茂樹の相棒
「お邪魔します」
玄関で靴を脱いで上がると、ソファに座るよう促された。男は壁にかかっている時計を見てから祥太を見た。
「学校帰りか、けっこう遅くなるんだな」
「いえ……」
そう答えた時、テーブルに置いてあったミキシンググラスに目を奪われる。カクテルを作るときの計量グラスだ。
男が気づいてそれを手に取った。
「これが気になるのか?」
「あの……」
「この間、茂樹が一つ欲しいと言ってきたから注文したんだ。これは、届いたばかりのものだ」
「そうなんですか……」
ガラス製のミキシンググラスで、細やかなカッティングがされていて美しい。手渡されて持つと、丈夫そうでしっかりしている。
「すごくきれいだ」
ステアの練習をしたかったな、と祥太はふと思った。
「……それで? 茂樹に何か用事か?」
「いえ、あの……、ただ、家に帰りたくなかったから」
「裕一も今日は仕事のはずだ。あんまり遅くなると、家の人が心配するんじゃないか?」
時計を見ると、19時半を過ぎている。いつもならもう夕食を食べている頃だ。でも、今日はお腹も空いていなかった。
「名前は、祥太だったな」
「は、はい」
男が自分の名前を知っているのが不思議な感じだった。ソファにどっしりと座って切れ長の目でこちらを見ている。すごくかっこいい人で、思わず見とれてしまった。
男は長い足を組むとふうっと息を吐いた。
「あいつらよく祥太の話をするんだ。一度会ってみたいとは思っていたが、思った以上にかわいい顔をしているんだな」
かわいいと言われて、少しムッとした。
「俺、男です。もう高校生だし、かわいいってやめてください」
「それは悪かったな」
クスクス笑うと、体を起こした。
「わざわざ来てくれて悪いが茂樹は忙しいし、俺でよければ聞くよ」
「すみません……」
「何で謝る」
「だって、茂樹さんは忙しいって」
祥太が口を尖らせると男がさらに笑った。
「祥太は面白いな。気に入ったよ。俺は、津崎だ。津崎直矢」
ナオヤの矢は、弓矢の矢だとわざわざ漢字まで教えてくれた。
「俺は、柏木祥太です」
「それで? 祥太が家に帰りたくない理由を聞いてもいいか?」
直矢は頬杖をつくと祥太を見つめた。
祥太は、目を逸らせず思わず頷くと、なぜか、彼に今の気持ちを吐露したい衝動に駆られた。
話し出すと、直矢は黙って相槌を打ちながら、ただ聞いてくれた。祥太が話し終えると、彼は薄く笑って体を起こした。
「今も宏人は、祥太の部屋で待っているんじゃないか?」
「でも……」
宏人に、絶対に許さないと言われたことを思い出すと、今まで通り笑って話をする自信がなかった。
「祥太たちの関係がうまくいかないのは、二人がちゃんとお互いの気持ちに向き合っていないからだ。このままずるずると引きずるのはあまり良くない。せっかくだ。話をしろ。俺が間を取り持ってやるよ」
「……え?」
最後の言葉を聞いて、祥太はびっくりした。
「だ、だって、直矢さんはさっき会ったばっかりなのに」
「しんどいんだろ?」
「そうですけど……」
「ま、これ以上悪くはならないよ」
直矢はそう言ってソファから立つと、玄関へ向かう。
「祥太、行くぞ」
「あ、あの……、直矢さんはいいんですか?」
「今日は休みで暇を持て余していたんだ」
車のキーだろうか。鍵をつかんでエレベーターに乗り込み、地下のボタンを押す。駐車場へ行き、車に乗るように言われた。




