第26話 『優しさに触れて』
「さあ、吸血鬼! 何があったか話してみよ!」
「そう言われてもな……」
場面は変わって、放課後。
昼休みに引き続き、図書室にて尋問を受ける。
痛い子はなんかマントを羽織って、隣に着席。
ダルっ子は欠伸をしながらカウンターに座る。
ちなみに、図書室に他の利用者はいない。
とりあえず、2人に今朝のことを話した。
「へぇ〜起きたらアッパラパーだったんだ〜」
失礼なダルっ子だ。アッパラパーではない。
「ふむ。もしや、吸血鬼化の弊害か?」
「そんな設定、聞いたことないよ〜」
「そうだな。はっ! わかったぞ!!」
腕を組んで思案に耽っていた痛い子が閃いた。
「我が美貌を直視した為に脳細胞が死滅……」
「それはない」
「ないない〜ありえんぷ〜」
即座に否定。ダルっ子も同調した。
美貌を直視して脳細胞が死滅とか。
こいつはメデューサの親戚なのか?
石化よりもよっぽどタチが悪いぞ。
「それよりさ〜ギルドの動きが妙だよね〜」
「うむ。たしかに妙だな」
「ギルド?」
何やら内輪話をする2人。気になって尋ねると。
「ギルドとは闇より生まれし異能の集いだ」
「異能力者が集まる組合みたいなものだよ〜」
痛い子の暗号を、ダルっ子が解説してくれた。
「そんなのがあるんだな。何が妙なんだ?」
「昼休みに見せた、貴様の手配書の件だ」
「それが急に取り下げられたんだよね〜」
手配書の取り下げ。それは確かに妙だ。
彼女達の話を信じるなら俺は殺人犯である。
そんな俺の手配を、どうして急に取り下げた?
追われる身ではなくなったのは幸いだけど。
俺の記憶にない罪は未だ残ったままだ。
それはきっと、消えてなくなるものではない。
人殺しの罪は、重い。首を傾げていると。
「恐らく、記憶喪失にギルドが関与している」
「なんでそんなことがわかるんだ?」
「ギルドの中に該当スキルを持つ者がいてな」
痛い子が推理を披露する。今度はまともだ。
記憶喪失に該当するスキルを持つ者がいる?
眉を顰める俺を見て、ダルっ子が補足をする。
「その名もなんと、世紀の大泥棒〜!」
「世紀の大泥棒って、たしか……」
「一般人にも知れ渡る、大犯罪者だよ〜!」
世紀の大泥棒。その異名は度々耳にしている。
数々の窃盗事件を起こし、未だに逃走中。
懸賞金額10億円の、派手な緑髮の中年男性。
その男が異能力者だとして、どんな関連性が?
「かの大泥棒に盗めぬ物はないと聞く」
「凄腕ってことはわかるが、関係あんのか?」
「現に貴様は盗まれただろう……記憶を、な」
言われて、愕然とする。そんな馬鹿な。
記憶を盗む? そんなこと可能なのか?
足が速くなったり、透視するのとは訳が違う。
半信半疑な俺に、痛い子は鼻を鳴らして。
「よもや貴様、異能の力を侮っているな?」
「そりゃ、はいそうですかって信じれないよ」
「ならば、その身をもって、味わうがいい」
「はい、結界展開〜密閉完了〜ばっちこーい」
ズズズッと、痛い子の雰囲気が変わる。
ダルっ子が何やら異能を発動したらしい。
結界とか言ったが、変わった様子はない。
しかし、第六感が告げている。ヤバイ、と。
「な、何をするつも……ぴぎゃっ!?」
バチンと、叩き潰された。肉片が周囲に飛散。
それが図書室を汚すことはない。結界の力。
俺の周りに張られた結界が真っ赤に染まった。
血みどろの赤い世界。そして意識が途絶えた。
「うわっ!? びっくりした〜!!」
唐突に意識が回復。心臓が早鐘を打つ。
荒い息を吐いて、周囲を確認。身体も確認。
なんら変わった様子はない。いつもの図書室。
幻だろうか? 幻術や催眠術系のスキル?
いや、今確かに俺は死んだ。実感がある。
それなのに、どうして。俺は、生きてるんだ?
「ふん。相変わらず、馬鹿げた再生能力だ」
「お、おま、お前っ! 殺す気かよっ!?」
「何をほざいている。貴様は不死だろうが」
はっとした。不死。不死身の、吸血鬼。
そうだ。俺は吸血鬼だ。だから、死なない。
これが、異能。なるほど、ぶっ飛んでやがる。
「異能の力がよくわかったか?」
「ああ……とんでもないな」
「私の凄さを理解したなら、足を舐めろ」
調子に乗った痛い子が、ニーソを脱ぎ脱ぎ。
素足になって、足をずいっと突き出してきた。
俺は憤慨しながら喉の渇きを覚えて、舐めた。
「ふぁあああっ!? な、なにをすりゅ!?」
うるさいな。集中して舐められないだろうが。
「ゆ、指の股までっ!? やめろこの変態!!」
「ぶぎゃっ!?」
不可視の力で頬を張られる。強力な一撃。
ギュルルッと首が捻れて、後ろ向き。死んだ。
直後。即座に逆回転して前に向き直り、復活。
「いてて……なんだよ、理不尽すぎんだろ」
ぼやいていると今度はダルっ子が靴下を脱ぎ。
「テクノ君、私のも舐めて〜」
「いいけど、怒ったりすんなよ?」
「大丈夫大丈夫〜はいポチ、お舐め〜」
「わんっ!」
「きゃはは〜くすぐったいよ〜」
舐めた。犬のように。なんか癖になりそう。
喉をカラカラにして一心不乱に舐めていると。
痛い子がまるでゴミを見るような目をして。
「まるで家畜だな」
やば。ゾクゾクが止まらない。目覚めそう。
ひとしきり舐め終えると、もう片足を舐める。
そんな俺に呆れ果てた痛い子が、話を続ける。
「とにかく、異能は不可能を可能にする訳だ」
「よくわかったよ。俺も異能力者なんだな」
足を舐めながら納得する。吸血鬼の不死性か。
喉が乾くのも、その影響だろう。食欲てある。
他にはどんなスキルを使えるのか、気になる。
「貴様はおかしなスキルの使い方をしていた」
「おかしな使い方?」
「ああ、尿意促進魔法がいい例だな」
出たよ。尿意促進魔法。俄かには信じ難いな。
俺にはそんな趣味はない。頭がおかしい魔法。
足を執拗に舐めながら、胡乱な視線を送ると。
「このペットボトルが、何よりの証拠だ」
また2リットルのペットボトルを取り出す。
いや、いい加減捨てろよ。なんて思いながら。
本当に尿が入っているのかを、確認してみる。
「ちょっと、それ貸してくれ」
「へっ? あ、うん。の、飲まないでよ……?」
誰が飲むか。ペットボトルを受け取る。
検分してもぱっと見、レモンティーである。
おもむろに蓋をぷしゅっと開けると、慌てて。
「こ、こらっ! 勝手に開けんなっ!!」
「気にすんなよ、ちょっと嗅ぐだけだから」
「駄目だよ!? 気にするよ!? 返して!!」
痛い子はわりとシャイだ。厨二病の癖に。
てかこの子、素のリアクションが可愛いな。
確認出来ずに困っていると、ダルっ子が。
「はい、私のおしっこあげる〜」
「ありがてぇ、ありがてぇ」
優しい子だ。感涙に咽び泣きながら受け取る。
「駄目だって! またぶっ飛ばされたいの!?」
またもや邪魔してくる痛い子。何なんだよ。
もしかして、俺のことが好きなのだろうか?
いや〜モテる男は辛いな〜なんて、思ったら。
「おいこら、貴様……調子に乗るなよ?」
「はい、すんません」
マジ顔で女子高生に怒られて、しょんぼり。
冗談の通じない女の子だ。めっちゃ怖いお。
癒しを求めて、ダルっ子の太ももをペロリ。
「あは〜テクノ君、舐めるの上手〜偉い偉い」
くしゃくしゃっと頭を撫でられた。嬉しい。
「ふん。話を戻すぞ。大泥棒の件だ」
閑話休題。
話題が大泥棒の話へと戻る。
痛い子は偉そうに腕を組んで、所感を述べる。
「まず間違いなく貴様の記憶は奴に盗まれた」
「だろうね〜」
痛い子の推察にダルっ子が同意。異論はない。
「何故盗んだかは定かではないが、さておき」
「ギルドが何を考えてるかだね〜」
「大泥棒はギルドの重鎮。必ず何か裏がある」
ギルドの重鎮らしい大泥棒。陰謀の気配。
「ひとまず、泥棒を捕まえて記憶を取り戻す」
「賛成〜んじゃ、頑張ってね〜」
「ちょ!? あんたも協力しなさいよっ!!」
「えぇ〜ダルいな〜仕方ない、わかったよ〜」
方針が決まった。しかし、疑問がある。
「どうして、助けてくれるんだ?」
記憶を取り戻す手助けをしてくれる彼女達。
しかし、そんな義理はない筈だ。俺は殺人鬼。
俺に殺された同級生の仇を討つのが目的の筈。
それなのに、何故。そんな俺を、助けるのか。
「たしかに貴様の犯した罪は、許せん」
「なら、煮るなり焼くなり好きにすれば……」
「煮ても焼いても、貴様は死なないだろう?」
呆れたような痛い子。バツの悪そうな顔で。
「記憶を失った貴様を痛めつけて何になる?」
「だよね〜そんなの虚しいだけだよね〜」
涙が出そうになった。人の優しさに触れた。
「あ、ありがとう……助かるよ」
「ふ、ふんっ! 勘違いするなよ!?」
痛い子は、まるでツンデレのような口調で。
「記憶を取り戻したらひき肉にするからな!」
それは怖すぎる。けれど、俺に拒否権はない。
「記憶が戻ったら、好きにしてくれ」
「ふん。では、日が暮れたら行動を開始する」
「テクノ君はここで待ってて〜」
「ああ、わかったよ」
そう言い残して、2人は下校した。
日暮れはもう間近。1人、図書室に残る。
だんだん暗くなるにつれ、視界が鮮明に。
闇を見通す吸血鬼の眼が、窓の外を捉える。
宵闇に浮かぶ、簡素な折りたたみ式のベッド。
「おまたせ〜テクノ君」
「ふははっ! ゆくぞ! 記憶を取り戻しに!」
窓から差し出される痛い子の小さな手のひら。
その手を掴み、ベッドに飛び乗る。
女子の香りに血が疼き、喉がカラカラに乾く。
「待ってろよ、大泥棒」
原理不明の空飛ぶベッドは音もなく動き出す。
闇に研ぎ澄まされた第六感が、告げている。
何があっても、後戻りは、出来ないのだと。




