真実
職員室を出るとすっかり日が暮れていた。
祥太は廊下に出てぶるると身震いをした。
室内は温かかったが、外は冷たい空気に包まれている。
宏人が一人で待っていてくれていた。
「翔太、先生の話なんだったの?」
「……」
翔太が黙り込むと、宏人が不思議そうに顔を覗き込んできた。
「怒られた?」
祥太は、その言葉にぎくりとして立ち止まった。
「ああ、えっと……。勉強のし過ぎじゃないかって心配してくれたみたい」
思わずでまかせを言うと、宏人がぱあっと顔を明るくした。
「優しいよなコニちゃん。それに比べて、僕のクラスの青木チャンなんかさ『あと一ヶ月』が口癖なんだよ」
「何だ? あと一ヶ月って」
「推薦入試の事だよ」
「推薦入試?」
「うん。だから、僕の方が先に合格が決まってしまうんだけど、祥太なら大丈夫だよね」
玄関を出て外に出ると、すっかり日は落ちて暗くなっている。
空を見上げて、宏人が呟いた。
「あと少しで卒業だね」
しんみりとした顔の宏人だったが、すぐに笑顔になると祥太を見た。
「僕、高校では祥太と一緒のクラスになりたい。今まで一度も同じになったことがないから」
「小学校の時は同じだったじゃねえか」
そういえば小学生の頃、毎晩一緒に風呂に入っていた事を思い出した。
「そう言えば、何で俺たち毎晩一緒に風呂に入ってたんだ?」
「僕の家のお風呂が壊れていたからだよ」
「そうだっけ?」
小学生の頃、宏人の背中は真っ白でつるつるだったのを思い出す。
今はかっこいいと女子に騒がれているけど、中身は変わらない。昔のままである。
「祥太、これからもずっとそばにいてよね」
はしゃぐ宏人を見ながら、何でこんなに大きく成長したんだろうと思った。
「祥太、聞いてる?」
「当たり前だろ」
「へへへ」
「何だよ、気持ち悪いな」
「高校に入ったら部活に入るのが楽しみなんだ。東高校って部活動も盛んでしょ。祥太、サッカーは続けるよね」
「ああ」
レギュラーになりたいとか野心があるわけじゃないけど、サッカーは大好きだ。
「僕、マネージャーになるよ。祥太の事、必死で応援するからさ」
「おう、サンキュっ」
「今日の夜、遊びに行ってもいい? 宿題で分からないところがあるんだ。教えてよ」
宏人に分からない問題が祥太に分かるはずがない。
いつも思うのだが、嘘もここまで来ると今さら本当の事は言えない。
「なあ、宏人、たまにはゲームをして生き抜きしようぜ」
実を言うとゲームのせいで寝不足なのだが、担任には黙っていた。
「受験前だよ、何言ってんの?」
宏人が呆れたように言う。
「ちぇっ」
また、兄ちゃんに勉強教えてもらわなきゃと思うと、思わずため息が漏れた。
「そういえば、竜ちゃんは私立の星陵高校一本って言っていたよね」
「ああ。そういえば言ってたな」
竜ちゃんとは、祥太の親友の森竜之介のことである。
「何でだろ。あそこレベルめちゃくちゃ低いのに」
「そうなのか……?」
宏人の言葉にぎくりとする。
祥太はすべり止めで星陵高校を受ける。この事は宏人にはまだ言っていなかった。
「そうだよ。竜ちゃんって頭よさそうなのに意外だなって思っていたんだ」
祥太は返す言葉もない。
「あ! でも、あそこサッカーが強いんだっけ。全国大会に毎年出場していた気がする」
救いのある言葉であった。
何となく高校へ行くのが楽しみになる。
あれ? と祥太は思った。
俺、宏人と同じ高校に行くんだよな。
ふと、宏人に言わなくてはならない事を思い出した。
「あ、あのさ、宏人……」
「有名な監督を引き入れたって新聞に出ていた気がするよ」
「はあ? お前、新聞なんか読んでんの?」
思わず呆れた口調になった。
祥太にとって新聞はテレビ欄を見るためにある。
「うん。国語のさっちゃんがさ、新聞ぐらい読めってうるさいんだよね」
「そんな事、言ってたかな?」
国語の女教師の顔を思い浮かべるが、彼女の赤い口紅しか思い出せない。
「毎日言ってるよ」
「ふうん……」
「あ、もう着いちゃった。じゃあ、夕飯食べたら遊びに行くから待っていてね」
「うん」
結局言い出せず、いつものように宏人と分かれた。
「ま、後でいっか」
この後が、いつを指すのか、祥太自身分かっていなかった。




