涙
友だちに戻りたいって言っていたのに。
いつの間にこんなに好きになっていたのか、いつからなのか分からない。
離れて行こうとする宏人を追いかけていた時も、瑞穂のことを彼女だって紹介してくれた時も、本当は宏人が自分だけのものだったらなって思っていたのかもしれない。
「へへ」
ティッシュをぐしゃぐしゃにして笑いかける。
「直矢さん、ありがとう。俺、ちゃんと宏人のこと諦められると思う」
「あ、ま、待って……」
宏人が声を出したが、直矢はちらりと宏人を見ると首を傾げた。
「宏人は、祥太のこともう好きじゃないんだろ?」
「いえ……。いや、祥太のこと大好き……」
「友だちとしてなんだろ?」
「えっと……」
宏人は何か悩んでいるように見えた。
「いいよ、宏人、俺に気を遣わなくても……」
「そうじゃ……」
タイミングよく祥太のお腹がぐーっと鳴った。
「ハハ、なんか、お腹が空いてきた……」
「帰るか」
直矢がそう言うとシートベルトを締める。
「だいぶ遅くなった。お母さんは大丈夫か?」
「泣き顔、見られなくないけど……。いいです」
「じゃあ、先に宏人を家に送るよ」
宏人は黙り込んでしまって、何も言わない。
「宏人、ごめんな。もっと早くに俺が謝っていたら、宏人を傷つけることもなかったのに」
「……ううん」
宏人はなぜか、元気のない小さい声だった。
車がスムーズに動き始めて、宏人の家の前に車を止める。祥太はここから家に帰ろうと思い、一緒に下りた。
「直矢さん、ありがとう」
「じゃあな」
車が走り去る。
宏人はなぜか悄然として見えた。
「宏人」
「え?」
「あのさ、本当にごめん。俺が宏人のこと、友だちだって思えるようになるまで、少し離れてもいいかな……」
「嫌っ、嫌だ」
宏人が急に祥太の腕をつかんで苦しそうに言った。
「でも……。宏人が一緒にいると俺が辛いんだ」
「何で? 僕も祥太が好きなのに、どうして?」
「瑞穂に悪いよ」
「瑞穂は関係ないよ」
「瑞穂と付き合っているんだろ? 俺、好きな人が他の人と一緒にいるの見るとムカムカする。だから忘れるまで待っててくれよ」
「僕、瑞穂のことなんて好きじゃないから」
「は?」
祥太は、宏人が突然、何を言い出すのかと驚いた。
「付き合ってるんだろ?」
「付き合ってない。嘘ついていた。祥太が僕を怖がっていると思って、それで、嘘を……」
「嘘? じゃあ、瑞穂は? 瑞穂はなんなんだ?」
「瑞穂は、僕のことが好きだって」
祥太は、混乱していた。
「瑞穂に告白されたのか?」
「さ、されて……」
されたのかもしれない、と宏人が小さく言う。
祥太は顔を覆った。
「ちょっと待ってくれ……」
頭が真っ白だ。
「宏人……」
「ごめん……」
宏人が謝る。その謝罪の言葉をどう受け止めたらいいのか。
瑞穂は、どれくらい宏人のことが好きなんだろう。
しょんぼりと肩を落としている宏人を見ていると、自分は宏人がすごく好きなのが分かった。
けど、その手を簡単にとっちゃいけない気がした。
「瑞穂のこと、少し考えてあげて」
「……え?」
宏人が顔を上げる。
「い、今なんて言ったの?」
「瑞穂は宏人のことが好きで、宏人だって、少しは彼女のこと好きなんだと思うよ」
「ぼ、僕の好きな人はずっと祥太だけだ。瑞穂は好きじゃないよ」
瑞穂は好きじゃないと言われて、まるで自分に言われているような気がして、胸がズキンとした。
「そんな事言うと、瑞穂がかわいそうだよ」
「祥太……」
宏人が首を振る。
「僕はどうしたらいい? 瑞穂は友だちだ。好きなのは祥太なのに」
「俺も、宏人が好きだよ。けど、瑞穂に優しくできない宏人は俺の好きな宏人じゃない気がする」
自分の言っていることはおかしいのかもしれない。
けれど、はしゃぐ瑞穂の顔を思い出すと、素直に宏人の手を取れなかった。
「俺、お腹空いた。帰るよ」
「祥太、明日の朝、迎えに行ってもいい?」
返事ができなかった。来るな、と言えたら簡単なのに、宏人が自分の言葉で傷ついてきたことを考えるとどうしていいか、分からなくなる。
「じゃあな……」
祥太は家に向かってゆっくりと歩き始めた。足が重く、ため息が漏れた。




