マグカップ
眠っていた祥太は、何かいい匂いがしていると思い目を覚ました。
油か何か、ジュージューと音がする。
目をこすって起き上がると、宏人が朝食を作ってくれているようだった。
「あ、起きた? 祥太、おはよう」
宏人は機嫌がいいらしく、フライパンから出来上がった食事をお皿に移した。
お皿には焼けたトーストと目玉焼きとベーコン。それから、皮を剥いたリンゴも用意してあるのが見えた。
「ちょうどよかった。一緒に食べようよ」
「……うん」
祥太はまだ半分寝ぼけていたが、ふわあとあくびをした。
「砂糖とミルクも入れる?」
「あ、いや、いいよ。自分でやるから」
祥太はベッドを下りるとテーブルに移動した。
その時、コーヒーの入った新しいマグカップに気づいた。
「あ」
「どしたの?」
「カップ買って来てくれたんだ」
「うん。僕のは青いのね。祥太は黄色のイラストが付いている方を使って」
宏人の方のマグカップは紺色で、底が厚く深みのある形状で持ち手もしっかりしている。
一方、祥太の方は飲み口が広く、薄めで丸みのあるフォルムと可愛い犬のイラストが入っていた。
てっきり、おそろいのマグカップを選んでくると思い込んでいた祥太は拍子抜けした。
自分が買いに行っていたら、絶対に同じマグカップの色違いを選んでいたと思う。
そう考えた途端、浮かれていた自分を恥ずかしく思った。
顔を見られたくなくて、マグカップを手に取って、かわいいな気に入ったよ、とお礼を言った。
宏人は嬉しそうに答えた。
「大学の友だちの女の子に頼んだんだ」
「へ?」
「同じ講義を受けている子でね、雑貨屋でバイトしているんだって。あ、それならと思って。男二人だからテキトーに探してくれる? って頼んだら、それを買って来てくれた」
「あ、そ、そっか。わりいな。だったら、俺が買いに行ったのに」
「いいよ。祥太は忙しいでしょ」
「あ、うん……」
割れたマグカップを見て、祥太はすぐに同じのを揃えたいと思った。けれど、宏人はそうじゃなかったんだ。
もしかしたら、一緒に暮らし始めたことを喜んでいるのは、自分だけなのかもしれない。
「さ、食べよ」
宏人が作ってくれた朝食なんて、嬉しいに決まっている。
祥太はマグカップのことはこれでよかったんだ、と思いなおし、いただきますと手を合わせた。
宏人が九時過ぎには大学へ行ってしまい、一人になった祥太はシャワーを浴びて、部屋の片づけをすると、特に用事がなくなってしまった。
しかし、引っ越したばかりの部屋はまださみしい気がする。
壁時計が欲しいかな、と思う。
下調べをしておいて、後で宏人に相談しよう。
どんな時計がいいか、ネットで探してみる。
シンプルなメーカーで値段も手頃のものがあり、いくつかピックアップしておいた。
祥太の仕事は18時からなので、まだまだ時間に余裕があった。
宏人が帰ってくるまでに、夕飯の作り置きをしようかとスマホを開いて料理のレシピを探していると、ピンポーンとチャイムが鳴った。
「はーい」
ドアアイからチラリとのぞいて返事をすると、柏木祥太様にお届け物です、と配達人の姿が見えた。
ドアガードを外してドアを開けて荷物を受け取る。
小さめの段ボール箱はそんなに重くはない。
確かにあて名は祥太だったが、買い物をした覚えがなかった。
宏人が頼んだんだろうな、と思って勝手に開けるわけにはいかないので、見えるようにテーブルの脚元に置いた。
どうして、自分の名前を使ったのだろう。
疑問に思ったが、気にしないことにした。




