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友達


 二月に入ってますます寒さが身に凍みる季節になった。

 窓から眺める木々は木枯らしに毟り取られ、裸になった枝は風が吹くたびに揺れていた。


「なんや、今日の給食は……」


 昼休み、給食を食べ終えた祥太と竜之介は、職員室に呼び出された宏人を待っていた。隣にいる竜之介はいつものように食べ物の話をしている。

 祥太はかじかむ手を揉みながら、宏人が出てくるのを待っていた。

 耳も足先も冷たくなってしまった。こんな隙間風が入り込む廊下になんて居たくない。温かい教室か図書室に今すぐ行きたい。

 けれど、今日は宏人の合格発表の日である。早く宏人の顔が見たかった。


「聞いとるんか? 祥太」

「え?」


 憤る竜之介の顔を見ると、切れ長の目が吊り上がっていた。


「味噌汁や! なんやあの味は」

「そんなに味濃かった?」


 唇が小刻みに震えた。

 宏人、早く出てこないかな、と祥太は職員室を見た。ドアはまだ開かない。


「濃いとか薄いとかそう言う問題やない」


 きっぱりと言うと竜之介は、どんと壁にもたれて腕を組んだ。

 この寒い中、短く刈り込まれた髪は寒々しい。

 竜之介は、一度鼻をすすった。少しは寒さを感じているようである。


「じゃあ、何だよ」

「味噌に麦が入っていなかった」


 祥太は一瞬黙り込んだ。味噌汁に麦なんか入っていたっけ?


「麦ってあのぺったんこの噛み応えのないやつ? あんなのが味噌汁に入っているなんて聞いた事もないけど」

「地元では麦味噌が当たり前なんや。独特の甘みがある麦味噌を思い出すたびに、ばあちゃんが作ってくれた味噌汁を思い出すわ」


 しみじみと言ってから、ほうっと息をついた。


 心温まる話である。


「竜之介って、ばあちゃんと一緒に暮らしていたんだっけ?」


 彼が中学二年の時に転校してきたのは覚えているが、祖母の話題は初耳だ。


「そうや。ばあちゃんは施設に入る事になって、俺ら一家は東京で暮らす事になったんや」


 そうだったのか、と改めて思う。

 竜之介が転校してきた理由が、祖母の諸事情であったとは。


「竜之介、いまだにその関西弁が抜けないのってある意味すごくないか?」

「関西弁やない。これは方言や」


 またいつもの方言自慢が始まった。

 祥太はうんざりした顔をして職員室に向き直った。



 それよりも――。



「まだかな、宏人」


 再びそわそわと職員室のそばに立って、ドアをちょっと開けて盗み見る。

 宏人はまだ先生と話しをしていた。

 竜之介が祥太の背後に立って抱きついた。


「心配せんでも推薦入試で落ちた奴なんて聞いた事もないわ。大丈夫やろ」

 寒いなあと竜之介が、祥太の背中に頬ずりしている。


「そんな事言ってもさ、今朝の宏人すごく緊張していたみたいだった」


 祥太は体を起こしてドアから離れた。


「へえ、そうなんや。ふうん」


 竜之介は気のない返事をした後、再び思案に暮れる顔をした。


「気のせいかなあ。豆腐も味噌もしょうゆも口に合わん気がする。ああ、たぶん大豆や、大豆が違うんや」


 また、給食の話だ。


「もう、給食はいいよ」

「冷たいな。俺はどんな事があっても祥太のそばにおるって誓ったのに」


 竜之介が窓辺にもたれる祥太の肩を抱いた。

 祥太はびっくりして竜之介の顔を見る。


「はあ? いつ誓ったんだよ」

「俺が転校してきた日や。一目惚れって言うたやろ」

「意味わかんね。あっ、宏人っ」


 職員室のドアが開いて中から生温かい空気が流れ出す。


 祥太が駆け寄ると、宏人が顔を高潮させて抱きついた。宏人の体は温かかった。


「どうだった?」


 祥太がドキドキして訊ねた。


「受かったよ」

「やったあっ。すっげえな、宏人っ」


 祥太はまるで自分の事のように喜んだ。背中をバンバン叩いて、


「よかったな。おめでとう」


 と強く抱き寄せた。


「ありがとうっ」


 宏人も嬉しそうだ。


「よかったやん。宏人」


 感激しあっている二人を竜之介がニヤニヤして見ている。

 宏人は今気がついたみたいに顔を向けた。


「あ、竜ちゃん。ありがとう」


 それだけ言って、ぱっと祥太を見た。


「ねえ、昼休み時間あるよね。祥太に話しがあるんだ。ちょっといい?」

「え? うん。いいよ」

 祥太はまだ興奮していた。

 高校に受かるってこんなに嬉しいんだ。

 宏人の満面の笑顔を見て胸が熱くなる。まるで自分が受かったみたいにわくわくした。


「祥太、こっち」


 宏人が祥太の手を引いて歩き出した。竜之介が付いて行こうとすると、宏人が振り返った。


「あ、竜ちゃんはごめん」

「え? なんや、俺は仲間外れなんか?」


 竜之介がふてくされて足を止めた。


「違うよ。でも、祥太と二人きりで話したいんだ」


 両手を合わせて拝むと、竜之介は顎を引いた。


「分かった。じゃあ、俺は教室に戻るわ」

「うん。ごめんね」


 いいよ、と言いながら竜之介が背を向ける。祥太も何だか申し訳なくて謝った。


「ごめんな。竜之介」

「後でな」


 竜之介はひらひらと手を振った。


「すげえな。宏人。本当によかったな」


 宏人と手を繋いだまま後に従った。


「祥太のおかげだよ」

「俺のおかげじゃないよ」


 祥太は照れくさくて笑った。


「次は祥太の番だね。裕一兄ちゃんに教わってがんばってね」


 次は自分だと言われ、胃が重くなる。


「うーん、兄ちゃんと勉強していたらすぐに眠くなるんだよな。たぶん教え方が下手なんだよ」

「そんな事ないけど」

「でも、宏人が受かって本当によかったよ」

「うんっ」


 宏人の足が急に早足になった。


「おい、どこまで行くんだ? あんまり教室から離れてチャイムが鳴ったら間に合わないよ」


 宏人が向かった先は体育館の裏だった。








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