はじまり
「ん……」
寝返りを打とうとして祥太は体の向きを窓際の方へ変えた。手を伸ばすと隣で寝ていたはずの宏人がいないのに気づく。
「あれ……?」
バーで見習いとして働いている祥太の帰宅時間はかなり遅い。
夕べは夜中の2時過ぎにアパートについて、静かに寝ようとしたら宏人が目を覚ましてしまった。
悪いと思ったが、大学生の宏人と日中に話をする機会はほとんどないので、明日は休みだから夕飯何か作るよと好物は何? とか聞いているうちに、寝てしまったらしい。
宏人はきっと呆れてしまっただろうな。
「宏人?」
バスルームからは音もしていないし、キッチンにも人の気配はない。大学へ行ったのだろう。
今から4年前。祥太の方から少し距離を置きたいと言って宏人としばらく連絡をしなかったら、宏人の方からスマホに連絡が入った。
瑞穂とは別れた。でも、別の人と付き合ってるから、前みたいに友達に戻ろうよという内容だった。
その頃にはもう祥太は、大学には行かずバーテンダーの仕事をしてみたい、と思うようになっていた。
宏人のことを忘れるのにちょうどいい機会だと思い、恋人ができたという宏人に、応援していると返事をした。
宏人と前のような友だちみたいな関係に戻り、スマホで時々連絡を取り合い、高校を卒業し、アルバイトをしながらバーテンダーの専門学校へ通い始めた。
19歳になって両親から一人暮らしをしてもいいと了承を得ると、見習いとして働かせてもらっていた直矢のバーの近くにアパートを借りた。
ずっと考えていた。
宏人と一緒に暮らしたい。
今でも宏人に片思いしている。
宏人と距離を置いたことは後悔はしていないけど、宏人のことは大好きだ。この気持ちはまだ言えないけれど、一緒に暮らそうって言うことはできる。ただ、宏人がどう答えるかは分からなかった。
だから、いいよ、と返事をもらった時は正直、すごく驚いた。
ブーッ、ブーッ、と机に置いてあるスマホが振動している。見ると、宏人からだった。メッセージを開くと、『学食でヨモギ餅を見つけたんだけど、食べる?』とある。
「ヨモギ餅?」
ヨモギ餅ってなんだ? でも、甘いものは嫌いじゃないし。いる、と返信すると、OKと返ってきた。
今、何時なんだ? 時計を見たら、12時を過ぎていた。
祥太はシャワーを浴びようと、バスルームへ入った。熱いシャワーを浴びると体がすっきりしてくる。体を拭いて出ると、4月に入ったばかりの季節は少し汗ばむほどだ。Tシャツを着て部屋着のジャージを履く。コーヒーでも淹れようとケトルに水を足して沸かした。
実家から持ってきたテーブルの上には宏人が買ってきたのだろう、個人経営の店のパンがいくつか置いてあった。
インスタントコーヒーを入れて、それを食べながら少しだけぼんやりした。
夕べ、宏人は何が好きって言ってたっけ。
思い出そうとしたが、疲れていたのだろう。覚えていない。
あ、そういや。この部屋にはカーテンがないから、落ち着かないよと宏人がぼやいていたのをすっかり忘れていた。
仕方ないじゃないかと思う。カーテンどころか、テレビだってないし、実家から持ってきたものしかない状態だ。
冷蔵庫とか家電は最低限のものはあるけど。
祥太は、今日はカーテンを買いに行こうと思い立った。
近くのインテリアショップを思い描く。宏人はどんな色が好きだろう。時間を見て、もう少し早く起きたらよかったな、と自分に呆れる。
バーテンダーの見習いとして、週休二日で働いている。時々、アルバイトで他の店のヘルプもしたりするが、基本は直矢の店にほとんどいる。
まだまだ見習いであるがいつか、宏人にも自分の作ったカクテルを飲んでもらいたい。
まだ、20歳にもなっていない祥太の夢だ。




