本当に覚えてない?」

「だから、何のことだかさっぱりだ」


どうやら彼女らは朝の続きをしに来たらしい。

けれど、全くもって身に覚えがない。

だからそう答えると、痛い子はまた怒って。


「よかろう! ならば、証拠を見せてやる!」


手持ちの鞄から何やら取り出し、突きつけた。


「このペットボトルが目に入らぬか!?」


それは、2リットルのペットボトル。

中には薄い黄色の液体が入っている。

何だろう。レモンティーだろうか。

丁度いい。さっきから喉が乾いてたんだよ。


「なんだ、くれるのか? 遠慮なく飲むよ」

「の、飲むなぁ!? 何考えてんの!?」


受け取ろうとすると、断固拒否された。

自分から見せた癖になんだよと思っていると。

今度はダルっ子がペットボトルを差し出した。


「私のでも良かったら、どうぞ〜」

「ああ、サンキュー」

「どうぞじゃないでしょ!? 受けとんな!」


慌てて痛い子が奪い取る。せっかくの好意を。

憤然として睨むと、痛い子はたじろいだ。

そしてひそひそダルっ子と話し合う素ぶり。


「ほ、本当に覚えてないのかな……?」

「もっとストレートに聞きなよ〜」

「う、うん。わかった。がんばる」


決意を新たに、痛い子がカミングアウトする。


「くっくっくっ。よく聞け、吸血鬼」

「だから吸血鬼って誰のことだよ」

「黙れっ! いいか? この中身はな……」

「レモンティーじゃないのか?」

「違うっ! 我々の……おしっこだ」


絶句する。


おしっこ? ペットボトルに? 何故?

意味がわからない。これも厨二病か?

なんて言ったらいいかわからず、逡巡。


とりあえず、最も常識的な返答をしよう。


「さっさとトイレに流してこい」

「ふざけるなっ!? 誰の所為だと思ってる!」

「トイレを我慢し過ぎた自分の所為だろう?」

「違うっ! お前が尿意を促進させたのだ!!」


はあ? 尿意を促進? んな阿保な。


「ほ、本当だ! この記事を見てみろ!!」


眼前に紙切れを突き出される。手配書だった。

何故か俺の写真が掲載されている。賞金首。

懸賞金額は、80億円。俄かには信じ難い金額。


罪状は、大量殺人。6名殺している。

手口は吸血。吸い殺したらしい。

そして秘技は尿意促進魔法。嘘っぽい。

それに、被害者は記憶にない者ばかりだ。

けれど、彼らの肩書きは、見過ごせない。


被害者は、担任や、同級生達ばかり。


担任と同級生? それなのに、覚えがない。

頭痛が酷い。直感が違和感の正体を知らせる。

これか? これが、俺の忘れた記憶なのか?


記事の詳細を読んでいると、ダルっ子が。


「たぶんこの記事を書いた人も殺ってるね〜」

「えっ? なんでそんなことわかるんだ?」

「千里眼とか、いかにも記者向きでしょ〜?」


さっきの不思議な透視能力のことか。

しかし、それを使えるのが不可解だ。

殺して、スキルを奪う? 吸血鬼の力?

なんたそりゃ。そんなこと出来んのか?


ふと、今朝の登校時のことが脳裏によぎる。


あれほど速く走れた理由が説明つく。

被害者の喫茶店の店員の猫娘。

その肩書きが名前通りなら獣人化のスキル。

それを殺して奪った。だから、使えた?


吸血鬼。マジかよ。本当に? 確認しよう。


「俺は、本当に吸血鬼なのか?」

「そうだよ〜鏡見せようか〜?」


ダルっ子が鏡をこちらに向ける。

しかし、そこには何も映っていない。

角度かおかしいと指摘しようとしたら。


痛い子が、先んじて疑問に答えた。


「吸血鬼は、鏡には映らないのだ」


それは誰でも知ってる吸血鬼の設定。

もう一度鏡を覗き込む。背景だけが見える。

試しに手近の本を手に取ると、なんと。


鏡の中で、その本だけ、空中に浮いた。


目を見開いて、口をあんぐり開ける。

その口元に感じる、違和感。

手を伸ばして、恐る恐る、触れる。


「ッ……マジかよ」


そこには明らかに人類の物ではない八重歯が。

長く鋭い、牙。吸血鬼の象徴。

それが意味する俺の正体は、所業は。


「貴様は、人殺しの吸血鬼だ」


痛い子の憎々しげな視線の理由を、理解した。

被害者の同級生。それを俺が殺したのだ。

だから、恨まれた。俺は、人殺しだった。


しかし、覚えていない。記憶にない。

他にも沢山、大切なことがあった気がする。

どうして吸血鬼になったのかすら、知らない。


「俺はいったい……どうしちまったんだ?」


記憶喪失の吸血鬼。それが、今の俺だった。

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