素直
「携帯を貸せっ」
「な、何に使うの?」
おずおずと差し出すと裕一はそれを奪い取り、ちゃっちゃと宏人の履歴を消し、アドレスからも消去した。祥太は呆然としてそれを眺めていた。
「に、兄ちゃん……」
「宏人と口をきいたら家に入れない」
「なっ」
自分の話が兄の逆鱗に触れたらしいが、祥太には理解できなかった。
ぽろぽろと目から涙が溢れた。
「ひ、ひどいよ…」
「ひどくない。ひどい事をしたのは宏人だ。あのやろう、俺が何も知らないと思って弟に好き勝手やりやがって」
歯軋りが聞こえてきそうである。
「金輪際、宏人にはこの家の敷居は跨がせないっ」
どこかの頑固親父のように裕一はこぶしを天井に振り上げた。
そばで祥太は泣きながら立ち尽くしていた。
今夜はこの部屋で寝ろと言い渡され、部屋に閉じ込められた祥太は、宏人の事が気になって仕方がなかった。
「兄ちゃぁん」
猫のように鳴いてみたが、誰も助けてくれない。
アドレスと履歴、着暦を消され、宏人の連絡先を覚えていない祥太には成す術もない。
瑞穂と別れた宏人が、今夜泊まりに来るかどうかは分からなかったが、朝、学校をサボったので、宏人の顔を見ていないのだ。
宏人に会いたかった。
「宏人……」
呟いた時、携帯電話が鳴った。
見ると、茂樹からであった。飛びついて電話に出る。
「もしもしっ」
『祥太くん? この間うちに来てくれたんだってね。ごめんね、寝ていたみたいで』
のんびりとした口調で茂樹の声がした。
「茂樹さん…。助けてよ」
『何かあったの?』
「兄ちゃんに相談したら、宏人に二度と会うなって部屋に閉じ込められた。出られないんだ」
そう言うと、茂樹はあららと言った。
『それはかわいそうだね。裕一もめちゃくちゃだな』
「うん」
流れてきた涙を拭った。
『それで、祥太くんはどうしたいの?』
「俺、宏人に会いたい」
素直に言うと、茂樹は少し黙り込んで考えていたが、分かったと言った。
『僕が何とかするよ』
茂樹からの電話が切れて、祥太はふうと息を吐いた。
そのうちバタバタと派手な音がして兄が部屋に入って来た。
「に、兄ちゃんどうしたの?」
「い、今、茂樹さんから電話があってバイトが入った。出かけるけど、絶対に宏人に会うなよ」
「う、うん」
「絶対だぞ。約束は守れよ」
兄は慌しく出て行く。祥太は気が抜けた。