表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/17

12

※文中に生理の表現が出てきます。ご注意下さい。

その日、仕事から帰って来たギリムさんは、真っ先にピリカさんとの話を聞いてきた。

あとひと月程で帰還だと言えば、ギリムさんが思いの外動揺して逆にこちらが驚いた。もっと時間がかかるものだと思っていたらしい。数年単位とか。

そう、ジールさんって案外仕事が早い。ああ見えてあの人優秀なんだね、と言えばすぐに同意された。旋毛をみせるだけのおじさんではなかった。


「・・・そうか。キリキリと、あっという間にお別れだな。」


ギリムさんは感慨深そうに言った。そうだ。このぬるくてステキなギリムさんとの生活も終わるんだ。当たり前のことに、その一言で気がつかされた。寂しそうに見える背中は、ギリムさんも私との生活が楽しかったとうぬぼれて良いのだろうか。


「まだひと月あるよ。」


「そうか。まだひと月はキリキリの美味しいご飯が食べられるんだな。」


ギリムさんはそう言ってニヤリと嬉しそうに笑った。


「腕によりをかけて作るよ。肉ばかりじゃなく野菜もだけど。」


「野菜も嫌いじゃないぞ。だが力をつけるには肉がな・・・・・・」


途端に肉を主張してくるギリムさん。なんだかんだと言いながら、今夜も肉がメインだ。私も甘いな。



ギリムさんは相変わらず姪っ子を可愛がるように面倒をみてくれた。この穏やかな生活が終わってしまうのはやはり寂しい。だが帰還を諦めるなんてできない。

劇的に力の弱い私が、この世界で独りで生きていくことは難しい。

もちろん子供を産む仕事は仕事だなんて思えない。



それに、身体は正直だ。


帰還が出来ると聞いた次の日。朝から軽い頭痛がしていた。おかげで朝食を作る作業が捗らず、目玉焼きがスクランブルエッグになった。おまけにフライパンにも焦げ付いた。洗う手間を考えて舌打ちしたい気分だった。


「おはよう、キリキリ・・・っておい!どっかケガしたのか!?」


「え?」


その日は頭痛で気分も悪く、締め付ける服も負担に感じてワンピースだったことも失敗だった。

足を伝う血液に初めに気が付いたのはギリムさんだった。


「あ、うそ・・・・・・。」


この世界に来て初めての生理だった。今まで精神的ショックで止まっていたみたいだったが、帰還か叶うことで身体も正常に動き出したのだろう。


走り寄ってくるギリムさんを止めたいが、この状況で動くのも周りを汚しそうで怖い。そして恥ずかしい!

真っ赤になっておろおろする私をみてギリムさんも察してくれた。


「キリキリ、今濡れタオルを持ってくるから。心配するな。姪っ子でもあったから慣れてる。」


顔色も変えずに濡れタオルと代えの下着を持ってきて、初めてなら自分で処置ができないだろう?と手伝われそうになった時は頭が真っ白になった。ギリムさん、あなたお母さんなの?



「せ、セクハラー!!」



気が付いたら叫んでいた。






「初めては落ち着かないだろうから、ついていられたら良いんだけどな。」


ギリムさんは完全に初潮がきたんだと思い込んでいる。私はもう恥ずかしいの極致で訂正する気も置きず、ソファーでぐったりしていた。ギリムさんは過保護な母親と化して、さっきまで職場に休めないかビーンズで連絡を取っていた。うちの姪っ子が初めてでさ、と連絡を取り合うギリムさんを見て絶望した。そんなことを職場に伝えるな。もちろん休めなかった。当たり前だ!


「今日はご飯を買って帰るから、ゆっくり休んでいろ。お、また通話が来た?」


家を出る直前にギリムさんはまたお屋敷から連絡がきたのだろう。玄関で連絡を受けていた。いってらっしゃいと言い損ねた私は仕方なく待っていた。

するとギリムさんのシャツにクリーニング(この世界でも普通にあった)のタグがつけっぱなしになっているのを見つけた。今朝は私のことでバタバタしていたからだろう。取ってあげようとそっと後ろから襟首のタグをちぎろうとうなじに触れた。


途端、私のビーンズの起動がされ、ギリムさんとナプルガンさんの音声通話が切れ切れに流れ込んできた。


――――・・・こちらのモノだ。いや、返さん。

――――・・・そんな・・・・・・


バチンッ


手をはたかれて我に返った。ギリムさんがこちらを焦ったように見ていた。私の手はギリムさんに振り払われたのだ。結構ヒリヒリする。クリーニングタグは足元に落ちていた。


「あ、あー、すまん!そうだった。キリキリはビーンズを入れていなかったんだった。」


痛かったよな、と謝りながら私の手を確認してきた。ギリムさんは一般の人より力が弱いからと言っても、やはり手加減無しでは暴力的な力になるらしい。赤くなってきた手を見て、ギリムさんはものすごく落ち込んでいた。


「キリキリは知らなかっただろうけど、ビーンズを使っている人には近づかないようにな。」


ビーンズを使っている人に触れば、その人のビーンズと同調してしまうそうだ。しかも一方的なので、ようは覗き見してしまう。覗かれた方はわからないから質が悪いイタズラになる。

礼儀としてビーンズを使用する人は人混みを避けるし、使用中の人には近寄らないのが常識だそうだ。


「キリキリはビーンズがないから覗けないが、されたヤツはわからずに怒ってくるから気を付けろ。」


コクリと頷けば、ギリムさんはホッとした顔を引き締めて出かけて行った。

緊張した面持ちで出かけて行ったのは、通話の雰囲気が穏やかじゃなかったからかもしれない。



一瞬聞こえたのはナプルガンさんの厳しい声だった。ギリムさんはナプルガンさん付きだから直接連絡がきてもおかしくないのだろうけど。でも、偉い人は秘書とかに連絡させるのでは?疑問が不安を呼び起こしていく。



こちらの通話は電話のように声に出しても出さなくても通じるため、さっきはギリムさんの声も途中から無言になっていた。聞かれたくない通話は基本声をださない。だが姪っ子が初潮を迎えて云々は無神経に声を出してしゃべっていた。きっとギリムさんは仕事はできてもデリカシーはない人だ。


二回目の通話相手は絶対ナプルガンさんだった。聞き取ろうとする前に切れてしまったから内容はわからなかったが、ナプルガンさんが命令して、ギリムさんが焦っているような様子だったように感じた。


ひたひたと不吉な何かが這い寄ってくるような。嫌な予感がした。







その日の夕方、ギリムさんはテイクアウトの夕食と、瓶に入った青いお酒を買って来た。ひと月以上一緒に過ごしてきて、初めてのアルコールの登場だ。ギリムさんはてっきり下戸だと思っていたが違ったらしい。

青い瓶をすかしてみれば、細かい金色のラメが舞っていた。まるで光を反射する海のようだ。


この世界では初潮を迎えたら大人として扱われ、アルコールも解禁だと言われた。これは赤飯代わりらしい。因みに男の子は16歳で一律大人扱いになるそうだ。この世界はみんな体が大きいから、アルコールを取るのが早くても成長の妨げにはならないのだろう。私は大きくないし、元の世界じゃまだ飲めない年齢だと言ったが、ギリムさんは聞かなかった。


「お祝いなんだから飲んどけよ。いやー、これからキリキリも大人扱いしないといけないな。」


「うわー、ホントこれきれいなお酒。海みたい。」


あえて大人扱いはスルーさせてもらう。子ども扱いされて助かったことだらけだ。見た目で子供なら最後まで利用するつもりだ。


「キリキリは海を見たことがあるのか?いいな。俺も見てみたい。キレーなんだろーなあー。」


お酒というものを初めて飲むため、ちびちび舐めるように味わっていたら、あっという間にギリムさんが出来上がっていた。え?さっきグラスに1杯飲んだだけだよね?


見ればギリムさんは黄色い目をとろけさせて、顔はほっぺが子供のように赤くなっていた。

食卓にお酒が上がらなかった理由がわかった。ギリムさんは激しくアルコールに弱い。


私はたぶん普通に飲める人だと思う。グラスに半分ほど飲んだが何ともない。そもそも12、3歳の子供が飲むようなお酒だ。ジュースみたいに甘いしアルコール度数も低いだろうに。


「ご機嫌そうだね、ギリムさん。今日は、お祝いしてくれてありがとう。」


正体をなくした酔っ払いだと思えば、素直にお礼が言えた。捻くれた私にとって上出来だ。


「可愛いキリキリのお祝いだぞ。おめでとう!どこであっても、幸せになれよー。」


この人は、慣れないお酒を飲んでまで私の幸せを願ってくれる。なんて温かいんだろう。

胸の奥からジワリと生まれたこの熱は、アルコールのせいだろうか。



ギリムさんは目を細めてこちらを見つめてきた。

ドキリとしたら、


「・・・・・・眠たいけど、動けそうにない。キリキリ、そこのソファーまで行くの手伝ってー。」


介護を頼まれた。私達、そんなに年の差はなかったよね?


仕方なくリビングのソファーへ肩を貸して歩いて行ったが相当重かった。細身で周りより小柄なイメージがあったギリムさんだが、やはり男性だ。数メートルの距離なのに、なかなか進まなかった。


「重いよギリムさん。あともう少し。はい、足を前に。もうちょっと。」


「俺は子供じゃないんだ。キリキリめ。生意気だなー。」


うふふと笑いながら豪快にふらつく陽気なギリムさん。こちらは息が切れています。


「ああっ!」


「アハハ!」


二人で抱き合うようにソファーに倒れ込んでしまった。

立ち上がろうとすれば、背中に腕が巻き付いて起き上がれなくなった。


「さすがにこれはっ。ギリムさーん。正気に戻れー!」


目の前にギリムさんの横顔がある。目じりのしわまで見える。余りの顔の近さに恥ずかしくて、顔をうなじに埋めた。すると男性の嗅ぎなれない香りにくらくらきた。この体制はマズい。経験のない私でもわかった。アルコールとは違った理由で顔が赤くなってくる。


「あったかいしー、柔らかーい。でもくすぐったーい。」


くつくつと笑い上戸なのかご機嫌のギリムさん。

私の大人になったお祝いに、なぜあなたは子供に戻るのでしょうね?


「キリキリと、離れるのは、寂しいなー。」


ぎゅっと抱きしめられ、そうつぶやかれた。




その不意打ちに、私は愚かにも、恋に落ちた。



読んでいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ