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「いたいた!返事がないから焦っただろ・・・」



返事が無いから攫われたんじゃないかと思ったと言いながらギリムさんが慌ててリビングに入ってきた。

仕事が終わって帰って来たが、私の返事がないから心配してくれたようだ。それにしても攫われたって心配性すぎるよ。


「っておい、具合が悪いのか?」


ソファにぐったりともたれ掛かる私を見て、ギリムさんはさらに焦ったようだ。いえいえ、これから過ごす8日間を考えて暗くなっていただけです。言えないけどね。


「お帰りなさい。ごめんね、寝ちゃった。それよりお仕事は大丈夫だった?」


のっそりと顔を上げれば完全に日が落ちていた。照明は自動で点くからか気が付かなかった。

寝てはいなかったが、不安で何も手に着かなかったとは言えず誤魔化した。帰って来たギリムさんの声にも気が付かなかったなんて抜けているにもほどがある。


「ああ、今日呼び出された分、明日は一日休みになった。

 調子が悪いなら明日は船で病院も連れていけるぞ。」


ネクタイを緩めながらこちらを心配してくれる。しかし着替えは部屋でして欲しいんですが。目のやりどころに困る。

ギリムさんはシャツとスラックスになってやっと脱衣所に行った。良かった。今日は脱がなかった。

独り暮らしだったギリムさんは、今でもたまにパンツ一丁で歩き回る。ギリムさんが私を年頃の女性だと意識していないことは悲しいほどよくわかった。けっこう良い身体つきなのよね。ええ、何度もみましたとも!



着替えを終えたギリムさんは私の前で少し腰を屈めた。なに?と聞く前に、彼は私の頭を抱え込むように額とうなじを掌で支えるように持った。


「ちょっ」


途端に血が顔に集中する。手が宙を彷徨う。

落ち着け私!ギリムさんは熱を計っているだけだ。


私は悲しいほど切り替えが下手な女だったらしい。裏切られているとわかりながらも、こんなことでドキドキしてしまう。


バカみたい。でも、心配してもらえてうれしかった気持ちが湧いてくるのが抑えられない。


「熱は・・・無いみたいだな。」


そっと離れていく掌が名残惜しく、目線で追ってしまう。未練がましいなと我に返る。頬がほてっているのを慌てて両手で覆った。


「大丈夫だって。ちょっとだるいだけ。たぶん貧血だと思うし。そもそも異世界人なんて病院にかかれないでしょ?」


ギリムさんは熱を確認したら安心したようだ。中腰を伸ばして私から離れていった。カレンダーを見るようだ。


「お、ついてるな。明日は月に一度の教会の奉仕日だ。教会のやつらはみんな総出で奉仕する日だぞ。診察のことはジールに隠ぺいしてもらえば大丈夫だしな。

 ああ、夕飯は俺がするから。座ってろって。いや、ならデリバリーでもいいか・・・・・・。」


この人しれっと隠ぺいと言った。でも、ああそうか。ナプルガンさんに言えば簡単に情報は操作できるよね。捻くれた思いがずいっと顔を出す。

そんな自分の思考に嫌気がさし、誤魔化すようにキッチンへ移動した。


「おい無理すんなよ。家事はやらなくても・・・」


「作り置きがあるからそれでも良い?

 パンはここ、おかずは冷凍庫にあるから。自分で温めてくれる?」


心配して言ってくれた言葉を遮るように言葉を被せてしまった。ギリムさんのこちらを伺う顔が視界をかすめたが、顔ををすぐに下げた。


たぶん私ひどい顔している。



「キリキリ?」


「ゴメン。お腹も痛いし、やっぱり先に休むね。」



言い捨てて部屋に籠った。下手な誤魔化しだと百も承知だが、これしかセリフが出て来なかったのだ。

それに、長く話すと子作りを知っているのか、と報告書の指示通りに聞かれそうで怖かった。

今までの優しさや気配りが全て仕事上の嘘で固めたものなんだと、裏切りは現実なのだと、改めて思い知らされるのが怖かった。

騙されたままでいたかった。



「こんなので、あと8日間をどうやって乗り切るの・・・・・・。」


ベッドに寝転がってつぶやいた。








「・・・・・・ギリムさん。家事はやらなくていいって、昨日言ってたよね?」


「うー・・・ん。もう、少し、だけー・・・。」


ソファで身をよじる大人、可愛くない。

ギリムさんの眠るソファの手前にあるテーブルの上にはカピカピに乾いた食べ残しや汚れたお皿が並べたままだった。


「ギリムさん。ちゃんと部屋で寝てよ。もうっ、何で食べ散らかしてそのままかな!」


一晩お言葉に甘えて目を離したら、余計な手間が増えていた。汚れた皿をまとめてシンクに運ぶ。

俺が片付けるから家事はしなくて良い、だと思っていたけど、片付けは今じゃなくていいから・後でしてねって事だったのか。



「キリキリは・・・からだ、なおった・・・か・・・」


熱の有無を調べたいのか、寝ぼけたグリムさんの手が空中にふらふらと彷徨っていた。

そもそも昨夜も熱なんてなかったでしょ。


大丈夫だと言ってもわかってくれないギリムさんに知らせるためソファに行き、彼の手を取って自分の額に当てた。寝ぼけた相手なら赤くなってもばれないよね。触れるぐらいのラッキーがあってもいいじゃない。

裏切られていても、思いは別物らしい。こんな自分、バカみたいだ。でも、この手のぬくもりは捨てがたかった。



途端、反対の手で引っ張られて二人でソファにもたれ込んだ。視界がぐるりと回って一瞬混乱する。何が起きたんだ。



「は、はーん。騙されたな、キリキリ。休日の俺を起こす奴は誰であろうと許さねぇ。」


天井に向いた視界に、ニヤリとしたギリムさんが入り込んできた。


「はぁ。だったら私は食器をそのままにして寝る奴は許せないってーの。」



憎まれ口を叩いてなんとか意識を逸らせているが、耳から赤くなってきた。ついでに手汗が。ぐいぐいとギリムさんの胸板を押すついでに手汗も拭いてやった。しかし胸板は押しても動かない。



「俺の家は俺のモノ。何したって自己責任っ。」


ギリムさんががばりと私を抱っこしてほざいた。やばい、これは無理!きっと全てが赤くなってる。

これは襲われる状況?

全身が熱で焼き切れそうだ。



「これだよ。これ!子供はあったかくて抱っこが気持ちいいんだよな。」


「ちょっ、え?」


ギリムさんがおかしな事を言い出した。子供という単語に冷静になれたのか、血液は今のうちにと正常に巡り始めたようだ。

しかしギューギューと抱き付かれているから、しゃべるとうなじがくすぐったくてたまらない。

ヤバい。また顔に血が上がってきた。


「甥っ子も姪っ子もみんな大きくなったら飛び跳ねて抱っこどころじゃないんだよ。

 その点キリキリは大人しいから良いなぁ。抱き心地がたまらない。」


おかしい。私はこれでも成長が完了した大人のつもりなんですが!


「この前一緒にソファで寝たの、思いの外気持ち良くてさ。キリキリの抱き枕があれば良いのにな。」


「この前ソファで一緒に寝てたの、抱っこしたかったから?!」


衝撃の事実というか、この人の思考は親目線? いや抱っこフェチ?ってそんなのあるっけ?



「すまん。誘惑に抗えなくて、抱っこして寝た。」


ちゃんとシャワーは浴びたぞ、と見当違いな気を使われた。

ええと、誘惑っていってるけど、この人に女性として見られていないのはわかった。というかそういや恋愛ごとに興味ないって言っていたような?


「ごめん。もしかして嫌だったか?」


「・・・・・・いや、別に。」


邪気の無い顔で言われたら、なんだか否定できなかった。私は女の魅力よりも、子供の魅力満載だそうだ。

色気云々など気にしたことはなかったが、今、切実に欲しくなった。







◇◇◇







「こっちだ!キリキリ。あと少しだぞ。」


「まーってーーー。」


今、ハイキングと言う名の山登りをしている。


「俺もたいがい体力に劣るほうだが、キリキリはそれ以上で想定外だな。」


「・・・これでも、学校じゃ、平均、・・・だっ。」


小高い丘に登ると聞いていたが、何かの訓練をさせられた気分だ。思った以上に山が高かった。険しかった。

いや、始めはギリムさんもこちらに合わせた速度で歩いてくれていたんだ。しかしこのままでは帰る頃は日が暮れるとなり、少し・・スピードを上げられた結果がこれだ。



「無理させてすまん。でも、ここからの景色が一番わかりやすいんだ。」



誘われて上った展望台から見下ろせば、濃い緑の森が点在し、白い道がそれを網目のようにつないでいる地図のような光景だった。

森の内の一つは私達が住んでいる町だろうか?

地平線の端に霞んで見える四角い建物があのお屋敷だろう。白い道が回りに見られないのは敷地内だからだろう。そうするとかなりの敷地の広さだ。



「ホーン家の領地はだいたいこの山から見渡せる土地全てだ。」



聞けばこの世界は山がほとんど無く、山を目印に領地を分けているそうだ。この山も観光地化されており、展望台には親子連れや恋人たちがちらほらといた。今日は教会の奉仕日だから教会はにぎわうから、こちらはいつもより空いているらしい。

ホーン家はこの土地の為に働く貴族で、領民から慕われ尊敬されているそうだ。

ふーん、広い領地だね、としか言えなかったけど。

ギリムさんは気を悪くしたようにも見えず、ホーン家で働くことは領民のステータスでもあるんだよ、と誇らしげに言った。



この世界のことが知りたい、とギリムさんに伝えたのは今朝だ。そう、抱っこ地獄の後に。

もし帰還が失敗したらこの世界で生きていかなくてはいけない。その可能性を考えて、生きていくためにどうしたらよいだろうと話を持ち掛けた。


ギリムさんは昨日から私の様子がおかしかったのは、帰れなくなった時の不安からそうなったのかと納得していた。私も否定も肯定もせず、チャーチ先生の知識だけでなく、生きた現実の情報が欲しいと言った。


こちらに残る事を今までよりも肯定的に考えている様子を見せて見れば、ギリムさんは協力すると言ってビーンズを操作しだした。心なしか顔が嬉しそうだった。反対に私の心は嘘に痛むが。



「ん?どうした。さっきも言ったけど、昼からランチついでに出かけるから用意しておけよ。」


出かける準備なんてすぐに終わった。リビングに戻れば、ギリムさんがまだビーンズを使用していて、情報が盗めないかギリムさんの周りをうろついていたのだ。しかし自分から触るとなると難しいことに気が付いた。

私から触れる理由がない。


どうするか視線を下に向けた途端、額にひと肌と情報が大量に流れ込んできてふらついた。


「キリキリ、大丈夫か?熱は無いみたいだが。」


ギリムさんから私に触れてきた。ビーンズも同時につながった。

熱はないというのに熱を測ることが癖になったのだろうか。抱っこ大好き宣言してから私に触れることにギリムさんの遠慮がなくなったように思う。ちなみに私は何も了承していない。

おかげで情報は覗けたが。ギリムさんは私に油断しすぎだと思う。


得られた情報はつながった瞬間にコピーした。たぶん書きかけの報告書だ。上手く行きすぎて怖くなるぐらいだ。


「こちらの仕事は暫く書類整理になるから、屋敷は二日置きに行くことになった。

 気楽な自宅勤務だぞ、キリキリ。」


この人、無茶苦茶な勤務形態を言い出した。大方ナプルガンさんからこちらを懐柔しろとの命令が出たのだろう。後で報告書を確認してみよう。ギリムさんと長く過ごせるのは嬉しいが、裏切られているのを思えば胸が痛む。

それにしてもギリムさん、私を子供扱いしすぎだ。こんな話は誰でも不審に思うだろうに。


「それ、暗に解雇を迫られているんじゃないの?大丈夫?」


「え?これマズいの?」


「私がいる間だけでもお給料が出ますように。」


これは切実な願いだ。屋根のあるところで寝たいしご飯は美味しく食べたい。

ギリムさんは少し焦った様子でもう一度ビーンズを使って何かしていた。


ちょっとざまーみろって思ったのは内緒だ。




読んでいただきありがとうございました。

亀の歩みにお付き合いいただきありがとうございます。

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