ごめんな
助手席に座りシートベルトをすると、自宅の住所を聞かれた。ナビに入力して静かに車が走り出す。
どうするんだろう。いや、どうしよう、と言うべきか。
不安で押しつぶされそうになった。
「あ、あの直矢さん」
「ん?」
「俺、宏人と会うのが怖いんだけど」
「そうやっていつまでも逃げるわけにいかないだろ?」
「……うん」
「向こうだってきっとしんどいんじゃないか?」
「宏人はどうして俺にかまうのかな」
「え?」
「だって、絶対に許さないって言ったのに」
「宏人は、謝ったら許すって言っていたんだろ」
こっそりと話を聞いていたので、もし、それを知られたら、宏人は嫌な顔をするかもしれない。
「素直に話をした方がいい。宏人は心では祥太と仲直りしたいんだ。だから、朝も迎えに来たし、夜も一緒にいたいって言ったんだろ」
ゆっくりと車が走っていく。気が付けば祥太の知っている景色に変わっていた。
もうすぐ家につく。
「車を止めて待っているから、できたら宏人を呼んでくれ。お腹が空いているかもしれないが、車で話をしよう。できるか?」
「う、うん……」
祥太は、言われた通り家に入ると玄関に宏人の靴があるのを見て、ドキッとしながらリビングに入った。
宏人がリビングで宿題をしている。母親が祥太に気づいた。宏人が顔を上げて少し驚いた顔をしている。
「おかえり、今日は遅かったのね」
「あ、母さん、ご飯は後で食べるから、宏人と出かけてもいい?」
「えっ?」
宏人がびっくりして目をぱちぱちさせた。
「宏人、ちょっと来て」
手招きすると、洋服に着替えていた宏人はゆっくりと立ち上がり祥太について来た。家を出ると、待っていてくれている直矢の車に近寄った。
「だ、誰?」
「兄ちゃんの仕事先の人」
「は?」
宏人が顔を険しくさせる。
「知らない人の車に乗るの?」
「いいから、乗ってよ」
「え……」
やだよ、と言うのをどうにか車に押し込む。
「乗ったか?」
「はい」
祥太が、宏人を運転席の後ろに追いつめ隣に座る。
「じゃあ、車出すぞ」
ドアにロックがかかり車が動き始める。
「あ、あの……。何なんですか? 誘拐?」
「違うよ」
直矢が面白そうに笑った。車はどこへ向かうのかと思ったが、すぐそばのコンビニの駐車場へ入った。割と大きめのコンビニで車を止めると、何か飲むかと聞かれた。
「何もいらないです」
祥太が答えると、宏人は当然顔を横に振ってぶつぶつ呟いた。
「なんだよ、いったい……」
こんな状況でいいのかな、と祥太は思った。
「祥太、ほら、自分から話した方がいいと思うが、俺から言おうか?」
「え? あ……」
祥太は何も考えていなかった。宏人は、直矢を睨んでいる。
「あの、あなたは誰ですか?」
「俺は、茂樹と一緒に同居しているもんだ。今日、祥太が茂樹に会いに来たんだが、仕事中で会えなくてさ、それで俺が代わりに話を聞いたわけだ」
「祥太、帰ってくるのが遅かったのは、そのせいだったの?」
宏人が困惑している。
祥太は、隣を見ることができずにうつむいていた。
「ごめん……。俺、前に宏人と兄ちゃんが話しているのを聞いて……」
「……え?」
宏人がびくっとする。
「き、聞いたって? 何を?」
「中学の時のこと、俺を絶対に許さないって……宏人が言ってたから……」
「あれは……」
自分の声が震えている。車の中が暗くてよかったのかもしれない。
「俺……、あの話を聞いて、宏人にもう許してもらえないと思った。だから、会うのがつらくて茂樹さんに会いに行ったんだ」
宏人は黙っている。こんな形で話をし始めてきっと宏人は怒っていると思う。
「祥太は、茂樹さんが好きなの?」
「え?」
なんでそんな話が出てくるんだろう。
「まさか、茂樹さんは、ただの茂樹さんだよ」
「なんで……、茂樹さんの家に行ったんだよ」
「兄ちゃんには言えないし、茂樹さんなら話を聞いてくれると思ったんだ」
「中学の時は……。僕のこと、き、気持ち悪いって言われてショックだった。だから……」
「あれは、びっくりしたからだ」
祥太は本当の気持ちを伝えた。あの時はびっくりした。それで思わずあんなことを言ってしまった。
「今はどうしてあんなことを言ったか、わかんない。けど、宏人のこと、気持ち悪いだなんて思わない。ごめん。あの時、ひどいことを言って本当にごめん……」
「……うん」
宏人がシュンとして下を向く。
「僕の方こそ、ごめん。祥太は僕を好きでいてくれていると思い込んでいた。だから、無理やりキスしたのは僕も悪かったと思う。でも、祥太が大好きだったから」
「うん……」
車の外ではコンビニに入れ替わりに入ってくる車のエンジン音や人の話し声がしていた。
直矢はまだ黙ったままで、車の中は静まりかえっている。その時、直矢が声を出した。
「で、どうする?」
「え?」
祥太が反射的に顔を上げて、声のした方を見た。
「宏人には恋人がいるんだろ?」
「え? あ……。はい……」
「じゃあ、祥太のことは諦めたんだな」
「は、はい……」
宏人の声がか細くなる。祥太は、唇を噛んだ。言わなきゃと思うが、まだ声が出なかった。
「で、祥太は? 仲直りできたんだろ。だったら、友達に戻ればいいじゃないか。宏人が遊びに来たら一緒にいたらいいし、夜、泊りに来たって別に今まで通りだろ?」
祥太は無意識に首を振っていた。
「ひ、宏人……」
「え?」
「ごめん……っ」
「な、何が?」
「俺、彼女と一緒にいる宏人を見るとすごく嫌な気持ちになって、胸が痛いんだ。だから、もう一緒にいられない気がするっ」
「……え?」
祥太は、もう我慢ができなくて、目からぽろぽろと涙をこぼしながら言った。
「俺、宏人のことが好きなんだと思う……。けど、宏人には彼女がいるし、俺がいたら邪魔だから」
これ以上声が出なかった。
これが失恋なんだ。
今、宏人が味わった気持ちを自分が味わっている。
「ほら、ティッシュだ」
直矢が運転席からティッシュを渡してくれた。祥太はそれで涙を拭きながら、無理に笑おうとした。
「だから、もう朝とか夜に一緒にいたいって言われると、苦しいんだ。少しだけ、俺が宏人のこと忘れるまで、前みたいに友だちに戻れるまで、時間がかかるかもしれないけど、待っていてくれる?」
「あ……、友だち……」
それからは言葉にならなかった。嗚咽を漏らしながら、宏人が遠くに行ってしまった気がして。切なかった。
「ごめんな、宏人。ごめん……」




