15
お久しぶりです、こんにちは。
よろしくお願いします。
広大な領地の見学は恙なく終わった。
ギリムさんはバスガイドのごとく私に詳しい領地の説明をしてくれた。
ギリムさんはナプルガンさんがいかに素晴らしい領主であるか、説明の度に伝えてきた。
彼の普段見られない爽やかな表情は、私にナプルガンさんの偉大さを伝えられた達成感が浮かんでいた。
満足げなギリムさんの顔に、そんなにナプルガンさんに私を引き渡したいのかとひっそりとイラついていた。
帰りに言ったお礼の時は顔が引きつっていたと思う。
私は帰る船の中でギリムさんへ次の見学は私の希望も伝えてみた。ギリムさん任せの見学では、今後もナプルガンさんが偉大なことをあれこれと紹介されるに違いないからだ。
しかし慎重に提案しなければ。残りの7日間、無理やり連れ戻されないように、定住か帰還か迷う気持ちを演じなくてはいけないのだから。
私はまず、今日の見学で領地がいかに発展して安泰な地であるか理解できたと伝えた(ギリムさんはまだ紹介したい場所はいくつもあると名残惜しそうにしていたがお断りだ)。
そして、もしここに残ることになったら私は独り立ちが必要だろうし、次は自分ができそうな仕事の現場を見学できないかと提案した。
「そうだな。キリキリがもし独り立ちして働くなら・・・・・・。
料理が上手だし、家事も丁寧だから、お屋敷のメイドとかできそうかな。
睨むな。わかったよ。嫌なんだな。」
ここでもナプルガンさん関係に誘導しようとする。こんなにわかりやすい態度に、私はどうして今まで気が付かなかったのか。
「ならそうだな、町にでるなら力が弱くても、売り子ぐらい・・・できるか?」
ギリムさんは売り子という別の案を出してくれたが、無理だろうなと顔に書いてあった。
私だって自分が世間知らずなただの女子高生だと思っている。まだバイトだってしたことがない。
でも、もし帰還が出来なかった場合。あって欲しくないが、そうなる可能性もあるのだ。
残る気はさらさらないが、何事も保険はあったほうが良い。独り立ちの為に働く手段も知っておきたい。
それにこの世界の町?に行けるのも楽しそうだ。きっとナプルガンさんのすばらしさについて語られるよりも何倍も楽しいに違いない。
「私だって残るならちゃんと働いて、自立して、誰にも迷惑をかけずに楽しく生きていきたい。」
私は鼻息荒く言った。
「キリキリの世界の常識だとそうなんだろうな。・・・・・・じゃあ明日は町の方に行こうか。」
「それって苔の下商店街じゃないよね?
建物がいっぱいあるの?繁華街みたいなのがあるんだ?へぇー!」
お世話になっている八百屋さんがある商店街は、苔の下商店街というまんまな名前がついていた。童話の世界のような森やお城しか見ていないから、町はどんなのだろう。基本的に文明は日本より進んでいるような感じだし、未来都市みたいな感じかと今からワクワクした。
ギリムさんはこのとき何か言いたいことがあるようだったが、結局何も言わなかった。私も明日が楽しみで浮かれていて、あえてこちらから聞こうともしなかった。
ということで、今日は社会見学としてこの領地で一番大きな都市の繁華街に来ている。
近未来都市、空飛ぶ自動車、ネコ型ロボット(?)
私は期待を胸いっぱいにやってきた。
「・・・・・・私の住んでいたところと大して変わらないかも。」
町は日本の首都を小奇麗にしたような都市だった。日本に居た頃はよく地下鉄を乗り継いで友達と買い物に行っていた。懐かしさを感じる反面、未来都市に期待にしてふくらんだ胸は速攻しぼんだ。
元から控えめな膨らみだよねというツッコミは受け付けません!
「スゴイな!キリキリの町と似てるなら、そりゃあ良かった。」
ギリムさんは私の言葉をそのまま受け取って安心したようだ。元居た世界と違いが少なければ、慣れるのも早いだろうといっていた。違う。そうじゃないんだ。私は近未来が見たかったのだ。青いタヌキに会いたかったのだ・・・・・・。
久しぶりの都会の雑踏に揉まれ、ビルが幾つも立ち並んでいる町を見上げていた。お上りさんになっていた私を危なっかしいと思ったのだろう。ギリムさんの手が伸びてきて、手と手で繋がれた。そして、そのまま手を引かれ道を歩いた。
不意打ちに、私はどうしようもない。
照れた。
赤い頬と手汗が隠せないほど照れてしまっている。
しかし彼は私を子供だとしか思っていないから、迷子にならないように手をつないだだけなのだろう。
でも私にとっては記念すべき初デートだ。
どうかギリムさんに気が付かれませんように。
「・・・ここは世界樹の恩恵をエネルギーとして使えるようにした世界なんだ。だから基本的に建物は地面に張り付くように、離れないように、または地下に作る。
しかしここは高度な技術で高層階へエネルギーを流せるようになった都市なんだ。だからあれだけ建物を高くすることができる。」
建物を指さしながらギリムさんは説明して歩いた。私は大変興味深く聞いた。話に夢中になれば頬も赤くなるまいと思ったのもある。
この世界は色々な難しい高度な技術の進歩によって文化は進んでいるようだ。生活は元の世界より便利だし、文化レベルも高く感じる。
しかし世界樹に寄り添って生きていくこの世界の人達は、未だに森の木や地下に住む傾向が強いそうだ。この都市は仕事や買い物を楽しみに来る客で多くにぎわっているが、都市部に人はほとんど住んでいないらしい。ここで働いている人達もどこかの森に住処を持っていて、毎日こちらの職場へ通うらしい。船があれば長距離通勤でもあっという間に来れる。このような騒々しい都会に住む人は少数派だそうだ。
ここ辺りに住むなら家賃も控えめだしキリキリでも職があるかもしれない、と、しかしギリムさんは自信なさそうに言った。都会なのに家賃が安いとは羨ましい。
「そういえばここ、船は結構な速さで走っているけど。あれ、動いているときは見えないんじゃないの?」
「町中のように込み合っているところは見えるんだ。船も避けるけど、人も避けた方が効率が良いだろう?」
「なるほど。ごもっともです。じゃ、あれはさ・・・・・・」
正真正銘のお上りさんな私は、思いつくままにギリムさんに質問した。けっこうな時間が過ぎても疑問は全く尽きないけれど、久しぶりにしゃべり続けて喉が枯れた。私、普段どんだけしゃべらなかったのか。
「キリキリ。近くに姪っこがお気に入りのカフェがあるんだ。そこで一休みしようか。」
今日はギリムさんが優しい。普段のニヤリ顔が出て来ないばかりか、気をつかってお茶まで誘ってくれるなんて。人前では使用人モードになるのか。デートらしくてなによりである。
「ギリムさん、ギリムさん。ここのウェイトレスの募集、良さそうじゃない?」
私は青いクリームとカラフルな果物がキレイに飾り付けられたパフェを突きながら言った。白いテーブルに、ミントグリーンの壁紙、シルバーの装飾品で飾られた店内は可愛らしくも落ち着いた雰囲気だ。パフェの味も言うことなしに甘くて美味しい。いや、紅茶で喉も潤しましたよ。でもギリムさんがパフェがおすすめだって言うからさ。
とにかく内装からメニューから、全てがこのお店は素敵だった。万が一元の世界に戻れなくなったら、ここでバイトしたいと思うぐらい。
ギリムさんにここを勧めた姪っ子ちゃん、趣味が良い!
「そうだな。力仕事じゃなければ、できるかもな。ただなぁ・・・・・・。」
「ただ?」
ギリムさんが言い辛そうにコーヒーカップを見た。もう空だ。仕方なさそうに目線を上げたギリムさんは行儀悪くテーブルに片肘をついて顔を乗せ、また視線を下げて言った。
「子供を雇うところはないだろうな。」
「・・・・・・まさか?本気でそれ言ってる?」
「・・・・・・。」
ギリムさんは眉を顰めて視線で答えた。えと、それってギリムさんが過保護なだけでしょ?
私達が叔父と姪の関係を演じているから若く感じるんであって、世間ではさすがに16歳の成人(こちらでの)に見えるでしょ?
私は黙って立ち上がり、ウェイトレス募集の張り紙に向かった。そこに丁度通りがかったウェイトレスのお姉さんに聞いてみた。
「すいません。このバイト募集のところに、年齢は書いていないんですが、制限はありますか?」
話しかけられたお姉さんは、目を一度ぱちくりとしてにっこりと言った。
「この町は学生でも16歳以下は条例で雇えないの。ごめんなさいね。」
「えと、はい。」
お姉さんの笑顔に19歳だと言い出せず撃沈。
なんてことだ。若く見えることは女性的に得しそうだが、この世界で働くためにはマイナスしかない。
いいよ、どうせ帰るしね。
なんだか拗ねたい気分だ。
「たぶん、俺はキリキリの父親に思われているんだろうな。」
ギリムさんは渋い顔をして私を迎えてくれた。そうですか。確かにギリムさん、こちらの老け顔ってことを差し引いても老けて見えますもんね。
「うるせぇ。」
「いった!」
後半の心のつぶやきが口から漏れていたらしく、デコピンを喰らった。
おでこがヒリヒリする。
老け顔はギリムさんも気にしているようだ。デコピンに本気度が伝わって来た。
「だからなあ。旦那様がキリキリにキツく当たったのも、しかたがなかったんだよ。」
突然のナプルガンさん関連の話題に私は顔がこわばった。
「今更、なんなの。」
思った以上に冷たい声が出た。
「そんなに構えるなよ。」
ギリムさんは言い難そうに話し始めた。前から言い難そうにしていたのはこの話らしい。
「キリキリの世界はどうかわからないが、この世界の常識で子供相手に手を出す、その上結婚だなんだということは恥ずべき事だとされるんだ。」
「それはこちらでも虐待だし犯罪だよ。警察に捕まる。そうゆう趣味の人もいるけど、すごく気持ち悪いよ。」
チャーチ先生を思い出し悪寒が走った。思わず両腕をさすった。
「だが貴族の結婚は、伝統もあって何よりも一番に記憶を引き継ぐ能力が重視される。そのためにごく稀にそういう結婚もあるそうだ。」
「そういうの、ホント気持ち悪い。
それにさ、契約で色々な能力の子供も産ませるって言ってたよね。女性を家畜扱いだよ。最低!」
「キリキリのところではそうなのか?
こちらでは特殊能力の高い人材は、貴族の家を繁栄させるための大事な人員だ。
技術の発展にも大きく貢献している。
それに例え能力を持たず生まれてきても、次の子供に受け継がれるかもしれないから、決して放り出されることはない。」
そこでギリムさんは空のカップを覗いてコーヒーのお代わりを頼み、私は飲み切れなくて冷えた紅茶を一口飲んだ。相変わらずこの世界のカップは私に大きい。
「貴族に望まれて子供を産むという事は、産む側にとっても価値がある。
高額な賃金もそうだし、自分の子供の将来も明るい。
だから、子供が作れない者は価値が無い。その上本人の能力が低いとされれば、その子供はどうなるか。」
私はハッとなり目線を上げた。どこか遠くを見ているような顔のギリムさんがいた。
「俺は最低限の教育が終わり、価値無しと母親に返された。
この世界でそういう境遇の奴は珍しくはない。
ということで、俺は突然貴族に囲われての出世コースから転落した。
そして捻くれて育ったというわけだ。」
「・・・・・・そう。」
一言つぶやいただけの私をギリムさんは嫌そうに見た。
「そこは可哀想にね、って優しくなるところだろ。可愛くねぇな。」
「・・・私は、可愛くないからね。」
相槌を打つ以外、何も言えなかったのだ。
重い話をギリムさんが軽く済まそうと会話してくれるのはわかったが、うまく返せなかった。
ギリムさんは軽く鼻を鳴らして、そのまま軽い調子で話を続けた。
「今の旦那様はそんな俺の力を見出して雇ってくれた。子供が作れないって分かれば仕事に就くことすら難しいなか、正規の待遇で雇ってもらえた。」
「は?なんで?働くことに関係ないでしょ。それって差別だよ。なんでそんなことで雇えないの。」
偏見・差別のまかり通ってしまう就職状況に、訳も無く怒りが湧いてくる。
「ああ、キリキリの世界じゃ違うのか?
まあ特殊能力が使えないとか弱いとか、周りより身体能力が低いだとか、長生きできないとか、リスクが大きいのは仕方がないんだが。
一番問題になる事は生殖能力が無いことだな。世界樹の恵みをいただけなかった者は忌むべき子だという考えが昔からある。」
ギリムさんはすらすらと私の疑問に答えてくれるが、その内容は穏やかじゃなかった。
「・・・・・・リスク?」
「ああ、キリキリの世界には俺のようなフネンは居ないのか?」
「・・・・・・フネン?」
「この世界は珍しくないんだ。十歳の初めの能力検査でわかる。」
フネン、と言うのはこの世界で能力などの障害を持つ人の総称だと教えてもらった。こちらの世界も残念な事に障害がある人を差別する風習があるようだった。
そしてこちらは子供が出来るかどうかが最も重要視されるらしい。こちらの人々は世界樹から発生した生き物だから、地球の人類とはかなり価値観の違う生き物なのかもしれない。
そもそも私だとて子供が産める身体とは限らない。もしそうなら、私もこの世界で生きていくことは難しいのだろうか?
改めてこの異世界の異常さに怖さを感じた。
そしてそんな世界を生きるギリムさんはフネンであるという。
「ギリムさんは、」
何か聞こうとしていたわけではなかった。不安で呼びかけただけだったのだと思う。
「ああ。あと5年か10年か。そう長くは生きないだろう。そんなもんだ。」
でもギリムさんは答えた。
久しぶりの投稿です。矛盾がありませんように・・・・・・。




