まじない
校舎に向かって闇雲に走っていると、自分を呼ぶ声に祥太は立ち止まった。
「祥太。探しとったんで、終わったか?」
竜之介がのんびりした口調で歩いてくる。祥太は顔を伏せた。
「どうしたんや? なんか、あったんか?」
「な、何もないよっ」
「ケガしとるやんか」
竜之介が祥太の手首を持ち上げた。手の甲から血が流れている。
気づかなかった。
宏人に壁に押し付けられた時に傷がついたのかもしれなかった。
「大丈夫だよっ」
「大丈夫やない。ほら、来い」
顔を上げようとしない祥太を竜之介が引っ張る。足ががくがくして、今にも膝から力が抜けそうだったが、竜之介が支えてくれた。
「痛いか?」
「大丈夫……」
「ほんとに痛くないか?」
何度も聞く竜之介に、祥太は答えようとして少しだけ顔を上げた。
「……痛くないよ」
「そうか。ならええけど」
笑おうとしたができなかった。笑えばたぶん涙が出る。泣くのだけはどうしても嫌だった。
保健室の前で祥太を待たせて、竜之介はそっとドアを開けて中をのぞいた。
「あちゃ、先生おらんわ」
「そっか……」
戸を開けて中に入ると、室内は薬品の臭いがした。
「とりあえず、それ洗っといたほうがええわ。泥もついとるし」
「うん……」
祥太は、学ランを脱いで手洗い場で手を洗った。
竜之介は先生の机や棚を見ていたが、薬が分からん……と呟くのが聞こえた。
「擦り傷だらけや。何しとったん?」
「痛くないから、ただのかすり傷だよ」
そう言いながら祥太は目を逸らした。何があったのかなんて言いたくなかった。
それを見て、竜之介はため息をついた。
「……そうだな。唾つけといたらすぐに治るな」
竜之介がそう言って唾をつけようとしたので、祥太は慌てて手を引いた。
「や、やめろよっ」
思わず笑うと、竜之介も一緒に笑った。
「痛いの痛いの飛んでけーって、やってやろうか?」
「子どもじゃねえよ」
「おまじないはきくんやで」
「本当かよ」
胡散臭そうな顔で竜之介を見ると、彼は真剣に頷いた。
「じゃあ、やって……」
ぼそっと言うと、よっしゃと勢いよく竜之介は言うと、
「痛いの痛いの飛んでいけー」
「竜之介、声がでかいっ」
「本気でやらんと意味がないからな」
そう言ってもう一度、
「痛いの痛いの飛んでいけー」
と、遠くの山へ飛んでいくようにぽーんと腕を振り上げる。
祥太は、おまじないを唱えながら、思わず泣きそうになった。
何で、あんなことしたんだよ。宏人のバカ……。意味わかんねえんだよ……。
おまじないで、心の痛いのも遠くに飛んでいってしまえばいいのにと切実に祈った。




