ショック
校舎を挟んで渡り廊下を隔てると、向かいにある体育館の裏へ行く。
ひと気のないところに来ると、宏人は何かを気にするようにキョロキョロと見渡した。
「何やってんだ?」
祥太が不思議そうな顔をしていると、いきなり宏人が祥太の背中に腕を回した。
ひとまわりも大きい体にのしかかられて面食らった。
「な、何? どうした? 気分が悪くなったのか?」
宏人は顔を伏せたまま首をぶるぶると振った。
何だか様子が変だ。
抱きつくのは同じだが、その抱きつき方がちょっと違っていた。異常に力がこもっている。
「祥太、僕ね、合格したらどうしても伝えたい事があったんだ」
宏人の息が耳にかかる。祥太はどきりとした。
「え? あ、うん。何?」
顔を上げると、潤んだ瞳の宏人が見つめていた。
「あのさ、祥太、好きな女の子いる?」
「女子? いや、いないけど」
祥太はこの体勢は話にくいなと思いながら、顔を上げた。
宏人の顔は真っ赤だ。その顔を見てハッとした。
「もしかして、俺のクラスに気になる奴いんの? 誰? どんな子?」
「違うよ」
宏人が苦笑した。
「じゃあ、宏人のクラスメート? 俺さ女子にからかわれてばっかりだから、あんまり興味ないんだよな。女子の話ならさ、竜之介の方が詳しいんじゃないのか?」
頼りになれなくてごめんな、と言うと宏人が首を振った。
「祥太」
「あ、うん」
呼ばれて顔を上げると、宏人が顔を寄せてきた。
「んっ?」
このままでは顔面衝突するぞというところまできて、祥太はゴンと頭を壁にぶつけた。
「痛っ」
顔をしかめてぶつけた部分を両手で庇うと、唇にぐにゅっと何かを当てられる。
「んっ? んんっ」
祥太は目を見開いた。
宏人、何してんの?
キスという可愛らしい単語ではなく、窒息させる気か? というほど力のこもったキスであった。
く、苦しいっ。
足掻くと空気が肺に流れ込んできた。
息継ぎするために宏人が唇を離したのだ。
「な、何するんだよっ」
思い切り宏人を突き飛ばした。宏人は顔を赤くさせて地面に手をついた。
「祥太が好きなんだ。大好きなんだっ」
「な、何言ってんだよっ」
宏人の言っている意味が分からない。
立ち上がった宏人は、再び祥太の肩に手を乗せた。体育館の壁に押し付けられる。宏人の指が肩に食い込んだ。
「あっ」
もう一度、宏人が顔を寄せてくる。
「やめ……」
荒っぽいだけのキスに祥太は怖くなった。
「や、やめろよっ」
再び息をしようと口を離した隙に叫んだが、宏人には聞こえていないようだった。
「宏人っ」
祥太が暴れるとその手が壁を擦った。背中は打ち付けられてから、ずきずきしている。しかし、そんな事はどうでもよかった。
一刻も早く逃げ出さなければ、それしか頭になかった。
そんな祥太の気持ちは無視され、腕ずくで地面に押し倒された。
「うわっ」
すかさず両手首をつかまれる。
身動きが取れない祥太の首筋を宏人が唇を這わせた。
「や、やめろっ。やめろ宏人っ。気持ち悪いっ」
無我夢中で叫んだ。振り回した手が宏人の顔をしたたかに打ち付けた。
衝撃で宏人がハッと目を覚ました。
「祥太……」
膝をついたまま呆然としている。
祥太は足をすくめて自分を守った。
「な、何するんだよっ。宏人のバカっ」
睨みつけると、頬を押さえていた宏人の目から、ほろりと涙が零れた。宏人の涙を見て、あっと思ったが、祥太は起き上がって逃げ出した。