男
茂樹に一言謝りたい。
祥太の頭の中はそれでいっぱいだった。
まさか、自分のために仕事を休んでいたなんて知らなかった。迷惑をかけて何も言わないのはあまりに失礼だと思い、祥太は思い切って学校を休むと、茂樹の家に向かった。
学ランのままでは目立つが、家に帰るわけにはいかない。
祥太は人目を避けるようにして、マンションのエントランスで立ち止まった。チャイムを鳴らすとしばらくして声がした。
『はい』
低い声は茂樹のものではなかった。
一瞬、間違っただろうかと逡巡したが、思い切って声を出した。
「あの、茂樹さんはいますか?」
『茂樹なら寝てるよ。誰?』
何を言うべきか迷っていると、オートロックが外されドアが開いた。
『ま、いい。上がって来いよ』
「は、はい」
エレベーターで上がり、部屋の前で深呼吸していると、ドアが勝手に開いた。
「あ」
目の前に精悍な顔つきの男性が顔を覗かせた。
「お前か」
鼻で笑われてムッとする。
「入れよ」
「あ、あの…茂樹さんは?」
「茂樹ならまだ寝ている」
「お昼なのに?」
訝しげに言うと男は苦笑した。
「勝手に休んだからな、埋め合わせにこき使ってやったら、ばたんきゅうだ」
休んだ事を言われ、祥太はひやりとした。
「ご、ごめんなさい」
しおらしく謝ると、何でお前が謝るんだ? と不思議そうに言った。
「だって、俺のせいで」
「お前は関係ないだろ。休んだのは茂樹なんだから」
何でもない事のように言って、祥太をソファに座らせた。
「何か飲むか?」
「いりません」
見ず知らずの人に物をもらうわけにはいかない。
「じゃあ、何しに来たんだ」
「謝りたくて」
「ふうん。お前、裕一の弟だろ」
「兄の事、知っているんですか?」
「ああ」
男はそう言うとテーブルにあった煙草をつかみ口に咥えた。火を点け、煙をふうっと吐き出す。祥太は
煙たくて思わずむせた。
「裕一も茂樹も俺の店の従業員だよ」
「あなたが社長さんなんですか?」
驚くと、男はぷはっと煙を吐いて仰け反った。
大げさに笑いながら、目尻にたまった涙を拭く。
「社長か、悪くないなその響きも」
けらけら笑いながら煙草をもみ消す。
「お前もバーテンダーになりたいのか?」
話が変わって祥太は面食らった。
「俺が? ま、まさかっ」
考えた事もなかった。
ただ、シェーカーを振るのは面白かったが、茂樹に教わるのが楽しかったのだと今さらだが気付いた。
「茂樹がよくお前の話しているよ」
「本当に?」
「ああ。でも、やめとけよ。酒もろくに飲めなくて、見たからにひ弱そうなお前にはバーテンダーみたいなきつい商売は向いてねえな」
「き、決め付けないでください……」
祥太はうろたえる。
男はもう一本煙草を取り出すと同じように火を点けた。
「お前も茂樹の色気に負けたのか。まあ、確かにくらくらするわな」
いきなり何を言い出すのか。意味も分からず祥太は嫌な顔をした。
「何の事だよ…?」
「あいつが好きなんだろ?」
「好き? だって、茂樹さんは男の人だよ」
とたん、また笑われた。今度はさっきより大声だ。
「ちょ、ちょっと茂樹さん寝ているんでしょ? 起きちゃうよ」
焦ると男はますます笑い声を張り上げる。
祥太はひやひやしながら肩をすぼませた。