16
嫌だ、そんなことを聞きたくなかった。
耳を両手で塞ぎたくなった。
私はもう直ぐここからいなくなる。
関係ないって、世界すら違う人なんだからって割り切ればいいはずなのに。
小さく指先が震えて止まらない。震える指を握りこんだらひどく冷たかった。
ギリムさんも私に話そうとするだけで精一杯になっているのだろう。
テーブルの上で手を組み、目線を落としたまま言った。
「ここで言うつもりじゃなかったが。いい機会だ。伝えておく。」
ギリムさんはゆるりと目線上げて、テーブルの上に組んだ手を組み直した。
「俺の寿命は普通より短い。
俺がキリキリを支えてやれる時間はそんなに長くない。」
出来れば早く、生活が安定するお屋敷に戻って欲しいと、実はその手筈も整っているとギリムさんは言った。
私は熱が一気に奪い取られてしまったように動けない。
「寿命が短い?病気じゃなくて?」
でも口から言葉はこぼれた。
「ああ、フネンは30年ほど生きたら良い方だ。」
ギリムさんは悟った顔で答えた。
もっと酷い現実が、すぐそこに潜んでいた。
お屋敷に戻す話は早々にばらされたが、そんなことは霞む衝撃の事実から話が始まった。
「あと数年、まああと10年ももてば大往生だな。
キリキリとの生活が楽しくて忘れそうだったが。
そういうことだ。早めにお屋敷に戻って欲しい。
フネンの老化は急激に来るらしいからな。」
それにしても自身の命を盾にとって頼むなんて、ヒドイじゃないか。
これを断れば私は悪人だ。
私はギリムさんの残りの時間を惜しむべきなのに、ギリムさんは残酷だ。
ああ、そんな私は傲慢で愚かだ。
私の絶望の横で、ギリムさんは続けた。
「それと、教会に頼るのはお勧めできない。
教会側はどこまで信用できるかわからない。
そもそもジールの研究は聖貴人を元の世界に戻すことじゃない。
世界樹の意思を実現することだ。」
「え?帰してくれるって言ってたじゃない。世界樹の意思ってそういうことでしょ?」
今さら帰還を否定するなんて。
思考がまとまらない。
「ジールさんは帰られるって言った!」
必死でジールさんを肯定した。だってそう言っていたじゃない!
「あいつの言った言葉に希望を持ちすぎだ。できるはず、なんて信じられるか。」
確定じゃなくあれは実験の延長だ、とギリムさんは言った。
私は絶句した。
私が早々に気絶した後でギリムさんはジールさんから詳しく説明を受けたと言った。
でも私もギリムさんに内緒でジールさんに会った。
その時には実験なんて言っていなかった。私に心残りが無ければ問題ないと言われた。
・・・・・・心残り?
その基準は相当に厳しいんだろうか?
当たり前に帰還を願っていたが、
同時にギリムさんへのささやかな想いを持ち帰ることを、世界樹は許してくれないのだろうか。
そういえば不思議とギリムさんと今まで帰還について話したことがなかった。
私はギリムさんとの生活が楽しくて気が付かなかった。
もしかしてギリムさんは、私を追い込むために帰還の可能性について知らせず、希望を温めさせたの?
疑心暗鬼、まさにすべてが疑わしい。
「ジールさんは帰すって、それが世界樹の意思ならって、
可能性が高い低いなんて一言も言ってなかった!」
私はジールさんの言葉を繰り返した。これが正しいのだと縋るしかなかった。
「アイツは世界樹に傾倒しすぎている。
キリキリの帰還が世界樹の意思だって思っているうちはキリキリに良いことしか言わないが、
反対に世界樹の意思が聖貴人を利用すべきだってなったら、」
「!」
「・・・それこそ教会の為に死ぬまでモルモット扱いにされるぞ。」
私は帰還できない可能性を示されて、自分が自分以外のモノに委ねられていることを改めて自覚させられた。
世界樹の意思と言う不確かなモノ。
そんなモノに帰還を左右される。確実なことはなにもない。
私の帰還は確かなものじゃなかった。
抜け出せたと思った暗闇に、私はまた引きずり込まれていく。
「それに、キリキリにとって旦那様は理不尽なことを言う方にみえただろうが。」
ギリムさんは何も反応がなくなった私を見て一瞬言い淀んだが、また手を組みなおして話を続けた。
「旦那様は公平で慈悲深い方だ。平民や俺のようなモノもちゃんと評価してくれる。」
私を安心させるように、ギリムさんは私を見つめた。
曰く、ナプルガンさんは初めての恋に夢中になっているから私につらく当たったようだが、本来ならば平民にも分け隔てなく公平な判断をする稀有な貴人だそうだ。
「・・・・・・私にはそうじゃなかったけどね。」
思った以上に冷たい声になった。
腹の底から暗い感情がぐるぐると渦巻いている。
「予想外なことに冷静な判断ができなかったのかもしれない。」
ギリムさんは穏やかに返した。しかし私の怒りはさらに増しただけだった。
「そうね。冷静じゃない状態の人のところへ、身体の関係だけ作りに行けっていうのよね。
手首を掴むだけでヒドいあざをつくるダンナサマのもとへ。
私は私の身体を使って、その大事なダンナサマと利益関係をつくりなさいって事よね。
命の保証なんてどこにもないけど!
それは帰還より大切なことなんでしょうけど!!!」
言っているうちに自分でも止められなくなった。感情が高ぶっていくのはわかるけど、止められなかった。
「キリキリ、ここは聞き入れてくれ。悪い話じゃないんだ。」
ギリムさんは困った顔をしているが、私が怒り出したことは理解できていない様子だ。
それはそうだろう。ここ異世界でこの提案は破格の好条件なのだから。
でも私は、好きな人に、命の危機まで感じた最低男と関係を持てと言われたのだ。
しかも生活のためにはそれしかないと、選ぶ余地もないときた。
元の世界でも、親に頼るしかない生活を抜け出そうと努力していた。養ってもらっていることに感謝もしないでいたけれど。実際あと数年もしたら、平和的に抜け出せただろう。
高校を卒業して大学で学び、社会に出たらできるだけ早く学費を返して、あの家から独り立ちして自由になる。その先に家庭を持つことだって将来あるかもしれないと、ニヤついたことだってある。
命の危険に怯えながら、知らない男と子供を作る人生になぜなった?
怒りが爆発した。
「大っ嫌い! 大っ嫌い! 大っ嫌い!!!
こんな世界なんてくそくらえだ!!!」
勢いよく立ち上がった。膝裏に椅子が当たり、ガタリと大きな音を立てて倒れた。痛みなんて感じなかった。
目の前には目を丸くしたギリムさんが見えた。
どうしてこうなったかわからないのだろう。
なにか言おうを口を開いたが、鯉のようにパクパクと動くだけだった。
今まで失っていた熱が怒りとして一気に戻ってきた。私は体に満ちる激情に任せて猛然と店の外へ走った。
これまでのこの世界の理不尽な扱いや、それに従わせようとするギリムさんの態度、それも優しさからという憎み切れない理不尽さ、ついでに引きずられて出てきた元の世界の窮屈な家庭だったり色々なものが、全ての不満が噴出した。
そこに残り6日間を上手い事過ごすという考えは吹っ飛んでしまっていた。
そして偶然目についた乗り合い船に飛び込んだ。
もちろん行先なんて見ていなかった。
◇◇◇
落ち着いてきたころに外を窺えば、車窓から見える景色は一定距離に植えられた林と砂浜になっていた。
どれぐらい時間が経ったのだろう。一時間も乗っていないと思ったのだが、辺りは海岸沿いの砂浜と、たぶん防風林らしい林しかない道になっていた。
道路も白ければ、砂も真っ白だ。元の世界の松のような林は、道と砂浜を挟んで海岸に沿って植えられていた。
林の途切れる間から見える砂浜の向こうは水平線だった。
ギリムさんと上った展望台からは平地や森林しか見えなかったから、相当遠くまで来たようだ。日も心なしか穏やかな色になってきた。
時計がないなとバス内をキョロキョロと探して、ビーンズで調べれば良いことに気が付いたのは終点についてからだった。
この世界のバスもギリムさんの乗る船と同様に素晴らしく早いらしく、ナプルガンさんの領地はとっくに通り抜けていたらしい。
それに長距離なのに料金が安くて助かった。
今日の町歩きの為に貰ったお小遣いで払えなければどうなっていたか。
申しワケナイと思いながらもお小遣いをもらっていて本当によかった!
ビーンズで調べたところ(GPSのような位置を調べる機能もあった)、森の領地を抜け、大陸の西の端の海岸沿いの町まで来てしまった。数百キロは離れている。うっかりで移動する距離じゃない。乗り物の性能が良いのも考え物だ。新幹線より早いんじゃないか?
そして私は砂浜に座って寄せては返す波を見つめ、独り反省会をしていた。もちろん体育座りである。
さきほど終点でバス停に降りた。乗客は私が最後の一人だった。バスは何と無人の自動運転だったので、運転手さんに帰りのバス時刻を聞くことも出来なかった。さらに私がバスのタラップを降りた途端、車体は景色に溶け込み消えてしまった。光学迷彩機能も時に無情だ。
怒りが過ぎてしまえば無力感しか無かった。
とりあえず砂浜に向けてとぼとぼと歩けば、木陰のかかる涼しそうな砂地の場所を見つけた。
道を挟んで林があるため、こちらは海からしか見えない位置だ。波打ち際からもほどほどに離れている。
海水浴の時期ほど暑くも無いし、海辺でマリンスポーツをしている人も見当たらない。
まだ日が沈むまで二、三時間ある。景色を独り占めだ。
要は誰も見当たらなかったから、黄昏るには丁度良かったのだ。
波を見ることに飽きた私は、真っ白い砂を握ってはサラサラと落とすという行動を繰り返し、先ほどの自分を振り返って考えた。
私は、6日間どっちつかずな態度をして、時間稼ぎをしなきゃいけなかった。
例え帰還が実験的なものであったとしても、希望がゼロではないのだから。
少なくとも、こんな世界大っ嫌いだと捨て台詞を吐いて逃げてはいけなかった。
はあー、と腹の底からため息がでた。
「あほだ。バカだ。最悪だ。自分から状況を悪くした。」
怒りが過ぎれば後悔が押し寄せてきた。
もっと詳しくギリムさんの残された時間を聞きたかった。いや聞きたくなかったのかもしれない。
こちらにきてからの現実はキツイことしかない。
あの時、知らん顔をして、ギリムさんがそう言うなら迷っちゃうなー、でもできるだけギリムさんと一緒に居たいな、って言えば良かったんだ。そうしたらまだ一緒に居られたかもしれない。
そう、一緒に居たかった。
でももう一度やり直しても、きっと同じように頭に来ちゃって逃げ出しているんだろうなぁ。
今の私はこの世界では子供を産む道具になるように強制され、好きになった人にもそれを勧められた。
この境遇って相当ヒドイと思う。
「あれ? これ仕方ないよね? 怒って暴れても悪くないよね?」
思い出し怒りに反省会にならず。
「でもさ。ギリムさん。・・・・・・最後まで一緒にいたかったな。」
その最後はどの最後のことなのか、自分でもわからなかった。
「あのぅ・・・・・・」
「うぉ!」
突然後ろから声をかけられて、変な声がでた。
驚いて躓いてこけ、あわあわと這いつくばっていたら、サンダルを履いた足が砂を踏んで私の目の前に現れた。
顔を上げたら逆光で眩しく、顔の見えない人が手を差し出してきた。
「驚かせてすいません。でも何でここにいるんですか?
命は大事にしないといけません。」
優しい声で私を心配してくれた?のは若い女性だった。
砂に足を取られてコケた私は、ありがたく彼女の手を取り立ち上がった。
「命大事に?」
冒険者の作戦?
お礼を言う前にまず口からでたのはそれだった。
感染拡大防止で引きこもりです。
外に出られない皆様のちょっとした楽しみになれたら幸いです。
でも内容が暗くてごめんなさい。




