振られる
『僕が何とかするよ』
茂樹からの電話が切れて、祥太はふうと息を吐いた。
そのうちバタバタと派手な音がして兄が部屋に入って来た。
「に、兄ちゃんどうしたの?」
「い、今、茂樹さんから電話があってバイトが入った。出かけるけど、絶対に宏人に会うなよ」
「う、うん」
「絶対だぞ。約束は守れよ」
兄は慌しく出て行く。祥太は気が抜けた。
茂樹の言っていた事はこれだったのかと気付いた。茂樹の言っていた事はこれだったのかと気付いた。
兄がいなくなってそろりと部屋を出る。
時間を見ると、そんなに遅くない時間だと気付いてほっとした。
そっと抜け出して、数軒先の宏人の家に行く。
インターフォンを鳴らすと母親が出てきた。
「あら、いらっしゃい」
「宏人いますか?」
「まだ帰ってないわよ」
「まだですか……」
せっかくひと目を避けるようにしてここまで来たのに、一気に脱力した。
「分かりました……」
とぼとぼと帰ると、その背中に母親が声をかけた。
「帰ったら連絡するように言うわね」
再び家に戻った祥太は、兄の部屋に戻った。
部屋の明かりは小さなスポットライトだけを灯す。
カウンターの上にはカクテルを作るための用具が綺麗に洗って置いてあった。
そのうちの一つを手に取り眺めていくうちに、何か作りたい衝動に駆られた。
茂樹に教わったように氷を取り出し、シェーカーと材料を探して並べる。
ソフトドリンクしか作れないが、ジンジャーエールがあったので、さわやかな飲み物をこしらえてみようと思った。
グラスにアイスピックで粉々に砕いた氷を適量入れて、ジンジャーエールをカップ二分の一、パイナップルジュースを出して、大さじ三をすり切れるまできちんと量った。バースプーンでくるくるとかき混ぜる。氷が砕けているので混ぜやすい。
無言で作っているうちに高揚してきた。
楽しくなってくる。もっと、美味しいカクテルを作りたい。
これを宏人に飲んでもらいたい。
そう願いながら作る。
「ふう……」
あっという間にできてしまうが、氷とジンジャーエールの泡が混ざっているので、上の方は泡だらけになり、底の方にパイナップルジュースの黄色が沈んでいる。
「できた。美味しいかな……」
呟いた時、
「それ飲ませてよ」
と後ろで声がした。
「え?」
振り向くと背後に宏人が立っていた。
「あ……」
どきりとしてバースプーンが落ちてしまった。
宏人がしゃがんで拾ってくれる。
「あ、ありがと…」
受け取ると、宏人がほっとした顔で笑った。
祥太はドキドキした。
宏人の事を愛しているのだと気付いてから、顔を合わすのは久しぶりだった。
これまで自分がどういう態度を取っていたのか忘れてしまった。
「す、座ったら?」
そう言うと宏人は首を振った。
「やだ」
「な、何でだよ」
「別に意味はないけどさ」
宏人は言ってから、祥太が作った、通称『ジャマイカンジンジャーソーダ』を取った。
「飲んでもいい?」
「うん。いいよ」
宏人がごくりと喉を鳴らしながら、ゆっくりと味わって飲んでいる。
「どう? 美味しい?」
喉が渇いていたのだろうか、冷たいはずなのに、一気に半分以上飲んでしまった。
攪拌しすぎて味が薄くはないだろうか。
不安でいると、ちらりとこちらを見た宏人はにこりと笑った。
「美味しいよ」
祥太の顔がぱっと笑顔になる。
「よかった。なあ、もっと飲むか? 違うの作るよ」
「ううん、いいよ」
宏人は首を振ってグラスを置いた。
祥太のそばにいっそう近寄ると、肩に顔をうずめるようにした。
「ひ、宏人?」
「ねえ……」
宏人が言葉を切って、一瞬、黙り込んだ。
「何だ? ど、どうかしたか?」
ドキドキしながら宏人の肩を抱こうかどうか迷った。
「……慰めてくれる?」
「え?」
「瑞穂に振られちゃった」
祥太はぎょっとして体を離そうとした。
しかし、宏人がしっかりと腰に抱きついて離れない。
「ふ、振られたって、どういう事?」
「瑞穂、茂樹さんが好きだって言うんだ。僕、昨日振られちゃった」
「それ、本当?」
宏人は迷いもなくこくりと頷いた。