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「この度はまことに申し訳ございませんでした。」
と、ただいま私とギリムさんの前に、きれいに整えられた白髪頭が下げられている。旋毛がキレイに見える。ということは毛髪が少し頼りなくなってきたってことか。ご愁傷様です。
予想外の謝罪から始まった出だしに、私とギリムさんはただただ旋毛を見るしかなかった。
ピリカさんはここまで案内してくれたが、部屋に入ってすぐにこの目の前の人に席を外すように言われて出て行ってしまった。
ここは布張りのソファが向かい合わせに置かれている応接室みたいな部屋だった。私とギリムさんは旋毛さんと向かい合って座るつもりだったが、座ろうと思ったら謝罪が始まってしまったからみんな立っている。
広くもない部屋に3人も人が入れば少し息苦しいくらいだ。この状況を何とかしてよとギリムさんへ目線をやれば、さっさと話しを進めろよとギリムさんに小声で指示された。年下の私が仕切り役ですか?
実は目の前のこの人こそ、私を元の世界に戻せるかもしれない人だ。
「どうぞ、頭を上げてさい。そしてお話を聞かせて下さい。」
私の握りしめた手はじっとりと湿っていた。
◇◇◇
時を遡る事ひと月ほど。
ギリムさんの言うように、失踪の次の日も、その次の日も、ホーン家から私の捜索が公に行われることは無かった。初めはビクついていた私も、あまりの私への関心の無さに飽きれた。
程なくして、ギリムさんは聖貴人の担当を外れ、ナプルガンさん付きに戻ったと言っていた。表向きは聖貴人は草原で数日迷子になり、大きなケガを負って病院で治療中ということになっている。その治療中に聖貴人は子供が作れない身体だと発覚することになり、それをお抱えの医者に診断書を書かせ、教会へ責任を取らせる方針だそうだ。以上、ギリムさん情報。ナプルガンさん、やることがえげつないね。
私は初めこそ怯えて家に閉じこもっていたが、一週間も経てば大丈夫だろうと言われ、買い物に出かけるようになった。
なんとこの森の町(?)の地下には商店街が幾つも存在する。
地下というか隙間だろうか。この辺りは平に見えて数メートルの厚いコケが生えている場所が所々に点在する。そのコケと地面の間に空洞が出来てコケがドーム状になっていて、広く地下広場のようになっている。そこへ石造りの細々としたお店が軒を連ねて商店街ができているのだ。コケの隙間から差す日差しは天然の明かりできれいな照明だ。しかしコケのフィルターを通ってくる光は少し薄暗いのもあって、私の微妙に違う顔つきは誰にも気づかれないようだった。
薄暗いせいかわからないが、ここの人達は目の色や髪色で人を見分けている節があった。私の黒目黒髪はここでもよく見かける色だ。しかし普通の子供は学校に行っているし昼間に買い物に来ない。商店街の奥さん旦那さん達には、私は身体が弱くて学校に行けないのだと説明した。か弱そうに(実際誰よりも弱いが)しつつも愛想を振りまき、私は商店街の皆から黒目ちゃんと親しく呼ばれるまでになった。
今のところこの世界に上手く馴染めたようで嬉しい。
「お帰りなさい!ギリムさん。今日はキノコ尽くしです。なぜなら色んなキノコが売っていたから。」
「食事の基本は肉だよ、肉。キノコってまた腹に力が入らなさそうな食事だな。」
ギリムさんは今日は通常勤務で夕食時に帰ってきた。使用人用スーツの襟元のボタンを外しながらキッチンへ視線を向ける。使用人の時はですます調の口調だったのに、今やただの口の悪いおじさんになっていた。
「と言うと思ったから、ウズラ肉は照り焼き風で用意してあるよ。さ、着替えてきて。」
ほぼひと月程一緒に暮らすようになり、私も彼の人となりに慣れた。
今日は数種類のキノコの説明を聞いて、興味津々で全種類買って来たのだ。初めは八百屋に行けば知らない食材だらけで困ったが、子供の振りをして話をしながら食材の知識を積み重ねていくと大層興味深い。今は八百屋さんに食材のことについて聞くのが楽しくて通っている。今日は言わずもがな、キノコだった。
いや、キノコって安くて美味しいものだから!と言いつつおかずを温め直す。
ギリムさんは見た目と違い、若者らしく肉肉しいメニューを好むため、カロリーや栄養のバランスを考えつつ肉料理も取り入れた。これは家で家事を押し付けられていたことが役に立った。お世話になっているギリムさんのお役に立ててうれしいが、あの親に感謝すべきなのかは悩むところだ。
「キリキリは小さいのに料理も出来て偉いな。照り焼きが家で食べられるとは思わなかったよ。」
ギリムさんは着替えを済ませ、ほっぺを桃色にしながらリビングにやってきた。ウズラ肉の照り焼きがよほどうれしかったらしい。見た目はおじさんなのに反応は若いというか幼いのでなんだかおかしい。因みに調味料はこの世界も多種多様にあり、照り焼き味は試行錯誤の末にやっと味を再現できた。この世界でも人気な味付けだったようで、この前食事に出したらギリムさんに大喜びされた。
二人の生活は、お互い何も言わずとも、見た目の年齢に合わせるように振る舞った。
でないと、若い男女が同じ屋根の下に暮らすなど、意識してしまえば歪な関係だ。
ピリカさんと初めて会ったあの日、彼はギリムさんが席を外した隙に私を呼んだ。そして内緒話をするように耳に手を寄せて言った。
「ギリム君は子供を性的に愛する変態じゃないから。安心してキリキリさんは子供扱いされていればいいよ。」
「?」
「その方がキリキリさんのため、かな? あ、 」
ピリカさんはまだ何か言いたそうにしていたが、ギリムさんが戻ってきたため話は終わった。
なんとなく、ピリカさんの言いたいことが理解できた。私は男女関係に疎いと言われる方だ。もちろん彼氏などいたことがない。そんな私でも若い男女が同じ屋根の下で暮らすことが問題なのはわかる。子供の作り方は理解しているが、男女の機微は未知の世界だ。
私は黙って頷いた。
そんな綱渡りのようなギリムさんとの生活だが、元の生活で暮らしていた家族よりも家族らしく温かい生活をおくれた。ギリムさんも叔父さんに成り切り、私は姪として子供のように振る舞う。私たちはぬるま湯のような関係に浸っているのだと思う。私は彼からは子ども扱いしかされていない。
彼は私にお金を請求することもなく、女として利用することもなく、無償で匿ってくれている。もちろん私は働くことはすぐに提案した。ギリムさんはそれには反対し、ここでハウスキーパーとして雇うからと言って生活費とは別に少額の報酬までくれる。
ギリムさんが雇い主を欺いてまで私を家に匿い、無償で養ってくれている理由はわからない。ギリムさんが善意だけでリスクを抱え込むほど、私が魅力的な人間であるとは思わない。
彼の私を保護する理由が何か見当がつかなかった。
でもなんとなく、真っ当な理由でないだろうなと思った。
「そうそう、今日の昼に、ピリカから珍しくビーンズで連絡がきた。」
夕食後、皿を洗っていた私はもう少しで洗いかけの皿を落とすところだった。
「もう能力者が見つかったの?じゃあ元の世界へ帰られるの?」
罪悪感から必要以上に焦った口調になってしまった。
一瞬、元の世界へ帰ることを思い出して暗い感情になるなんて。この温かい生活の終わりは、待ち望んだ帰還なのに。終わりだと思えば気持ちが沈むなんて。ギリムさんは落ち着けと言い、テーブルに食後のハーブティーを並べた。使用人魂なのかお茶はギリムさんが淹れてくれるのだ。
「新しい手掛かりがあったそうだ。探している能力者かどうかはわからないが、キリキリに関係がある可能性が高い奴がいたらしい。」
「手掛かり?」
「そうだ。世間に力の強い能力者なんてそうそう居ない。人間を呼び寄せる能力などあれば、必ず噂になるだろう。
だが教会内にそんな噂は無かった。そこでピリカは聖貴人に詳しい者ならどうかと思いついたらしい。」
おかしな事に教会内で聖貴人を呼び寄せたという噂など一つもないらしい。ホーン家の聖貴人が特別に呼び出された事すら隠されていたそうだ。もし本当に強力な能力者が聖貴人を呼び出したなら、教会は自ら貴族連中に吹聴するだろうという。隠す意味がないのに誰も知らない。
ならば見方を変えてみようという事で、ピリカさんは聖貴人を研究している者を探そうと思いついた。教会は世界樹を研究するという名目で大学のような研究施設を持ち、様々な角度から世界樹を研究している。そこでは研究員も多数在籍している。
その研究員の中で、最近処罰を受けた者がいるらしい。それが聖貴人と世界樹の関係を研究しているジールという者らしい。
処罰である謹慎が解け次第話を聞いてみるとピリカさんから連絡があったそうだ。
「処罰?報奨じゃなくて?」
「あんたが失踪してホーン家が有りもしない難癖付けたからじゃないか。」
「ああ!」
「だがキリキリの言うことも一理ある。処罰されたことは隠していないのに、本物らしい聖貴人を呼び出したことは隠すのはどうしてだ?」
「私を聖貴人扱いして渡したはいいけど、教会の人達も本物だと信じてないとか?
でも、じゃあ何で今までのように教育した聖貴人を渡さなかったんだろう?」
私のことはナプルガンさんも半信半疑だった。むしろ偽物の方が都合が良かったのにという扱いだった気がする。本物らしいから念のため子作りしなきゃならなくなったというヒドイ言われようだった。今思えば、私が子供に見えたから、すぐに子作りせずに放っておかれたのか。おお、日本人顔で良かった!!
ということはチャーチ先生は幼子に手を出す憎むべき性癖を持っていたということになる?
「ギリムさん!!」
あいつって小児性愛者じゃん、という言葉はかろうじて飲み込んだ。
「どうした?急に。」
「いや、やっぱり何でもない。言ったらもっと怖くなっちゃいそうだ。」
認めるともっと怖いこともある。そんな気がした。
「???」
ギリムさんは急に自分を呼んだ私を不思議そうに見ていたが、ハーブティーが冷えそうなのをみてもう一度私をテーブルに誘った。
洗い物がと思ったが、話しながら無意識で洗っていたらしく、汚れた皿はもうなくなっていた。
◇◇◇
というところでピリカさんに探ってもらったところ、この目の前にいるツムジ見せ男さんがジールさんだ。先程ようやくソファーに座ってもらった。
ジールさんは白髪で水色の目をしたひょろりとしたおじさんだった。たぶん50代ぐらいに見えるけど、この世界の人だからもう少し若いのかもしれない。教会に勤務するピリカさんと同じように、白いシャツと黒いスラックスを身に着けて、さらに研究員らしく白衣のような形の上着を着ていた。
「私は世界樹の意思を実現させる研究をしております。この度は聖貴人に関する意思を実現する実験をしたのですが、貴方様にはご苦労をおかけするばかりでございました。まっことに、まことに申し訳ございませんでした・・・・・・。」
後半は涙声になって来た。このままでは話が始まらないと、二人で苦労して頭をあげさせてまた立ち上がりそうになるジールさんをソファに座らせた。
「お聞きしますが、私をこちらに連れてきたのはジールさん、貴方で間違いないんですね?」
私は短刀直入に言った。まどろっこしく言われてもわからない。謝られても許すことはできない。謝罪を聞いていて良いことなんか一つもないのだ。
「私を元の世界に返して!!返してよ!!」
座っていたはずなのに、いつの間にか立ち上がって喚いていた。
今日の日を慎重に過ごして待っていたのに、私は思っていた以上に心を乱していたようだ。例えあんな家でも、元の世界は恋しいのだ。目の前に帰還をちらつかされて改めて気が付いた。
「聖貴人様はこの世界に居たいと思われなかったのですね。私の力不足で辛い思いをさせました。」
「ジールさんは謝るばかりだ。ねえ、元に戻せるのか聞いているの!」
「おい、キリキリ。」
横に座っていたギリムさんに肩を掴まれ座らされてしまった。もうグラグラと煮立ったお湯のように感情が収まらない。
「・・・・・・聖貴人様の世界へ戻ることはできるはずです。
それが世界樹の意思であれば、叶います。」
「!!!」
「っおい?」
その一言が聞けた。
余りの興奮と一気に押し寄せた安堵で、私はそこから記憶がなかった。
読んでいただきありがとうございました。
更新が遅くなってごめんなさい。
のんびり更新になりそうです。早く更新できるようにがんばります・・・・・・・。




