距離
「おはよう。祥太」
家を出ると宏人が待っていた。祥太は一瞬声が出なかった。
「ひ、宏人……。学校は?」
宏人の通う高校は遠くて、祥太と家を出る時間は違う。
今日から宏人の家に顔を出すのはやめようと考えていた矢先の事で面食らった。
「学校は、遅刻する」
「そんな…」
「だって、祥太、昨日吐いたって言っていただろ? 心配だもの」
「そんな理由で遅刻するなよ」
祥太は苦笑して駅に向かった。歩幅が大きく違うのに宏人は合わせてくれる。
なぜ彼が優しくしてくれるのか、祥太には全然理解できなかった。
「祥太の事、心配しているんだよ」
「はいはい」
受け流すふりをしてから祥太は、あっと言って口を押さえた。
宏人は驚いて足を止める。
「な、何、どうしたの?」
「俺、忘れ物したみたいだ」
「忘れ物?」
「うん。お前、先に行ってろ」
「待ってるよ」
「いいよ」
祥太の体はすでに後ろを向いている。
「祥太? どうしたの何か変だよ」
「そうか?」
わざとおどけてにこっと笑った。
「ほら、これ以上遅刻するとやばいだろ」
ぐいぐいと押してから、祥太は駆け出した。
「祥太っ」
慌てた様子で宏人の声がした。
「ねえっ、今日の夜、行ってもいい?」
宏人の返事には答えずに祥太は走った。
顔を見る事ができなかった。もし、今夜泊まりに来るのであれば、家に戻るつもりはなかった。